3-4 掃除屋たち

 アリス・アリソンは名前を偽っている。


 裏社会で活動を始めた頃、適当にでっち上げた名前がいつの間にか凄腕の掃除屋として広まった。本名はもうずいぶんと、名乗ったことも呼ばれたこともない。


「いや焦ったよ。交通局はきっちり出しぬけたのに、まさかあんな若い子に後れを取るなんて。ほんっと、油断大敵だねー」


 カラス型ドローンの回収を終えたボビィ・ボビン――おそらく、こちらも偽名――が溜め息をついた。二人は今、高架橋のたもとに止めたバンの車内にいる。


「……すまないね」


「およ?」


「単純に強奪すれば終わると考えたのは私のミスだ」


 昨夜に電子人形サイドールを乗せて走り去った電導二輪。その持ち主について探っていたところで、町中から海岸へ向けて走っている姿を見つけ、素性を詳しく調べずに襲ったのだ。見たところまだ子供、人形を奪うだけならすぐに終わる。


 その判断は甘かった。


 強奪に向かわせたクロームウルフたちが一蹴されたのだ。


 相手を見かけで判断して返り討ちにされる、まさに駆け出しのような失態。


 だが相方のエルフは、肩をすくめて軽く笑うだけで済ませた。


「やっぱ急ぎだからって手を抜いちゃダメだね」


「そうだな」


「じゃ改めて情報収集といこうか。敵を知り、己を知れば百戦危うからずってね」


「分かったぞ。エルウッド高校の二年だ」


「え!?」


「コーヤと呼ばれていたからな。その名で検索したら出た」


「マジで?」


 地道に電導二輪のナンバープレートをたどろうとしていた男の顎が落ちた。なまじハッキングの腕に自信があると、こういう単純なやり方は意識の外になるのだろうか。そんなことを考えつつ、ウェアコンから検索結果をまとめて空中に表示してやる。


「地元では割と有名らしいな」


「オトギ・コーヤ十六歳。姓‐名の順から察せられる通り、東方系の家出身。元傭兵もとようへいの学校教師に師事し、十歳で電導法免許、十三歳で電導士資格を得る。十五歳になった去年の三月には妖精付きながらも狩人に認定……」


 一通り読み上げると、相方はやれやれと首を振った。


「だめだねー、最近の若者は。個人情報の管理もできてないなんて。たるんでる」


「いいからもっと詳しく調べろ。ここからがお前の仕事だ」


「はいはい」


 名も知らない誰かを探すには、高度に発達した情報化社会でもそれなりに手間がかかる。だが、電子の海の中に個人情報があふれているのもこの時代の特徴だ。もちろん、プライバシーに関する事柄は各種機関の管理や公的組織の庇護下にあるが、それらを出し抜くのも仕事のうち。


 ほどなくボビィは、電相空間内から必要な情報をまとめ上げてみせた。アリスのウェアコンにもファイルの形で送られてくる。さすがに早いなと心の中でだけ称賛しつつ、仮想窓ウインドウを展開してレポートを広げる。


(……家族は妹が一人だけ、か。両親は少年が七歳の時に械物メカニスタに襲われて死亡。兄妹は当該械物メカニスタを追っていた狩人(女)に助け出された後、彼女に引き取られて育つ。電導士でもある養親の影響もあり、基礎教育課程中に電導士資格を取得。中学卒業後は狩人として活動することを望む。だがその進路は保護者側に認められず、高校へと進学……ふむ)


 あの少年は、幼いころから械物メカニスタを相手取る決意を固めたわけだ。クロームウルフの襲撃に遭って、一向に引き下がる気配を見せなかったのも頷ける。


(人形のくせに、なかなか優秀な護衛を見つけたじゃないか。電導法の支援ソフトも電子妖精エレリィに分類される一級品ときた。力づくで済む、というのは見通しが甘すぎたか)


 さきほどの失敗を振り返りながら、視線の動きでファイルをスクロール。


(二つ下の妹は兄のような資格や免許を取ることなく中学へ進み、現在二年生。水泳部でエースとして活躍している。特に去年、水生族女子の大会に飛び入り参加、三位入賞を果たした実績は半ば伝説と化しており、今夏に南洋洲で開かれる世界水生族水泳選手権にも特別招待されている。誕生日は五月五日。身長百四十八、バスト……)


 そこまで読んだところで、アリスは現実へと目を戻した。レポートの主を半眼で睨む。


「おい」


「なにかな?」


「なにを、調べた?」


「や、ターゲットの置かれている環境を。家庭事情なんてその最たるものでしょ」


「だからと言って、妹の誕生日や体格まで知る必要がどこにある?」


「世の中、無駄な情報なんてないんだよ。そう、この世の全てに意味がある!」


「全てを知ろうとすれば余計な労力がかかるだけだ。必要な情報を必要なだけ調べるのがプロだろう」


「もちろん分かってるとも」


 端正な顔立ちのエルフは、爽やかに笑ってみせた。


「乙女の体重ひみつにまでは手を出して……ぐはっ!」


「いっぺん死ね」


 振り上げた拳を戻しながら冷たく言い捨てる。だが、痛みでうずくまる相手は、悶えながらも口を閉じなかった。


「あと補足だけど。オトギ兄妹を械物メカニスタから助け出した件の狩人はこの事件をきっかけに引退、今はコーヤ君の通う学校で教師をしてるよ。僕と同じエルフで女性。し・か・も、花も顔を背けるすんごい美女」


「お前……」


 もう一発いくかと拳を握る。だが、次に放たれた言葉がアリスの動きを止めた。


血染めの華レディッシュ・フローラ、だってさ」


「なに?」


 それは昔、神がかった強さから鬼神と恐れられた傭兵ようへいの異名だ。三十年ほど前に一線から身を引いたと聞いているが、狩人を経て教員に転職していたのか。


「どおりでねー。電導法なんか使えるわけだよ」


「そうだな。しょせん子供だと舐めてかかると、火傷しそうだ」


 アリスは唇をなめた。


「そういう割には、なんかだか楽しそうだね」


「楽しめそうだからさ。このところオートンガラクタばかり相手してて、いい加減うんざりしていたからな」


「……なんだかコーヤ君に嫉妬するね。僕のお誘いはいつも断られるのに」


「それはお前の勧める店がお上品すぎるからだ」


 軽口が過ぎた。


 このままだといつまでたっても仕事が終わらない。


 アリスはシートの端を叩きながら相棒をせっついた。


「いいから、さっさと次のプランを考えろ。電導甲冑の方も残っているんだからな」


「りょーかい」


 エルフの男は拗ねた調子で返事をすると、指揮者のように手を振って空中にいくつもの仮想窓ウインドウを並べ始めた。

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