平和な学校生活?

 学校につくと、神社の方から、背中に通学かばんを背負せおって片手かたてに本を持った紫苑先輩しおんせんぱいが歩いてきた。

 わたしともえちゃんは、思わず二人揃ふたりそろって、ぎょっとしてしまった。

「おはよう、いい天気だね。昨日の雨がウソみたいだ」

「おお、おはようございます」

 わたし今、盛大せいだいに目が泳いでいたと思う。

紫苑しおんくん、どうして今、神社あっちから来たの?」

「ああ。ほら、この前見た、白いキツネがいないか、ちょっとだけ探してみたんだ。もう一度会いたいなあと思って」

「そそっ、そうなんだ! ああ、会えると良いね! ねえ~ミント」

「う、うん! そうだね!」

 もえちゃんの目が思いっきり不自然ふしぜんにわたしを見た。

 わたしたち、ヒミツとかかくし事とか、向いてない気がしてきた。

「二人とも、見かけたら教えてくれるかい?」

 爽やかな笑顔で言われて、わたしももえちゃんもほっぺがひきつってしまった。

「は、はははい!」

「うん! もも、もちろんだよ!」

 そうっと校門に向かって歩き始めると、まあ当然なんだけど、紫苑先輩もにこにこと笑顔で並んで進みだした。

「見かけると言えばね、二人とも、赤ずきんちゃんの幽霊のうわさは聞いた?」

「ゲホッゲホッ」

「ミミ、ミント! だいじょぶ?」

 むせた。

「大丈夫? 小学生の子たちもうわさしてたんだけど、うちのクラスのナツメも見たらしいんだよね! 浴衣姿ゆかたすがたで泣きながら歩いてる、迷子の幽霊らしいんだ」

「ゆゆ、幽霊とかの話、ミント苦手なんだよね! ねえ、ミント」

「あ、う、うん。こわい話は苦手で」

「そうなんだ! でももえちゃんは好きだよね!」

「あ、うんまあね」

 だめだ、わたしたち二人じゃあ話題を変えられない!

「それにね、たぶん、あれ、幽霊じゃないと思うんだよ」

「へっ?」

 思わず反応してしまったわたしたち二人の顔を見て、うれしそうに笑った紫苑先輩は、手に持っていた本をパラパラとめくった。

「ほら、これ。これ見て」

 もえちゃんとわたしに、広げて見せてくれたページには、見覚みおぼえのあるお寺と、小さな観音かんのんさまのぞうが映っていた。

「あれ。このお寺……うちのお墓があるお寺だ」

 思わず、口に出てしまった。この前、法事でおばあちゃんの家に来てくれたお坊さんがいるお寺で、場所は、おばあちゃんの家とわたしの家のちょうど真ん中くらいにあったはず。

「本当? ミントさんの家は、いいお寺の檀家だんかさんなんだね!」

「ミント、本当?」

「う、うん。この観音さまね、子供の観音さまだからってみんなおもちゃとかお供えするの。わたしも小さいころ、お寺に行くたびにこの観音さまを見に行ってたなあ」

 懐かしいなあ。よくお菓子持っておそなえに行ったっけ。

「この観音さまね、メロリ観音っていうんだ」

「ええっ!」

 しまった。すごいさけんじゃった。

「どうかした?」

「いえいえ、いいいええ! あ、あの、かわいい名前だったんだなあって。思って。あはは、あは」

「うん、かわいい名前だよね。この、メロリ観音って、人里ひとざとに何か悪いことが起こる前日に、小さな女の子の姿になって、泣きながら村を歩き回って、人々に危険を伝えるって言われてるんだ」

「へ、へえええ~」

「赤ずきんちゃんの幽霊にそっくりじゃない? 泣きながら歩き回る小さな女の子だよ? ぜひ僕も会ってみたんだけどなあ。毎日町をウロウロしてみても、全然会えないんだ」

 紫苑先輩は本当に悔しそうな声で言った。

 ああああ……ヨジロウだけじゃなくて、メロリのことまで言い伝えが残ってるんだ……感動したいところなのに、紫苑先輩にヒミツがばれないかどうかのハラハラの方が強くて、全然感動できない!

「でも、悪いことなんて何か起きましたっけえ?」

 もえちゃんがひきつった笑いを浮かべて言うと、紫苑先輩は人差し指をピンと立てて答えた。

「ナツメはお父さんがケガをしたじゃない」

「うっ!」

 そこまでご存知ぞんじで……! ってまあ、田舎だし、ナツメさんとはクラスメイトだもんね。

「もしかして、個人的に何かあるよってことも知らせてくれるのかもしれないし、それに先月の大雨みたいに、また川が増水したりするのかもしれないし……! 二人も天気予報、ちゃんと見ておいた方がいいよ!」

 キャーーー!

 もう心臓がもたない……!

「そ、そうですね」

「天気予報はだいじだよね……あはは」

 わたしももえちゃんも、もう脱力して笑うしかない。

 もうすぐ中学の玄関……というところで、突然、誰かがわたしの肩に手をおいた。

「おい」

「わああっ! て、あ」

「ナツメくん!」

 ふりむくとそこには、朝練あされんが終わったところなんだろうな、半袖はんそでのポロシャツにハーフパンツ姿のナツメさんがいた。

「おはよう、ナツメ」

「紫苑お前、年下をこわがらせてたのか?」

「何のこと?」

「赤ずきんちゃんの話してただろ。もうその話はやめろって言ったじゃねえかよ」

「見てよナツメ。ナツメのおばあちゃんが悪いことの前触まえぶれって言ったのは、きっと言い伝えにあるメロリ観音のことなんだよ。あんまり有名じゃないからなかなか資料が見つけられなくてさあ。父さんの部屋の本を借りてきたんだ」

 そう言うと、紫苑先輩はナツメさんにさっきの本を見せ始めた。

 ナツメさんがこっそりわたしともえちゃんを見た。

 今のうちに行けってことかな?

「じゃ、じゃあね紫苑くんナツメくん! ほらミント! 今日きょう日直にっちょくじゃなかった?」

「あ、ああそうだったっけ~? じゃあ失礼しまーす!」

 わたしたちはワタワタと靴をはきかえた。

「うん、またね、ミントちゃん」

 ああ、爽やかな紫苑先輩の笑顔……ちょっと良心が痛んじゃうよね。

 小走りで一年生の教室まで行って、自分たちの席にかばんをおくと、わたしともえちゃんはようやく一息をついた。

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