ピンチのシキガミさま!

「これから雨も降りそうだし、川から離れなさい! ん? また君か。ここが好きなのかい? 危ないから、今度はもっと晴れて安全な日に来た方がいいよ」

 昨日の警察官さんは、わたしの顔を見て困った顔をした。

 う……まさかこれでわたし、問題行動する子供に認定されたりしないよね? ほほ、補導ほどうとか学校や親に電話とか、困るんですけど!

「あ! なんだい、あの子、おぼれかかってるんじゃないか?」

「え?」

 ああ! しまった! 

 警察官さんが川を指差して、顔色を変えたのを見て、わたしはもえちゃんとナツメさんと顔を見合わせた。

 ヨジロウだ!

 あわててヨジロウの方を見ると、さっきはひざまでだった川の水が、こしのあたりまで上がってきてて、噴水ふんすいみたいに吹き飛ぶ水の攻撃こげきふせぐ一方になってた。

「ヨジロウ!」


 思わず叫ぶと、ヨジロウがこっちを見た。

 目が合わない。

 わたしを見てるんじゃない。

 警察官さんだ。

 ヨジロウの口が開く。何かを叫ぼうとするみたいに。

 ――ザッッパアアアアアアアアン!

 すごい水音が耳をふさいだ。

 冷たい! 水が、わたしたちにかかってきた。思わず目を閉じる。

 体に何かが当たる感覚かんかく

 そして、体が浮き上がる感覚かんかく

「うわっ! うわああああ! なんだコレ!」

 警察官さんの悲鳴ひめいが聞こえて目を開けると、わたしはさっきと違う場所にいた。

「ヨジロウ!」

 頭から水をかぶったみたいに、びしょ濡れになったヨジロウが、わたしをお姫様抱っこしていた。

「うっ……うえええええ?」

 まずお姫様抱っこにおどろいたでしょ。その悲鳴ね。

「きゃーーーーーっ!」

 わたしがさっきまで立ってたところに、カワグマがいて、警察官さんを思いっきり見下ろしていたことにおどろいて、この悲鳴。


 どうやら、カワグマが川の中から思いっきりジャンプして飛んできて、ヨジロウがわたしを助けてくれたってことみたいなんだけど……

 もういろんなことが一気に起こってパニックだよ!

「はっ! もえちゃん! もえちゃんは?」

「うるせえ」

 ヨジロウがすごい不機嫌ふきげんそうな声で言って、わたしの足を、ぽいっと地面に投げ捨てた。危うく転ぶところだったよ! まあ、背中は支えてくれてたけど。

「もえちゃん!」

「ミント!」

 呼びかけると返事が聞こえた! もえちゃんは、ナツメさんにがっしり肩をつかまれて、警察官さんの後ろにいた。ナツメさんが、必死な顔でもえちゃんの肩を強くおさえてるのは、今にもわたしの方に駆け出しそうだからだと思う。あそこからこっちに走り出したら、カワグマにぶつかるもんね。

 って! そうカワグマ! 

『グウウウウ……ヨコセ……ソレ……』

 低くうなりながら、カワグマは警察官さんに、カマが生えた腕を伸ばした。

「くっ来るなあ!」

 警察官さんが、何かを取り出した。

「くっそ!」

 ヨジロウが歯をギリッとかんだ。


 ――どうする?


 あれ?

 何だろう、今、何か……


 ――今度こそ、守りたい。俺に、何ができる?


 何だろう、ヨジロウの声が、聞こえたような……ヨジロウの不安が、迷いが、わたしの心に流れ込んでくるみたいな……。

 胸が苦しい。

 どうしたんだろう、わたし。


「ヨジロウ!」

 こらえきれずに叫んでしまったわたしを、ヨジロウはおどろいたような顔で見た。

「お願い、警察官さんを、もえちゃんたちを守って!」

 どうしてこんなこと言ってるか、自分でもよくわからない。でも、ヨジロウが迷ってる気がして。

 誰かを、悲しませたくないっていう、気持ちが、伝わってくるような気がして……。

 誰を悲しませたくないのかはわからないけど、気付いたら、わたしは叫んでた。

 ヨジロウは、目を大きく見開いて、びっくりしたような顔でわたしを見た。

「……おう」

 小さな声で、なぜかちょっとだけ赤いほっぺで、地面を蹴ったヨジロウが、一瞬見えなくなって、風がわたしの髪の毛をゆらす。

 直後、カワグマと警察官さんの間に割って入ったヨジロウは、カワグマの腕を蹴って、警察官さんの服のえりを掴んでその場を離れた。

「――あっ!」

 ヨジロウが、警察官さんをカワグマから離れた場所に下ろしたとき、ナツメさんが叫んだ。

 ナツメさんの目線の先――カワグマの、カマが生えた腕の先、カマの刃にひっかかるようにして、警察官さんからうばったんだろう、拳銃ピストルがぶら下がっていた。


 ヨジロウが言ってた言葉。

『カワグマは、じゅうを好んでうばってた』って。

『武器を自分の体に取り込んで強くなる』って。

 まさか――。


 カワグマの腕が光りだした。

 もしかして、これはピンチなのでは?

 ヨジロウが悩んだのは……じゅうを取り上げるか、警察官さんの命を助けるか、どっちかってことだったんじゃ?

 ヨジロウが、こっちに向かって走ってくるのがわかった。

 砂利じゃりを蹴り上げる足音がした。

 同時に、ナツメさんが駆け出してきてる。うそ!

 もえちゃんがナツメさんに腕をのばして、何か叫ぶ。

 ナツメさんが、カワグマの光る腕にしがみついたと同時。


 ――パアン……!


 乾いた音。聞いたこともない大きな音。

 心臓が、ね上がって、息を吐くことができない。


「ナツメくん!」


 もえちゃんの声は、かすれた涙声だった。

 わたしは、声もでないでいた。


『グオオオオオオオ!』


 カワグマが吠えた。

 光が消えた腕の、カマの上のあたりに、黒い、金属質きんぞくしつの穴が開いていて、けむりがたってる。

 銃を取り込んだんだ……!


 ヨジロウは? ナツメさんは?

 ふらりと歩き出すと、カワグマの向こう側、もえちゃんのとなりに、ナツメさんの腕をひいたヨジロウが見えた。

 よかった! 無事だった!

「お前ら、離れてろ!」

 ヨジロウが叫んで、ふりむきざまにカワグマのあごを蹴り飛ばした。

 ナツメさんがまっ青な顔でうなずいて、もえちゃんの腕をひっぱって、警察官さんが座り込んでいる土手の上の方に走り出した。

 わたしも同じ方向に向かって、合流する。

「もえちゃん、ナツメさん、大丈夫?」

「ミント! わたしたちは大丈夫!」

「でも、ヨジロウが……」

 ナツメさんは泣き出しそうな顔になってた。

「腕をたれたみたいなんだ……俺をかばって……」

「え?」

 うそ? そんな風には見えなかった。

 ヨジロウの姿を見ても、今までとたいして変わらないように見える。

「俺が、カワグマに突っ込んだから、俺が撃たれそうになったのを、かばってくれたんだ……俺が、余計なことしたから」

「ナツメくん……」

 もえちゃんが、そっとナツメさんの腕に触れた。

「わ、わたしが、ナツメさんを、もえちゃんを、みんなを守ってって、ヨジロウにお願いしたの。だから、ナツメさんは自分を責めないで」

 気付いたら、わたしはそう、口に出してた。深く考えたわけじゃないと思うけど、でも、口に出してみたら、本当にそのとおりだって思えてきた。


 ヨジロウは、わたしがお願いしたから、カワグマを攻撃するより、みんなを守る方を優先したんだ。

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