第24話 ワワちゃん

ん? あ、あの子は!まさかと思い走って追いかける。なんでこんなところにいるんだ。


『お、お久しぶりですね。僕のこと覚えていますか?』


『...................ケイ君?』


いきなり声を掛けた俺に冷たい視線が突き刺さる。少し戸惑いを覚えてしまうがすぐに顔が輝きぎゅっと抱きしめてきた。


流石情熱の国スペイン。挨拶も情熱的だ。


今回はヒールではなくスニーカーを履いているみたいだ。ご存知の通り女性は男性より成長期が早く来るため、俺は彼女の胸に埋まるようにして抱きつかれてしまう。


けして、俺がチビな訳ではない。仕方ないのだ。二度言う、チビな訳ではない。


柑橘系かな、カシスの香りが微かに漂う。


自然と顔が赤くなっているのを感じ、更に恥ずかしくなってしまう。本当に顔が熱い。


『会いたかったわ』


『....ぼ、僕も....く、苦しい』


『あっ!ごめんなさい。また会えて凄く嬉しい!この前は本当にありがとう....ケイ君がいなかったら誰も助けてくれなかったと思う』


スタイル抜群の胸で窒息してしまうところだった。そのことに気付いたのか彼女は顔をポッと頬を染めながら謝ってくる。


『....僕も凄く嬉しいよ。本当に無事でよかった。正直驚いている!もう会えないと思っていたからね。でもなんでここにいるの?』


『えーと...うーん。まだ非公式だから...内緒にしてくれる?』


あ、あざとい...だが彼女の圧倒的な美は効果抜群のダメージを与えてくる。可愛過ぎて胸が締め付けられ、少し苦しい。おいおい勘弁してくれ。俺チョロいん過ぎるだろ。


『......うん、内緒にするよ』


『...お願いね。その...実は私のパパが浦和の監督をすることになったの』


『へっ?.........もしかして監督って元スペイン代表FWのアルバロ・ムーア選手?』


『....うん。パパ』

ま、まじかー、もしかしてアルバロさんが俺の名前知ってたのって娘さん経由だったんだ。


『な、なるほど。アルバロさんの子供だからここに入れるのか』


『.............』


『ど、どうしたの』

何か地雷でも踏んだのだろうか....。とりあえず謝ろう。


『...........ワワ』


『え?』


『まだ自己紹介...してない。あの時はすぐバラバラになちゃったし』

眉をへの字に曲げて少し不満そうな顔をする彼女。


『あ、ああ。そうだったね。僕の名前は二宮ケイ。浦和ジュニアに所属してる。今日入ったばっかりだけど』


『.....知ってる』


『ごめん。今なんて言ってるか聞こえなかった』


『ううん。なんでもない。次は私の番よね!私の名前は佐々木・ワワ・ムーア。ワワって呼んで!』


『うん、僕もケイで。.....よろしく』


どうしよう会話一つ一つがふわふわしてしまう。セレクションより緊張する。


本当に綺麗だ。自分の心が高鳴るのを感じるし、もーよくわからん。


『あっ!ごめん、パパが待ってるからまた今度ね!これ私のWhatstalk!またね!』


『....ありがと!連絡する!』


連絡すると聞いて、ぱあと花が咲いたような明るい笑顔を見せる彼女。以前会った時の氷のような冷たい雰囲気をした人物とは大違いだ。


行っちゃったよ。もう少し話したかったな。


ワワちゃんか。


でも...あー!もう何が連絡するだ!


もっと気が利いたこと言えないのかよ。本当に俺は残念過ぎる!前世で何か役に立つ記憶はないのだろうか.....。


はっ、ふと昔の同僚を思い出す。あいつだったらピックアップラインとかで盛り上げたりできたんだろう。俺には高度過ぎて無理だ。


あーやめやめ。はぁ。練習するか。ただでさえ今日は加入式で時間が確保できなかったんだ。


ピロン、

『ケイ君これから仲良くしてね。会えたの凄く嬉しかったよ!』


メッセージと共に上目遣いの自撮りが送られてきた。か、可愛い。鼻血でそう...。


こういう時って自撮りを送り返さないといけないのだろうか。それとも褒めた方がいいのかな。てか意図がわからない!


スペインの文化だと普通なのかな。誰か助けてくれ...。


俺は...サッカーに集中しなくちゃいけないのに。


はあ、次はいつ会えるのだろうか。


◆◆◆◆◆◆◆


ワワ 帰宅途中 車内


(あーー!へ、変な子だと思われちゃったらどうしよう?!)


本当にど、どうしよう。日本ではボディータッチが多いと淫らな人だと思われるから気を付けてって友達に言われてたのに。


ママにも注意されてたのになんで。だ、抱きついちゃったよ〜


どうしてこんな大事なこと忘れちゃったの......会えたことが嬉しくてつい、うぅ......。


もしもケイ君に嫌われたらど、どうしよう。


それに私が名前知ってたことバレてないよね。


『ワワ、浦和はどうだった?施設見学していたみたいだが』


ど、どうしようストーカーだと思われたら。


しかもいきなり自撮りとか送っちゃうし!あーー!どうしよう!私のバカ!


うぅ、こんな気持ち初めて、男の子との会話なんて良く分からないよー。


テンパって変なこと送っちゃった。ママにもっと相談すればよかった...。


『....ワワ?具合悪いのか?パパは心配だよ。浦和で何か嫌なことでもあったのかい?』


どうやったら自然な感じで話せるのかな......今夜ママに聞いてみよ。


それにしてもケイ君かっこよかったなぁ。どうしよう。


一緒にデート行きたいな〜 映画館とか水族館とかいいかも!


で、でも私から誘うのって変だよね....あっジュニアって忙しいし迷惑になっちゃうかも。今日も居残り練習するみたいだったし。


『ワワ?.....浦和のオファーを正式に受けようと思うんだけどいいかな?数年は日本をベースに生活することになるが』


『.....へっごめんパパ!ちょっと考え事してて。日本に住むのは大賛成よ!ママの故郷だし、そ、それに.....』


『それに?』


『な、なんでもない!パパは運転に集中してよ!』


『ははははっは、さてはケイ君に会ったな!』


『な、なんで知ってるの!』



◆◆◆◆◆◆◆


ふう、切り替えて練習に集中しなくてはいけないな。


今日網羅していこうと思っているのはキック理論だ。


キックが不得意、苦手という人はかなり多いのではないだろうか。ムラが多かったり、安定したパフォーマンスが出せないという悩みを抱えている人向けの理論だ。


もちろんもっとキックを上達させたい人にも適用される。


今は【精密操作】でごまかしているがまだまだシュートキックは拙い所だらけ。


前世の俺は特にカーブはボロボロすぎてゴールに入った回数は片手で数えられるくらいじゃないかな。もちろん一人で練習している時の無人ゴールでだ。言ってて悲しくなってくる。


だからこそ、しっかりキックを磨き上げ花形のFWに選ばれなくては!


そして決して今の完成度で満足してはいけない。貪欲に上を目指そう。


さてキック理論の説明といこうか。この理論ではミート、足を振る、軸足を置く、上半身を使う、助走をつけるという五つの能力がキックには必要だと書かれている。この5つの項目をしっかり押さえられなければキックは完成されない。


しかしよく地元クラブや友達と練習するときの方法は壁打ちや対面パスなどすべての項目を必要とするメニューをこなさなくてはならないのだ。


これはかなり非効率的であり、はっきり言って時間の無駄だ。勉強にたとえるならセンターの過去問しかやらないのと同じくらい無意味だ。しっかりとその教科の土台部分から勉強しなければ結果に結び付かない。


一つ一つの項目を完成させて、最後にキックとして作り上げるのだ。


そのため、今日は5つの項目の一つであるミート力を磨こうと思う。しっかりボールの軸を理解して、軸に向かって足を振り切り、体に感覚を刻み込んでいくものだ。


さて、今日の練習を始めるとするか。世界最高のサッカー選手を目指して。


あっまた軸にミートしてない。今日は本当に集中を欠いてるな。全く訓練に身が入っていない。


はぁ、ワワちゃんに会いたいな。

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