ヤンデレとドラゴンⅡ

 屋敷を出た俺たちはドラゴンを見たという若者を追って町の外へ出る。

 すると確かに遠くの空には翼をはためかせてこちらに飛んでくるレッドドラゴンが見える。体の表面は燃えるような赤い鱗で覆われており、時折口から炎を吐いては地上の魔物を焼き払っている。全長は五メートル以上はあり、普通の人間なら鋭い鉤爪か尻尾の一振りで殺されるだろう。


「やっぱり今のうちに逃げた方がいいのでは?」


 案内した男はドラゴンを指さして震えている。俺も一人ならあえて戦うリスクは冒さなかったかもしれないが、今はシオンがいる以上勝てるだろう。


「大丈夫ですよ。今から私たちが初めての共同作業をするのでよく見ておいてくださいね」

「は、はい」


 男は俺たちの後ろで震えながら頷いている。


「よし、ドラゴンが空中から攻撃してくるのを防いでくれ。防いでくれさえすれば俺が倒す」

「分かりました」


 ドラゴンと戦う上で一番困るのは向こうが空を飛んでいることだ。空中からブレスを吐かれ続けるとさすがに勝てない。


「よし……〈概念憑依〉、“ストームブリンガー”」


 俺は異界の“嵐を呼ぶ魔剣”の力を自分の剣に憑依される。そこへドラゴンが呑気に飛んでくる。ドラゴンにとっては俺たちなど地を這うアリのようなものだろう、無視してそのまま飛んでいこうとする。


「ソードストーム!」


 そんなドラゴンが真上を通過したところで俺は剣から嵐を発生させる。周囲の空気が渦巻いて竜巻のような形状を作り、ドラゴンの腹の辺りにぶつかる。距離が遠いこともありドラゴンに致命傷を与えることは出来ない。


 しかしプライドの高いドラゴンはかすり傷だろうが、自分を攻撃する者を許すことは出来ない。ぎろりとこちらを振り返ると、口を開いて炎のブレスを吐きだす。


「セイクリッド・バリア」


 シオンが呪文を唱えるとシオンの前に聖なる魔力で白く輝く魔法の障壁が発生する。そこに炎のブレスが命中し、激しくせめぎ合う。しかし復讐の神から膨大な魔力を受け取ったシオンはドラゴンブレスとの押し合いにも一歩も引きなかった。

 業を煮やしたドラゴンはブレスを止めるとこちらに急降下してくる。


「よし、いいぞ。後は下がってそっちの男を守っていてくれ」


 今度は俺がドラゴンの前に進み出る。ドラゴンは俺を一撃で引き裂こうと鉤爪を振るう。しかしドラゴンは力こそ強いがその動きは隙だらけだ。ある意味ゲルダムを超強化したのと同じかもしれない。俺は最小限の動きで鉤爪の攻撃を避け続けると、苛々したドラゴンはその巨体でこちらを押しつぶそうと、体当たりを仕掛けてくる。


 が、それこそが俺の狙いでもあった。

 俺はドラゴンの顔の前をに立つとその口内に剣を突っ込む。ドラゴンの体表は堅固で魔法耐性もある鱗に覆われているが、口内だけは違う。


「ソード・ストーム!」


 俺はドラゴンの口内に魔法を撃ちこむ。剣から発射された魔法の嵐は瞬く間にドラゴンののどを通り抜けて体内に入っていき、そして荒れ狂う。

 さすがのドラゴンも体内で暴れる暴風には勝てない。


「グオオオオオオオオオオオオオ!」


 一際巨大な悲鳴を上げ、口からは炎があふれ出してくる。危ない、と思ったが男はシオンがきっちり守ってくれているようだった。


 しばらくの間ドラゴンはのたうち回りながらこちらへ攻撃してくるが、ただ暴れているだけの攻撃が俺に当たることはない。

 やがてドラゴンは内臓がぼろぼろになったからか、ついに力尽きて動かなくなった。


「ふう、死んだようだな」

「まさかドラゴンを倒してしまうなんて……」


 最初にドラゴンを発見した男は後ろでその光景を見ながら腰を抜かしていた。とはいえ俺とシオンの実力からすればそんな大したことではない。


「あの、私先ほどの攻撃を全部防いだのですが」


 戦いが終わるとシオンがこちらに歩いてくる。倒れているドラゴンには一切興味がないようだ。


「おお、すごかったな」

「その上あの方もドラゴンの攻撃から守りました」


 そう言ってじっとこちらを見つめてくる。何か言いたそうな雰囲気を感じるが、よく分からない。俺が困惑しているとシオンは少しじれったそうに頭をこちらに向けてくる。それを見てようやく俺はシオンの意図を察して、頭を撫でてやる。

 するとシオンは満足そうな笑みを浮かべる。あれほど強力な魔力と恐ろしい性格を持っているのにこの程度のことで喜ぶなんて、と思いつつ俺はシオンのきれいな髪を撫でるのだった。


「とりあえず町に戻って宴会の続きをするか」


 数分後、俺はようやくシオンの頭から手を離す。


「そうですね。どうせ誰もドラゴンの解体なんて出来ないですし、明日あたりゆっくり解体しましょう」


 シオンは少し名残惜しそうに答える。

 ドラゴンの鱗は死ぬと魔法耐性は失ってしまうが、それでもその固さから防具の素材などに重宝されている。薬としての価値がある内臓は破壊してしまったが、鱗がまるまる残っている以上、町の冒険者の防具用を確保して外に売ることもできるだろう。


 俺たちが戻っていくと、村人たちは恐々としながら待っていた。そして俺たちが無傷なのを見て不安そうな顔をする。


「こんなに早かったということは、やはりドラゴンに勝つのは難しいのか?」

「我らは今すぐ逃げるべきでは?」


「いや、ドラゴンならもう倒したぞ」

「何だと」


 俺の言葉に村人たちは皆耳を疑った。

 が、俺たちと一緒に来た男が説明する。


「それが本当なんだ……聖女様はドラゴンのブレスを軽々と防ぎ、剣士様はドラゴンの攻撃をひらりひらりと避けて華麗にドラゴンの体内に魔法を撃ちこんだんだ」


 事実としては間違ってないのだろうが、そういうふうに説明されると恥ずかしい。


「なんと……まさかドラゴンまで倒してしまうとは」

「それならゲルダムよりも強いではないか」

「いや、あんなやつとは比べるのも失礼だ」


 ざわざわとそんな会話が辺りで繰り広げられる。


「そう言う訳だ、今度はドラゴン討伐を祝って飲みなおそうじゃないか!」

「おおおおおお!」

「お二人に乾杯!」


 こうしてその夜は遅くまで宴が続いたのである。

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