3-5 買い過ぎ注意

 何者かにハッキングされた交通システムと械物メカニスタによる白昼の襲撃。


 これはもう一つの事件だが、しかしニュースになることはなかった。械物メカニスタの操り手らしきあの声の主がよほどの腕なのか、あるいは交通管制を担当する機関の質が低いのか。どちらにせよ、警察の調査や報道機関の取材に遭うこともなく、アムが公の目にさらされないで済んだことにコーヤは安堵した。


 だが不意に訪れたトラブルは厄病神だったらしく、アムが姉と呼ぶ電子人形サイドールがどこに行ったのか、いまだに何の手がかりもつかめない。それでも、聞き込みによって得られたものは確かにあった。ただ、それが成果と言えるかどうかは別問題だった。


―――――――――――――――――――――――――――――


「やっちまった……」


「やっちゃいましたね……」


 帰宅後。


 リビングの床に積み上げられた箱を前に、コーヤは頭を抱えた。


「お二人とも。どうしてそんな困った顔をしているんですか?」


「いや。ちょっと買い過ぎたかなって」


「もう。だからリピュート払いするのは止めておきましょうって言ったんです。マネーチャージなんてすぐ終わるのに」


「うう……」


 もはや返す言葉もない。


 午後にコーヤが訪ねたのは、おもに海洋をフィールドとする狩人の集まる電導士専門店。


 店の主人にただ話を聞くだけなのも悪いので、なにか少し買っていこうと考えたところまではよかった。お財布アプリの残高が思っていたより少なかった、ということも大した問題ではない。自身の銀行口座にアクセスすれば、電子通貨の補充などすぐできる。


 失敗したのは……。


「やっぱり、信用払いは要注意ってことか……」


 ウェアコンに表示させたとある数値を確認しながら、コーヤはため息をついた。その意味を知らないアムが、隣に投影された折れ線グラフを指さす。


「これはなにかのパラメータですか? 緩やかに上昇した後、急降下しています」


「これはRP――リピュートポイントっていってね。俺の評判を表しているんだ」


「評判……ですか?」


 社会の情報系が、線形の電気の紐で結ばれた網細工インターネットから立体的な電子の海を巡る電素循環エレカルサーキュレーションに進化する頃、経済手段にも変化が現れた。


 RPと呼ばれるそれは、『良いね』や『ぐっど』などで示される電相空間上での行動評価と、発行主体の存在しない暗号資産が結びついたもので、評価決済と呼ばれる。


 要するに、ある行為に対する点数がそのままお金になるのだ。


 長所は、人からの評価を高めればポイントが集まるので、比較的稼ぎやすい点。


 短所は、データのやり取りに過ぎないため実感に乏しく、金銭感覚が狂いやすい点。


 少年は、店で狩人としての腕を褒められ気を良くし、店主に勧められるまま評価決済を選んでその落とし穴にはまったのだ。


「まあ全部未開封だからな。返品できないことはないだろうけど……」


「こんな大量に、それも売ったその日のうちに返されたら、お店の人はきっとものすごく渋い顔をするでしょうね」


「だよなー」


「? どうしてですか?」


「儲けにならないし、応対に時間は取られるし、なにが悪かったのかと気になるしで、いいことがないからです。人によっては何の嫌がらせか、と思われてしまうかもしれません」


「なるほど」


「どこも顔なじみの店だし、これからも世話になるだろうからな。あんまり自分の評判落とすようなことしたくないんだよ……。RPも減るし」


 再びコーヤの口からため息が漏れる。集めるには手間がかかるが、減るのには時間がかからない。その点はお金も評判も一緒だ。


 主の力ない言葉を受けて、パティが結論を下した。


「使えそうなものだけ残して、あとはオークションですかね」


「そうだな。それが一番か」


「では手早く仕分けしてしまいましょう。マスター。いる物はこっち、いらない物はそっちに置いてください」


「おう」


「私にもお手伝いできますか?」


「助かる。……パティ?」


「了解です」


 相棒にアムと通信をつないでもらい、三人で情報を共有しながら仕分けに取り掛かる。


「これはどうですか?」


「いらない物ですね。むしろ、あっちからそっちまで」


「え、それもか!?」


「当然です。今使ってるのより、ちょっと性能がいいだけの掃除機なんて取り換える必要ないでしょう。というか、なんで掃除機なんです」


「見た目がカッコよかったから?」


 などと、無駄口を叩きながらも作業は順調に進む。ウェアコンなら手を止めずに相談できるから楽だ。


 テントや寝袋、狩猟ナイフといった分かりやすく実用的な道具。特売のウェアコンに3Dプリンターのような、すでに家にある機器。果ては電子お守りや電導護符など、本当になんだかわからないもの。それら雑多に積まれた品を一つ一つ分けていく。


 もっとも、大半がいらない物だったが。


(俺、実は買い物下手なんじゃないか……お?)


 一つ、これだけはというものがあった。


「バイク用の部品はスペアに取っといていいよな」


「そうですか? グランドマスターから頂いた分がまだあったはずですが……」


 そう言いながらコーヤの手元を覗きこんできたパティは、呆れた声を上げた。


「大容量・高出力バッテリーなんて買っちゃって、一体どうするんですか。マスター」


 それは電導車両用の外付け蓄電池だった。


 電気で駆動する現代の乗り物は、オプションとして様々な電子機器を追加することができる。だが本体で賄える電力には限りが、特に二輪車ではかなりの制限がある。


 それを補うための装備が、コーヤの買ったバッテリーだ。少し前のモデルだが、在庫処分のため特価で売り出されていたので欲しくなった。


 つまりは衝動買いだ。


「や、お買い得だっていうから……。狩りの足を確保するのに予備電源は必須だろ。俺の場合は単独行動が基本なんだから」


「だからって、マスターのバイクにはオーバースペックですよ。このクラスなら、重武装した装甲車両をフル稼働できます」


「それだ! この際、電磁砲レールガンとか結界障壁バリアみたいな兵装追加して、装甲電導二輪とかどうよ」


「これから毎日、食パンで過ごすというならそうして下さい」


「う……」


 そう言われると返す言葉がない。高価な電導二輪そのものを購入してまだ日が浅いのだ。


 使用主である少年が黙り込むと、人工の妖精は一通りの苦言を終えることにしたようだ。次いで生活サポート兼アシスタントソフトとしての判断を下す。


「でも、予備の電源が必要っていうのには同意します。野営中に何かあった時、臨時の発電機として使えれば心強いでしょうし」


「だろ!」


「それではちゃちゃっと動作確認して、終わったら荷台のケースにでも積んでください」


「おう……って今からか?」


「そうです。こういうことは先延ばしにすると、結局忘れてしまうんです。このまま家の中に放置しても仕方ありませんから、早く取り掛かってください」


 腰に手を当て指図をしてくる電子の妖精。憤然と胸をそらすその様は、どちらが主人か分からなくなるほど厳めしい。だが提案したのは自分の方だ。残りの作業は二人に任せ、コーヤは大人しく居間を出た。

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