呪いの赤ずきんちゃん現る?

 パアン――

 また、かわいた音が川原かわらひびいた。

 音がするたびに、不安がふくらむ、嫌な音。

 ヨジロウの動きが早すぎて、目で追いかけられないんだけど、でも、倒れたりしてないってことは、ちゃんとたまをよけれてるってことだよね?

「う、うう」

 足元から声がしてハッとなって振り向く。忘れてた。警察官さん。

「だ、大丈夫ですか?」

 恐る恐る声をかける。警察官さんはガクガク震えながら、川の中で水しぶきを上げて戦う、カワグマから目を離せないでいるみたいだった。

「あ、あれは何だい? あの、男の子は……そ、それよりじゅうが……!」

 うーん、混乱してるなあ。大人でもこういうときはパニックになるんだね。

 おびえる警察官さんを見ていたら、急に頭が落ち着いてきた。パニックが連鎖れんさする場合もあると思うんだけど、わたしは逆みたい。お化け屋敷とかもすっごいこわいんだけど、一緒に入った子が泣くと急に冷静になっちゃうタイプなんだよね。

「あれは、その……何ていうか……」

「あっ! そ、そうだ、君たち! 女の子を見なかったかい?」

 わたしがモゴモゴ口ごもっていると、警察官さんはガバっと起き上がってわたしの腕をつかんだ。

「え? 女の子って?」

「さっき見たんだ。そこの土手で。泣きながら歩いてた、浴衣姿ゆかたすがたの女の子だった。迷子だと思って、追いかけてきたんだけど、見失ってしまって。まさか、あの化け物に……」

浴衣姿ゆかたすがたの、女の子?」

 ――それって……

「浴衣、いちごがらでしたか? あと、赤ずきん、かぶってました?」

がらは、走行中そうこうちゅうのパトカーから見たからよくわからないけれど、赤いフードのようなものはかぶっていた。やっぱりこの辺りにいたのかい?」

「い、いえ……」

「赤ずきんちゃんの……幽霊……」

 もえちゃんが、わたしのすぐ後ろでつぶやいた。

 もえちゃんを見上げると、もえちゃんはナツメさんの方を見てた。ナツメさんは、ものすごい怒ったような顔になってた。

「やっぱり、やっぱりアイツが関係してんのか?」

 ふるえた声。ナツメさん、すごく怒ってるみたいだ。


 ――くすん


 今。何か聞こえた?


 ――ひっく、ぐす……


 聞こえた。聞こえた、女の子が泣いてるような、声……

 わたしが目を見開くと、ナツメさんともえちゃんもびくんってした。二人にも聞こえたんだ。

 ほとんど三人同時に、土手の上の遊歩道ゆうほどうを、ナツメさんともえちゃんの後ろの方を見た。

 そこには、泣き声の主が立っていた。


 身長はわたしより全然小さい。だいたい五歳くらいの女の子。幼稚園児かなってくらいの見た目。

 真っ赤なフード付きのケープからのぞく、真っ黒なおかっぱ頭。瞳はぼんやりと、薄桃うすもも色に光っている。真っ白い肌に、真っ赤なほっぺ。

 ピンク地に赤い実と緑色の葉っぱが鮮やかないちご模様の浴衣。ただし、下はミニスカートになってる。袖とえり、ミニスカートのすそは白いレースがたくさんついてて、女の子がトボトボ歩く度に、足元の下駄げたからカラコロと音がして、大粒おおつぶの涙がパタパタとアスファルトの上に落ちた。

「あ……」

「赤ずきんちゃん!」

 声も出ない様子のナツメさんの横で、もえちゃんが叫んだ。

「えっ? いた! あの子だ!」

 警察官さんがそう言って立ち上がろうとした。

 その警察官さんの横で、ナツメさんが地面を蹴る。

 さすが陸上部! 速い。砂利が、土が、雑草が、ナツメさんに蹴りあげられて飛びちる。

「おまえ!」

 ナツメさんが、赤ずきんちゃんの前に立った。

 赤ずきんちゃんが、桃色のひとみでナツメさんを見た。

 その瞳からは、今もずっと涙がこぼれ続けてる。

 ナツメさんは、ごくりとのどらした。

 何を言ったらいいか、わからないんだと思う。


『グオオオオオオオ!』

 カワグマがえた。

 パアン! また銃の音。

 赤ずきんちゃんが、突然、川に視線をうつした。

 ナツメさんも、わたしたちも、つられてそっちを見る。


「よじろう」

「え?」


 赤ずきんちゃんが、そう言った。

 きれいな、神社のお守りについてる鈴みたいに、んだ声だった。


「お前……お前、なんなんだよ!」

 ナツメさんが怒鳴どなった。叫んだっていうより、怒鳴どなった。怒ってる……ううん、イライラとかそういうの、全部ぶつけるみたいな、すごくこわい声だった。

「君たち、友達なのかい?」

 警察官さんがナツメさんに追いついて、こしをおって目線をあわせて、赤ずきんちゃんに声をかけた。

 すると――

「……っ!」

 赤ずきんちゃんが、ヨジロウの方を見たまま、警察官さんの目と鼻の先に、手のひらをかざした。

 警察官さんは、一瞬おどろいてびくっと動いた後、ふらふらとよろけて、アスファルトの上に倒れ込んでしまった。

「なっ……何したんだよ、お前!」

 ナツメさんが警察官さんを助け起こそうとしゃがんだ。

 わたしはもえちゃんと顔を見合わせて、ふたり一緒にナツメさんと赤ずきんちゃんのいる遊歩道ゆうほどうまで、土手をかけ上がった。

「ど、どうしたの?」

 もえちゃんがナツメさんに声をかける。

「ねむってもらいました」

 答えたのは、赤ずきんちゃんだった。

「よじろうが、おきたのですね」

 赤ずきんちゃんはそう言うと、わたしの顔を見て、大きく目を見開いた。


「あんずひめ……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る