3-3 橋の上での出来事(後)

 思いがけない報告。


 だが、それで彼女の身に起きたことを説明できる。コーヤはすぐさま次の手を打った。


視覚化ビジュアライズ。出所を探る」


『了解です』


 バイザーに備わるセンサーの感度が上がり、可視光線領域の外側までもが目に映るようになる。電波領域まで拡張された視界の中で、パティの見つけた違法電磁波が空間の揺らぎとなって現れた。しかもそれは、すぐそばのカラスの口から発せられていた。


「お前か!」


「カーカカクァー」


 空間を伝わる振動が変化、歪な波がコーヤの駆る電導二輪を通り過ぎる。


「これは……!」


 狩人としての勘だ。ブレーキをかけて急停止。背後に迫っていた二頭のクロームウルフが勢い余って通り過ぎていく。そして、高架橋のケーブルを吊るす支柱の上から、一回り大きい四頭目が降ってきた。


「次から次へと……!」


 減速していなければ頭から襲われていた。後ろから来る三頭は囮だったのだ。


(あいつら、間違いなくこっちに狙いをつけてる)


 そのことに気づいて、少年の狩人としての魂に火が付いた。


「緊急事態だパティ。電装解放、と同時にぎりぎりまで接近! 一気に仕掛けるぞ!」


『了解です』


「ランディング、炎神アグニ!」


 データを基に、電素を高濃度の火素と少量の土素に変換。文字通り炎の剣として己の手に出現させる。


 同時に電子妖精エレリィの導きにより電導二輪が急発信、前方に立ち塞がる大小三頭のクロームウルフに突進する。


 相手側も迎え撃つように駆け出した。


「――っ!」


 車体を傾けて小狼をかわし、大狼とすれ違いざまに刃と化した熱で薙ぐ。高温にさらされて足が変形した鋼の狼は、それでも慣性で走り続けて路面に煙を吹かせた。


「よし」


 これで大型の動きは封じた。残る二頭も光弾で仕留めれば。


 そう思った時だった。


「クァークァーカー」


 ケーブルの上で、再びカラスが鳴いた。応えるようにクロームウルフたちが陣形を組む。


 コーヤは電導二輪を止めると、灰色の翼へ向けて右腕を突き出した。


「……お前は誰だ」


『およ?』


 くちばしからヒトの声が漏れた。喉の奥に通信機でもあるのだろう。違法電波をさえずっていたことから気付いたが、こいつはカラス型の械物メカニスタではなく、オートンだったのだ。より正確には、遠隔地の情報収集や電波の届かない地域への連絡を目的にした、小型無人航空機。


 いわゆるドローン。


『気づいちゃった? いい勘してるねえ』


「誰だと聞いてるんだ」


『ふふふ。興味を持ってくれるのは嬉しいけどね。いいのかい? 無駄話してると、オオカミちゃんにガブッとやられるよ~』


 わざとらしいほど間延びした声に、コーヤは笑みを返した。


「あんたが命令を出す前に、そのカラスを焼き鳥にすればいいだけだ」


『んん?』


械物メカニスタは機械化した魔物だ。その脳の構造も電理機に近いから、電磁波で影響を与えるのは不可能じゃない」


『……』


「おおかたそのカラスで命令送ってんだろ? さっきからカーカー言ってんのは、違法電波の発信音をごまかすためだ。生半可な出力だと危ないもんな」


 祖先が魔獣だけあって、械物メカニスタは本来的に凶暴だ。いくら電磁的に影響を与えることができるとはいえ、意図せぬ通信に反応して暴れる可能性は低くない。だからこそ、械物メカニスタの使役は違法なのだ。きっとこのカラスの主も、不測の事態を防ぐために対策はしただろう。


 他の通信との混信を防ぐため、命令を伝える電波は日常に利用されてない周波数帯で。


 その電波を狼へ確実に届けるため、発信機が音を立てるほどの高出力で。


 確信を込めて睨むと、カラスは降参とばかりに翼を広げた。


『まいったね。さすがにこれ以上は無理かな』


「なんなんだ、あんた? どうしてアムを狙う?」


『それはもちろん、そのお人形さんを回収するためさ。持ち主に依頼されてね』


「……!」


 アムが身を固くするのを背中で感じる。コーヤは彼女を守るようにブレスレットを振りかざした。


「信じられるか。いきなりこんな、強盗まがいのことしやがって!」


『これは失礼! 裏道の流儀は表通りほどスマートじゃなくてね。ついつい力任せの手段をとっちゃうんだ。けどやっぱり、最低限の礼儀は必要だね』


 叩きつけた怒りは軽い調子でいなされた。抑揚のない口調で、こうも人を馬鹿にした態度を取られると余計に苛立ちが募る。だがコーヤが言葉をつなげる前に、襲撃者は一転して声のオクターブを下げた。


『それで、強盗を警察に通報するかい? それはそれで理にかなった行動だけど、でもあまりお勧めしないよ。未登録の、それも安全証明も済んでいないお人形さんを拾って連れ回してる、なんて知れたら君も色々と面倒な立場になるよ』


「ぐっ」


 嫌なところを突かれた。


 コーヤがアムを連れているのは、彼女の頼みを聞き入れたからだ。だが一般論からすると、開発途中の人工知性は知性が未発達ゆえに、その判断や行動を無条件に信頼するべきではない。姉探しを手伝うのは一日だけ、というのはきっと通じない。


『お上の世話になるのはお互いにとってよろしくない。そこは受け入れてくれるかな?』


「……くそっ」


『じゃ。近いうちに改めてお伺いするよ。それまでにお人形さんを返す準備しといてね』


「誰がお前なんかに……輝光弾テジャスパレット!」


 怒気を込めながら電導法を一発放つ。だが憎らしいことに、鳥型ドローンはひらりと飛んでかわすと、そのまま的になるのを避けるように上空で旋回を始めた。


『おおこわっ。これは余計なおしゃべりはしないで、とっとと撤収した方がいいか――』


「おい待て!」。


「――ハウス!」


 その一鳴きを合図に、クロームウルフたちが一斉に走り去る。うち一頭は、切り裂かれた脚を引きずりながらだが、それでも器用に駆けていって仲間とともに川に飛び込んだ。


「きゃっ」


 鋼の狼たちがためらいなく宙に身を躍らせるのを見て、アムが悲鳴を上げた。コーヤの背中で、絞り出したような呟きが漏れる。


「そんな……。どうして?」


帰れハウスって言われたからだろうな」


 呆然と川面を見詰める電子仕掛けの少女に、電導士の少年は答えた。


 ただし、その心は別のことに気を取られている。


(迂闊だった………)


 電波領域まで拡張した視覚を過信して空間の歪みにだけ注意を払い、械物メカニスタに通常音声で命令を下す可能性を失念するとは。『帰還ハウス』だからよかったものの、『攻撃ゴー』だったら一体どうなっていたことか。


「キァーキァー」


「っ!」


 不意に降ってきた鳴き声に、コーヤは反射的に空を振り仰ぐ。


 だがカモメが一羽、風に乗って舞っているだけだった。

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