第23話 加入式とレジェンド
浦和レッドドラゴンズ 加入式
赤いジャージに袖を通して案内された会場に入る。パイプ椅子がずらりと並べられており、既に新入生何名かが雑談しているようだ。
おっ、見知った顔があるな。二日ぶりだろうか?
「ジュン合格してたんだな」
「ケイ君こそ、当たり前か。また会えて嬉しいよ」
「俺もだジュン。なんか大分丸くなってないか?最初の頃なんてあれ〜受付をいじめ〜とか言ってきたのに」
「あっあれは!いや、本当にごめん」
「はっははははは、ごめんごめん。冗談だって。これから同じ浦和ジュニアとしてよろしくな」
「なんだよ冗談か。勘弁してくれ。時々夢に出るくらいのやらかしなんだ。こちらこそよろしく。ケイ君が同じチームにいるのは本当に頼もしい」
ジュン君こと元ざまあ君がすでに座っていた。その隣に座り、少しの間他愛のない会話をして親交を深める。
「ジュン来るの早くないか?俺なんて学校から直で車で来たのに」
「あー。実はもしものときに備えて学校を早退したんだ。遅刻したくないし、第一印象は大切かなと思ってね」
凄いなそれは斜め上のチョイスだよ。見習いたいな。
ぼちぼち話していると少しずつだが新入生が入場して空いた席を埋めていく。
計20人のジュニア生が今年は加入するみたいだな。
シワ一つない新品の赤ジャージを着て姿勢良く座っているジュニア生を見るとなんか心動くものがあるな。
周りには数台のカメラも用意されている。報道陣が来ているとかではなく、浦和側が記念として撮る物だろう。あっ、保護者用なのかもしれないな。
周りを見渡すと先週の土曜日に受けたセレクションからは俺ら合わせて4人合格したみたいだ。三次に進んだのは7人の筈だが落ちてしまったのかな。
しかしやけに今年はジュニアを取っているな。一学年10人くらいが平均のはずだ。セレクションで多くても5人しか取らないと言った時は狭き門だと思ったが納得だ。スカウトが取ったのは16人。
下部組織はその支援の良さから、定員が限られている。それもそのはず。人間一人を全力でサポートして育てるのは全ての資源を使っても足りないのだ。
浦和側が育成費を増額したのかな。まぁ最近のサッカーフィーバーを鑑みたら納得か。
日本は地理的に欧州の選手が行きにくい場所だ。ヨーロッパ勢からしたら本場から一番離れた場所なのにそこそこのサッカーをしている国だろう。
しかし近年、世界三大経済大国の日本は海外からどんどん選手を買い漁っている。サッカー先進国からするとまだまだ遅れているが、その多額の移籍金や育成力で着実に一歩一歩サッカー大国の道を進んでいる。
また、サッカー協会主導のSNSでの宣伝や地元監督に半年一回の講習を義務付けたことが功を奏した。昔みたいな根性論育成はかなり減ってきている為サッカーを気軽に安心して始められるのだ。
一部のサッカー評論家からは酷評を食らっているがしょうがない。昔の根性時代は終わったのだ。練習中に水を飲んではいけない事が罷り通っていたなんて信じられないよ。
このような堅実な努力が実を結び、日本のサッカー界はかなり盛り上がっている。
それに加え移民の在留資格を大幅に緩和してたのも引き金だろう。元々日本は世界で4番目に外国人を受け入れていると言っていいほどグローバル化している。
しかし、在留するための資格がかなり厳しく定められていた。そのため資格を失い帰国しなければいけない人が続出。
人材の流失と深刻な少子化を抱える日本は苦肉の策で条件を大幅に緩和した。その中にはスポーツ全般の協会からの圧力もあり、外国人アスリート国籍取得条件も同じく和らいだのだ。
これらが起爆剤となり海外からの選手が増え続け、一種のスポーツバブルが起こっている。
海外の先進国も多かれ少なかれ同じように少子化が進んでおり、日本は海外の政策を丸コピしたようなものだがな。
色々と考えたり、話している内に時間になったみたいだ。ぞろぞろと浦和レッドの関係者が会場に入ってくる。
おっ前澤さんだ。チラッと視線を向けてくる。まっすぐ壇上に向かい一礼、マイクを手に取り式辞を述べ始める。
「皆さんお待たせしました。これより加入式を始めたいと思います」
パチパチパチパチ
後ろの方には保護者の方々がいるようだ。自分の子供たちの晴れ舞台を見にきたのだろう。皆表情が明るい。
少し羨ましいな。
お母さんはお父さんの付き添いで病院に行っている。
今日はうちの家からは誰も来ていない。少し胸が締め付けられる気分に陥る。
胸の内側に溜息が宿り、心が暗くなる。
頭ではいくら大人の人格だろうと、どうしても体に引っ張られ醜い感情が湧く。仕事が忙しくて授業参観に来れない親に拗ねてしまうような気持ちなのだろうか。
同時に如何しようもない理不尽を感じてしまう。時間はどのくらい残されているのだろうか。
女々しい自分に苛立ちを覚えてしまう。険しい表情を見たジュンは不思議そうな顔で見てくる。
冷や水を浴びせられた錯覚に陥り、冷静になる。
今日来て欲しかったな.....。
「まずは皆さん浦和に来てくれてありがとう!.......」
ふぅ、それにしても前澤さんのスピーチはかなりいい事言ってる。前世の幼い頃を思い出す。あの時はお偉いさんの言ってることなんて聞き流してたけど、大人になって聞くとかなり為になる事を言っている。
まあジュニアに伝わっているかは微妙だが。
「...........そして最後に、新入生と5年生、つまりU11は5月から始まる新人戦に参加してもらう。まだメンバーは決めていない。これからの練習と紅白戦で決めようと思っている。チャンスは皆平等だ。実力でこの機会を是非掴んで欲しい!これが本当の最後だ。コーチ、監督、浦和職員一同、全力で皆をサポートする。だから信じて付いてきてくれ!」
前澤さんって相変わらず熱い人だなぁ。面接時の土下座を思い出してくすっと笑いそうになる。
そんなハプニングを知らない新入生は彼の熱意にやられたのか、明らかにやる気溢れる表情をしている。保護者の方も子供の為に全力で貢献しようとしているのだろうか。盛大な拍手を送っている。これがいわゆるサッカーママかな。
俺も結果を残さなければな。ここまで好待遇で加入できたんだ。サッカー選手を目指している者は小学校から毎日が入社試験だ。監督、コーチ、トレーナーまで全員で評価してくる。
こういうプレッシャーは好きだ。人間は圧があるから成長するのだ。その中で幼い頃から輝き続けて、戦い続けた戦士が生き残れる。
継続は力なり、愚公山を移す、千里の道も一歩からとこれ程多くの言葉が偉人によって残されている。本当に真理だと思う。
おっと、少しは演説を真面目に聞かなくてはな。ジュニアの監督、コーチ、トレーナーの方々が順番で皆自己紹介と新入生にメッセージを送ってくれた。
自分の仕事が本当に好きそうな人ばかりだ。浦和に対する第一印象は最悪に近かったけど、たまたまだったようだ。
「えージュニアの諸君、これから設備の案内があるから係の人の案内に付いて思う存分見学してくれ。また保護者の皆様も是非ご一緒に」
◆◆◆◆◆◆◆◆
案内の人がジュニア勢と保護者をぞろぞろと連れて巨大なトレーニング施設を紹介してくれる。
すごいなこのジムの設備。何個ランニングマシーンあるんだよ。家にある最新型と同じじゃんか。
お父さんは最近良くプレゼントしてくれている。本当に優しいな。甘やかさっぱなしじゃないか。お母さんも渋々ながら認めてくれているけど流石に止めた方がいいと思う。
あっあの人は!元スペイン代表FWのアルバロ・ムーア選手じゃないか!
すごい!なんでこんな所に。こんな所は浦和に失礼だな。こ、声掛けてもいいかな?どうしよう。当たって砕けろだ。
『初めまして。元スペイン代表のアルバロ選手ですか?スペイン語は全然できないので英語ですみません』
『おぉ。日本語アクセント皆無のイングリッシュじゃないか。初めまして。俺に何かようかな?』
『はい!大ファンでした!引退試合で決めたハットトリックは伝説ですよ!なぜ日本に?もしかしてJリーグで復帰するんですか?』
少し緊張からか関連性のないことまで言ってしまったが仕方ない。引退後も鍛え上げられた体を維持している。これが世界を相手に暴れ回ったFWの鋼の筋肉。強者特有の圧を感じる。まさかとは思うが好奇心を抑えられない。日本でプレイするのだろうか。
『はっはははははは、流石にこの年じゃ無理だよ。実は浦和の監督としてオファーを受けたんだ』
『浦和の!?一大ニュースじゃないですか!いつオープンにするんですか』
『まだ正式に決定してないからな。説得しないといけない人もいるからね』
『なるほど。個人的には是非浦和にきて欲しいです!』
『はははははっは、ありがとう。さてそろそろミーティングの時間だ。なんだか説得成功しそうだよ。またね、二宮君』
アルバロさんはそう言うとジムを出て行った。あれ?俺まだ自己紹介してなかったよな。もしかして俺って結構有名なのかな。ふふふふ。
彼は確か日本人と結婚したんだよな。インスパでおしどり夫婦として有名だ。奥さんも日本人離れしたスタイルなんだよな。毎回思うけど、サッカー選手ってずるくないか。奥さん、みんな美人。美人のインフレだよ。
おっと、自由行動の時間は終わりか、それにしてもいたれりつくせりだ。プール、サウナ、浴場、ジム、ゲーム室、図書館。本当に最高だ。
この設備をジュニアにも使わせているのはサッカーくらいじゃないかな。案内が終わったみたいだ。新入生は最後に資料一式を貰い解散した。各々家族と一緒に帰るらしい。
ジュンにも挨拶をして別れた。まぁ明日から練習でまた会うけどな。俺は少し居残りをしようと思う。
使われていないピッチを係員の人から聞き、綺麗に舗装されている敷地を歩く。
平日にも関わらず選手の家族や記者の人たちの出入りは活発だ。
ん? あ、あの子は!まさかと思い走って追いかける。なんでこんなところにいるんだ。
『お、お久しぶりですね。僕のこと覚えていますか?』
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