打ち上げパーティー?

 学校が終わった帰り道。わたしはもえちゃんにさそわれて、開店前かいてんまえのもえちゃんのお父さんのお店にいた。

 ナツメさんのお父さんが痛みがひいたので、おかあさんやおばあちゃんと協力してお店を再開さいかいしたんだって。

 それで、ナツメさんがお礼にって油揚げをごちそうしてくれるって言って、そこからもえちゃんと二人で相談して、もえちゃんのお父さんがお店で焼いて食べさせてくれるってことになったんだって。

 何だか、わたしはほとんど何もしてないし、いいのかなあ。

 もえちゃんにとりあえず座ってて! と案内されたお店の一番奥のお座敷ざしきに、少年モードのヨジロウとメロリと三人で座っているんだけど、どうにもソワソワしちゃう。

 開店前とは言え、お店だし、ヨジロウには念のためキツネじゃなくて少年モードになってもらったの。

 あんまりにも待ち遠しすぎて、すっかり限界げんかい空腹状態くうふくじょうたいになっちゃったらしいヨジロウは、あんなに「油揚げのためだ!」ってやる気まんまんだったのが別人みたいに、脱力だつりょくしてた。

 ぐったりとテーブルの上にあごを乗せたヨジロウは、ジト目でメロリに声をかけた。

「おいメロリ。そのふざけた着物、どうしたんだよ」

「じゅうしょくが、おそなえ、してくれた」

住職じゅうしょくだあ? お前、寺にいたんだったか?」

「うん」

「ふーん。今の坊主ぼうずは、変わった着物の趣味しゅみしてんだな」

「あ、ねえ、メロリって、あの、ここからちょっと離れたとこにあるお寺から来たの?」

 メロリはこくりとうなずいた。

「あのほら、うちからちょっと行ったところの大きな橋わたって、右に曲がってちょっと行ったあたりの……」

「そう」

「そっかあ! お寺の名前忘れちゃったけど。わたしのお家のお墓、あそこにあるんだよね。メロリって本当にあそこにある、子供の観音さまなの?」

 メロリはほっぺを赤くしてうなずいた。

 照れてる?

「そうなんだあ。あれ? メロリがここにいるってことは……観音さまのぞうって今どうなってるの?」

「あれは、いれもの。だから、いまは、からっぽ」

「え? えーと、とりあえず、お寺から観音さまの像がなくなったりはしてないんだ?」

「うん」

 よかった。大騒ぎになってたらどうしようかと思ったよ!

「わたしも小さいころ、何度かあの観音さまにお菓子お供えにいったりしたなあ。そう言えば、お着物やおもちゃや、髪飾かみかざりなんかもお供えされてたっけ」

 つまり、そのおそなえされてた着物の中から、メロリはこの浴衣ゆかたと赤いケープを見つけて、着てきたってことなのかな?

「かわいいよね、その浴衣。わたし好きだよ」

 そう言うと、メロリは一度大きく目を見開いてから、ほっぺをまっ赤にしてにっこりとほほえんだ。

「うわあ~んかわいい~!」

 思わず全力でハグして、なでなでしまくる。


「おまたせ~!」

 制服の上にエプロンを着たもえちゃんが、おぼんにお皿を四つのせて持ってきてくれた。

 エプロンもシンプルだけど、ジーンズでかわいい~!

「ありがとうもえちゃん! でも本当に、おかねはらわなくていいの?」

「もちろん! おれいだもん!」

「でもさすがに……」

 わたしがそんなことを言っているうちに、テーブルの上には分厚ぶあつい三角形の油揚げが乗ったお皿が置かれていく。

「おおおお~! これだああ~! これだよ!」

 ヨジロウが見たことないくらいうれしそうな笑顔になった。

 でもヨジロウが他の油揚げじゃなくて、これがいいって言うのがわかるくらい、見た目にも他とは全然ちがってた。

 まずあつみが全然ちがう。油揚げって言うより、厚揚あつあげとか、さつま揚げなんじゃないかってくらい厚い。色はこんがりきつね色で、ところどころについたお醤油しょうゆげた感じが、すっごく美味しそう!

「ヨジロウ、ちゃんといただきます、するんだよ?」

「お前、馬鹿にしてるだろ」

 うっだっていっつも家だとキツネさん姿で食べてるから、おはしは使えるのかとかいろいろ心配になってきちゃったんだもん。

 ごちそうになってるわけだし、マナーはちゃんとしないと!

「いただきます!」

 ヨジロウが子供みたいに顔の前で手を合わせて、うきうきした声で言った。

 わあ、昨日カワグマと戦ってた人と同一人物どういつじんぶつとは思えないなあ。あ、人じゃないか。

 ハフハフ言って食べてる姿が、とっても幸せそう。

 ふふふ、良かったね。

「でももえちゃん、やっぱり悪いよ」

「いいのいいの、これね、お父さん、前からお店のメニューにしたかったんだって。だから、ミントたちと一緒に試食ししょくするよって言ったら作ってくれたの! だからほら、実験台じっけんだいになってくれたってことだと思って! それに、油揚げはナツメくんのおごりだし!」

 そこまで言ってもらえるなら、お言葉に甘えようかな……。

「ナツメさんにもおれい言わないとね!」

「まあ、この油揚げがナツメくんからのおれいなんだけどね」

「あ、そっか」

「ふふ」


もえちゃんは一度戻って、四人分の飲み物を持ってきてくれて、わたしの向かい、ヨジロウのとなりに座った。

「ね、ヨジローくんの仲間は、ヨジローくんも入れて七人いるんだよね?」

 もえちゃんがメロリにストロー付きのりんごジュースを手渡てわたして言った。

「ほうはが」

 ヨジロウは二つ目の油揚げをかじりながら答えた。

「メロリちゃんも、その一人なんだよね?」

 もえちゃんが言うと、メロリが無言でうなずいた。

「つまり、あと五人、この辺りに仲間がいるってこと?」

 もえちゃんの質問に、ヨジロウはいったんおはしをおいた。

 ごっくんと飲み込んで、もえちゃんからもらったお茶を飲んで、一息ついてからしゃべりだす。

「この辺りかどうかはわからねえんだよ。俺たちはもともと、杏姫あんずひめがいなかったら、バラバラだったんだ。中には、何里なんりも離れた、ずっと遠くの山やらみずうみやらから、杏姫の元に来たやつもいるし、もとのあちこちを旅してたヤツもいる。杏姫の元から解放かいほうされた後は、てんでばらばら、それぞれのやり方でさとを、人の世を守ろうとした」

 人の世を、守ろうとした。

 杏姫が死んじゃってからも、杏姫の最後のお願いを叶えるために、それぞれが一生懸命いっしょうけんめいだったってことだよね?

 わたしはなんとなく気になったことを、ヨジロウに聞いてみた。

「ヨジロウも、守ろうとしたの?」

「……まあな」

「じゃあどうして、封じられてたの?」

「……」

 あれ?

 ヨジロウが口ごもった。

「ちょっとヘマしちまったんだよ。だが、二度はねえ」

 うっなんかこわい顔になった。

「ヘマって?」

「そんなことより、もえはどうして他のシキガミどもの話を聞きたいんだ?」

 そう言って、ヨジロウは三つ目の油揚げにかじりついた。

「これからまた、昨日みたいな不思議なことがあるのかなあと思って! だったら、記念のために、めといたお年玉でいいカメラ買おうかと思って!」

「えええええっ?」

 裏返うらがえった声のわたしの目を、ランランとかがやくもえちゃんの瞳が見つめ返す。

「だって、言い伝えに残ってる、大昔のシキガミが今目の前にいるんだよ! すごくない? それに、ミントのスマホのアプリの図鑑ずかんさ、全然うまってなかったじゃない! あの空欄くうらんの数だけ、シキガミがいるってことでしょ?」

「そんな、ゲームみたいな……」

 苦笑いを浮かべるわたしをよそに、ヨジロウは三つ目の油揚げも飲み込んでから、悪役スマイルになって答えた。

「まあ他のヤツらがどこでどうしてるか……予想のつくやつは何人かいる。ミント。お前が集めたいなら、その気になれば集められるだろ」

「あああ。集めるの?」

「集めようよミント!」

 えええ~どうしよう~。でもさっきすごい遠くにいる子もいるって言ってなかった?

「ただ、お前がのぞむかどうかに関わらず、必要にはなるかもしれないがな」

「え?」

 なにそれどういうこと?

 なんだか嫌な予感しかしないことを言いながら、四つ目の油揚げをかじった。

 ん? 四つ目?

 あれ? もえちゃんが持ってきてくれたお皿、一人分に二つずつ油揚げが乗ってたはず……はっ!

「ああ~! ヨジロウ! それわたしの油揚げでしょー!」

 ヨジロウったら、真面目な顔してわたしの油揚げ、全部食べちゃってるじゃない!

「いいだろこれくらい! カワグマを退治した褒美ほうびだ!」

「いや確かにそれはそうだけど……でもわたしも食べたかったじゃん!」

 メロリがおどおどと、自分のお皿に残っていた一つを差し出してくる。

 こんな小さい子からもらうのは良心がとがめるよ!

「い、いいんだよ、メロリは、ね!」

「あはは、お父さんにおかわり焼いてもらう? まだあるかな?」

「いいよいいよ! さすがに悪いって! 帰りに、ナツメさん家のお豆腐屋とうふやさんで買って帰るよ」

 くうっ……油揚げもそうだけど、もえちゃんのお父さんのお料理も食べてみたかったよう……悔しい!

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