第2話・異能の力

 昼休みになってのこと……凪は黒髪スポーツ刈りで左眼の周りに大きな火傷跡がある痩せ型の男子生徒と校内を歩いていた。


「悪いな幽麻(ゆうま)、昼休みに案内頼んじまって……」


凪は自身の右隣を歩いている幽麻にそう言うと、幽麻は笑顔で答える。


「気にすんな! こっちも昼飯奢って貰ってる身だ」


 そして、その笑顔が神妙な顔に変わって凪にこう言った。


「それにしても……新人とはいえ、カーストではQB(クイーンビー)より上に当たる「異能風紀委員」のメンバーを朝っぱらからぶちのめすとは……トラブル気質は相変わらずのようだな」


 今朝の玲奈との一件を思い出した凪は顔を青くするも自身の正当性を主張する。


「言っておくが、先に抜いたのは向こうだからな? 加減した状態のオーバードライブを打ち込んだとはいえ、刃引きしてある日本刀で切りかかれたんだから正当防衛だ」


そう言う凪に対して、幽麻は凪の技についての出鱈目っぷりに呆れた。


「あれで「能力」ではなくテクニックだって言うんだから出鱈目だよな。人間の未知の部分か……」


 ここでふと、幽麻は凪にこんなことを聞いた。


「そう言えばさ……向こうにいた間も「能力」は使わなかったのか?」


幽麻の質問に凪は曇った顔で答える。


「少しは使った……流石に「氣功術」だけで通用するとは思っていない」


 凪が曇った顔をしていることに気づいた幽麻は話題を変えた。


「……それはそうと、向こうで出来たって言う友達は元気か?」


幽麻の問いに凪は少し寂しいような口調で答える。


「ヨイチの事か? 元気だろうさ。少し心配なのが咲たちがいるとはいえ、またヤンキーにイジメられていなければいいんだけどな」


 そう言う凪に幽麻はこんなことを聞いた。


「俺らと違って「能力」を持たない人間なんだろ? 凪の交友関係って聞く限りだとソイツ以外って皆「能力」持ちじゃないか?」


幽麻にそう言われた凪は思い返してみるも否定できなかった。


「言われてみればそうだな。幽麻は魔界側で亜由美(あゆみ)と俺の弟も天界側だ。ヨイチの次に仲良くなった咲も天界側だしな。俺みたいに「どちらでもない」ような奴はいないが……」


 凪は突然動かしていた口が止まり、異変に気づいた幽麻は凪が向けている視線の方へ目をやると、自分達の進行方向に2年生と思しき風紀委員の腕章をつけた男子生徒2人が、自分達の進行方向を塞ぐように横に並んで立っていた。


「自分達が正当防衛で帰り打ちにされたからってお礼参りか?」


 凪はそう言うと凪から見て右に立っている男子生徒は答える。


「今朝の一件はこの街の「師団」からの要請とはいえ、能力者のひとりも制することが出来ないのでは、こちらの面子にも関わるんでね。全力で行かせてもらう!」


 気づけば先程まで周りにいた廊下を歩いていた生徒たちが予鈴もなっていないのに引いていく波のように自分達の教室へ逃げており、出入り口の扉の隙間や窓からこちらの様子を見ていた。


 右側の男子が「ライオネル!」と叫んで構えると何も空間から縦60cm・幅40cmの銀色の菱形の盾を右腕に装着した状態で取り出し、左側にいる男子が「ブート!」と叫んで何もない空間から槌が碧色に輝くスレッジハンマーを取り出して両手で構えた。


「おおう……校内で「能力」の使用……しかも編入早々に第4段階である「鎮圧」が発動しているってことはここも支部もお前の帰郷を悪い意味で歓迎しているようだな」


 呆れている凪の隣で幽麻はそう言うと、凪は眉間に少ししわが寄って険しい顔つきになり、拳を強く握ってパキッと関節を鳴らした。


解説・異能風紀委員が問題を起こした生徒に出来る処置は5段階になっている。

第1段階「忠告」・問題児に厳重注意をする。

第2段階「監視」・校内で常に指定の問題児の傍に付いて行動を監視し、違反行為があれば制圧する。

第3段階「制裁」・委員のひとりが問題児に文字通り、血の制裁で与える。

第4段階「鎮圧」・委員2人掛かりで問題児を制圧し、登校を拒否させる。←今これ

第5段階・特例「執行」・総員で問題児の殺傷が許可される。これは「師団」からの要請が無い限り発動しない。


幽麻(いきなり第4段階である「鎮圧」を学校が許可するわけがない。恐らく「師団」から要請でも来たんだろう。凪はこの街の「師団」とは仲が悪いことで有名だからな)


 凪は首につけたままのチューブバンダナで口元を覆い、2人に距離を詰めながらこう言った。


「恨むなら頼んできた「師団」を恨んでくれ。それと報告ではこう言ってくれ「これが俺からの挨拶だ」ってな!」


 次の瞬間、スレッジハンマーを持っていた男子生徒に一瞬で距離を詰めた凪はスーッと息を吸いこんでから男子生徒の額に右手の中指でピンッと、デコピンを打ち込んだ。


 普通のデコピンとは似つかないボグシャッと重い音をたてながらデコピンを喰らった男子生徒は白目を剝いたまま、直立状態で背中から床に倒れた。

 凪はクルリと残りの盾持ちに向かって左拳を構えると男子生徒は咄嗟に盾を構えて凪の攻撃に備えた。

 だが、凪は迷うことなく自身の左拳を盾に向かって打ち込んだ。

ゴンッと言う重い金属音をたてながら、男子生徒は大きくよろめきながら盾に傷やへこみが無いのにも関わらず自身の右腕がボキッと枝を折るような音をたてて折れた。


「……ッ!?」


 まるでパンチの衝撃だけが自身の腕に入ったような現象に驚く男子生徒だったが、キーンコーンカーンコーンと予鈴のチャイムが鳴り、激痛で腕が上がらずに左膝を床につけている男子生徒に対して凪はこう言った。


「授業が始まる前にこの人を保健室に連れて行ってくれ。あと、ちょっと動くなよ?」


 そう言ってくる凪の顔を男子生徒は見上げるように見ると、突如凪の背後に黒い煙のようなものが上がり、黒光りする甲冑を纏った腕が現れた。


「だりゃあ!」


 凪の掛け声と共に放った右フックにシンクロするように凪の背後にいる腕も男子生徒の右肩を殴りつけた。


「ギャッ!?」


 傷口に塩をすりこまれるような痛みに思わず、悲鳴をあげるも、折れて動かなくなったはずの右腕が急に動くようになり、男子生徒は何が起こったのかと動揺する。


「さーて、午後の授業も頑張りますか!」


 驚きの余り自身の右腕と凪を交互に見比べている男子生徒を他所に凪はそう言いながら口元を覆っているバンダナを右手人差し指を引っかけて外し、幽麻と一緒に自分の教室に向かう。


「?!!!???? ッツ!?」


 男子生徒は動揺しながらも未だに額から煙を吹いて白目を剝いて伸びている相方に肩を貸して引き摺るように保健室に連れて行く。


「天界側の能力者である魔祓い師2人を「シャドウ」を使わず制圧するとは流石「2位」恐れ入るよ」


 幽麻は凪の左を歩きながら軽い口調でそう言うと、凪は幽麻の発言の一部を訂正する。


「正確には「元2位」だ。それに、あの程度の能力者だったら「能力」使うまでもねえ。「氣功術」だけで十分だ」


そう言う凪に幽麻は不思議に思っていたことを口に出す。


「にしてもなんで凪だけ血筋は「魔祓い師」なのに家系とかの影響を全く受けない「死神」の力に目覚めたんだろうな? 前から不思議に思っていたんだが……」


 幽麻の発言に凪は左手の人差し指と親指を立ててピストルの形を作って幽麻を指しながら「それな」と言って不思議に思う。


「本来なら俺はお袋と同じ「魔祓い師」の「血縁種」の力に目覚めているはずだったんだ。この魔界側の異能である「死神」の力に目覚めたのは6歳の時でこの街の「師団」に今日に至るまで受け入れてもらえなくて……認めてもらうために色々やってはみたんだけどな」


 その時の凪の苦労を知っている幽麻は同情した。


「それに関しては酷い話だよな。その結果が「能力」無しで大抵の能力者を倒せるようになって「霧雨市の能力者ランキング」に当時13歳で歴代最年少の身で「2位」になったのにも関わらず受け入れないあたりただのバカにしか見えないんだが……」


 凪は懐かしむような顔でこんなことを口に出す。


「高校卒業したら伊佐乃市に戻りたいぜ。あっちはそう言った差別とかしないからな」


そんなことを言いながら凪は自分の教室へ入ったのであった。

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