第3話・緊急会議

 昼休みが終わる少し前の事……玲奈は仮面をつけたまま保健室から出てきた。


(まさか半日を保健室で過ごす羽目になるとは……私たち「魔祓い師」は普通の人間より治癒能力が高いとはいえ、学校側も保健室ではなく病院か自宅に送ってくれればいいものを……)


 心の中でそう愚痴りながら玲奈は誰もいない廊下を歩いている道中で、ここ最近の出来事を思い出す。


(……父さんに見栄を張って、今回の異動要請を引き受けたはいいものの……ここの支部は私のことをあまり戦力として期待していないことに関しては憂鬱だ。おまけにこの街には6歳の時に1度来ただけで土地勘もほとんど無いときた)


 そして、当時……この街へ訪れた時のことをふと思い出す。それは、夏祭りの会場で後ろ髪を赤の帯で結んで赤のトンボ柄の浴衣を纏って狐のお面をつけて迷子になって泣いている自分に手を差し伸べてくれた藍色の浴衣を纏った同い年の男の子がいたことだ。


(……彼は私の事を覚えているだろうか? いや、覚えているわけがないか……お互い名前も知らないし、私は顔を見せることも無かった。10年も経てば顔立ちも変わるし会えたとしてもお互い気づけずに終わるのがオチだろう)


 そんな昔のことを思い出しながら玲奈は教室に戻り、自分の席に着いて憂鬱になる。


「もう大丈夫か?」


 そう声をかけてきたのは左の席にいる凪だった。玲奈は「おかげさまで」と皮肉めいた口調で返す。


 授業が終わり、2人は教材を机の引き出しにしまって、HRが始まるまで無言で暇を持て余していた。


「「……」」


 凪に至っては幽麻とはクラスが違うため、話し相手がいない。玲奈に至っては親しい人間がいない所謂ボッチ状態のため、凪同様に話し相手がいない。


 玲奈はチラッと左を見るとボーっと前を見ている凪がそこにいる。

そんな凪の横顔を見ていると玲奈は何かを思い出したかのように凪にこんなことを言いだした。


「凪! 今日帰り道途中まで一緒に帰らないか?」


 朝っぱらから自身の事をブッ飛ばした相手にそんな誘いをしてくるとは思ってもいなかった凪は、ポカンと開いた口が塞がらない状態で玲奈を見ていると、玲奈は言いづらそうな口調でワケを話す。


「ああ……いやなんだ……私は今年の4月にこの街に来たばかりで土地勘があまりないんだ。それと、聞いた話だと凪の帰り道も私が今住んでいるところと同じ方向だと聞いてな」


 そんな話をしていると、ピロリンと玲奈のスマホにメールが着た。玲奈は左手でスカートの左ポケットに入っているスマホを取り出してメッセージを確認すると委員会の連絡網で「本日緊急会議」との通達だった。


 玲奈はそれを見て、議題の予想がつき、凪に待ってもらえるような理由も無かったため「すまない。委員会の緊急会議が入ったから今日は無理そうだ」と言うと、凪は特に気にするような素振りもなく「それは残念だ」と答える。


 HRが終わり、玲奈は会議のために委員会の教室へ向かい、凪はそのまま昇降口へ向かったのかと思いきや……


「珍しいなぁ凪が図書室に来るなんてぇ」


 そう関西訛りで凪に言うのは、少し日焼けした血相のいい肌でどうやってセットしているのか疑問に思えるようなワインオープナーのようにカールのかかった黒髪ポニーテールの女子生徒だった。

 2人は図書室で向かい合うように席に着いて、凪は宿題のノートを広げ、女子生徒は何かの本を読みながら凪にそう言うと、凪はノートに走らせていたシャープペンを止めて口を開く。


「そう言う亜由美(あゆみ)も「八坂家の魔祓い師」でありながら「異能風紀委員」に入っていないということに驚きを感じているけどな」


 凪にそう言われた亜由美はウンザリしたような顔でこう言った。


「当たり前やん。あんな差別のする連中の息のかかったところにウチが行くと本気で思ってん? 何もしてない奴にダンビラ向ける連中やで?」※ダンビラ・日本刀のこと


 亜由美の言葉に凪は「まあ、そうだよな。俺だって静かで平和な学校生活をしたいのに……」と返してこんなことを聞いた。


「それはそうと「異能探偵」の登録はしてるのか?」


 そう聞かれた亜由美は顔が引きつる。


「幽麻と一緒に登録はしたで? ただランキングが相変わらず「2位が空白のまま」やったのが、腑に落ちひんけどな」


 凪は「2位が空白のまま」と聞いて思わず顔を上げて亜由美に尋ねた。


「ちょっと待て、この街を出る際にランキングから俺の名前は除名してあるはずだ。本来なら繰り上げでお前の姉である3位の戦闘狂(バトルジャンキー)ことチェンさんが2位に入っているんじゃないのか?」


 凪の質問に対し、亜由美はその辺りの事情を話してくれた。


「あれ? 知らへんの? 凪が出て行った後に2位の座を欲していた「師団」の連中がこぞってその座を取りに来たんやけどな? 1位のハルさんは愚かアンタの妹分である暤(しろ)ちゃんにすら勝てへんのやぞ? この街の同世代の連中……」


それを聞いた凪は「アイツも登録したの!? 確かまだ11だろ!」と驚きの声を挙げてから放課後とはいえ図書室ということもあり、周りを気にする。※図書館・図書室ではお静かに!

 驚く凪に対して亜由美は冷静に詳細を話す。


「アンタがこの街を出て行ってすぐに登録しにいったで? ちなみにランキングは10位で称号は虎子(リトルタイガー)……まだ小学生のあの子がなんで登録できたかは知らへんけど、まだ実績もない登録だけの「異能探偵」やからね。中学生ですら特例でない限り登録できへんのよ? もしかしたら歴代で最年少ちゃう?」


 実績のない登録だけ……それを聞いた凪はホッと胸を撫でおろす。


「じゃあ、危ないことはまだしてないんだな?」


凪の安堵の言葉に亜由美はこんなことを思い出した。


「せや、アンタが伊佐乃市に行って一番寂しがってのはあの子やからね。こうもいっとたよ? 「まだお兄ちゃんに何も返せてない」ってあの子が中学生になったら簡単な仕事でも一緒に行ってあげたらいいんちゃう?」


 それを聞いた凪は少し困った顔でこう言った。


「別に俺は何かを与えたわけじゃないんだけどな。アレは全部アイツ自身が自分自身の力でモノにしたものだ。まあ、そうだな……今度休みの日に皆でどこか遊びに行くか?」


 そんな和気あいあいとした話をしている中、玲奈は会議後の教室で委員長の女子生徒からとんでもない指令を受けていた。

 玲奈は一枚の指令書を右手に持って委員長である女子生徒の指示に耳を傾ける。


「他にも立候補する志願者はいたのだけれど、アナタの身の上と「能力」のことを聞いて適任だと判断させてもらったわ。アナタの任務は「対象・鈴羅 凪の登下校・異能探偵の活動時の監視と「師団」への懐柔よ。監視時に対象が暴走した場合は殺傷も許可されてるわ。それと「師団」への懐柔が成功した場合は、アナタに幹部の席を用意するそうよ?」


 それを聞いた玲奈はこんなことを考えていた。


(バカにされていた私の能力が期待されている。それにアイツを「師団」引き入れることが出来たら幹部の席を得られる。私の事をバカにしてきた奴らを大きく見返してやれる……)


 報酬があまりにも魅力的すぎたため、玲奈の心は迷いようが無い。


「わかりました! ご期待に応えてみせます!」


 気合の入った返事で凪の「静かで平和な学校生活」に介入することを決意したのであった。

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