辺境開発
その後俺たちは遅くまで飲んでしまったので俺たちは少し遅めに起床した。この町には農家をしている人がいないため、人々は働きたいときに働いて休みたい日は休みにしているらしい。
それだけ聞くと素晴らしい暮らしに思えるかもしれないが、それで稼いでいけるのは能力が高い冒険者だけで、暮らしのために危険な冒険に出て帰ってこなかった者も多いという。昨夜の宴中にそういう話を聞いた俺はそれが気にかかっていた。
「一応土地は余ってるんだし、農業はやった方がいいよな。話してみるか」
「ちょうど私もこの町の教会に顔出ししておこうと思ったので、今日は別行動にしましょうか?」
シオンが言う。一瞬この町に教会があるのか、と驚いてしまったがさすがにそれは失礼か。
「そうだな。ちょっと話しに行ってみる」
「でも女性の方と話したらどうなるか分かりますよね?」
そう言ってシオンが無表情で俺を威圧してくる。その場合どうにかなるのはおそらく女性の方なのが問題なんだよな。心臓に悪いのでやめて欲しい。
「人口の半分が女性なんだからそれは無理だろ」
「冗談ですよ。半径一メートル以内に入れなければいいです」
「まあ、善処する」
半径五メートルが一メートルになったのは俺がシオンの信頼を得ることが出来たからだと思いたい。
そんな訳で俺は再び町長のガルドの元に向かった。
ガルドは今日も相変わらず暇そうに受付に座っていた。ただ、今は昼間だけあって数人の冒険者が壁に貼ってある依頼を眺めている。
「おお、オーレンさんか。今日は依頼でも探しに来たのか?」
「いや、そうじゃない。改めて思ったんだが、やはりこの町では農業をやった方がいいと思う。魔物に土地を荒らされるということなら、ドラゴン程度には負けはしないということが分かったはずだ。昨日宴で話を聞いていて思ったんだが、魔物討伐だけで生計を立てていけるのは強い冒険者だけだ」
俺の言葉にガルドは渋い顔をする。
「しかし農業は始めて結果が出るまでに時間がかかってしまう。それに耐えられる者がどれほどいるか……」
「だが、今のままでは実力に見合わない者まで魔物討伐に出て帰ってこないこともあるだろ? それではいつかこの町から人がいなくなる」
俺たちが話していると、依頼を見ていた冒険者の一人が遠慮がちに声をかけてくる。
「確かに俺たちも魔物退治で稼ぐのは難しい。だから町が少し平和になった今、農業を始められるなら始めたいが、農具や種を買いそろえて、しかも収穫までの間食っていく金がないんだ。だから始めるにしてもまず珍しい魔物を倒して一発当てないといけないんだ」
なるほど、言われてみればそれはそうだ。
現状が厳しい者ほどどこかで一発当てて逆転しないといけない、という思考になってしまうのだろう。もしくは借金に手を染めるしかない。だが、彼らのような者がこの町に多くいる以上、町の発展のためにも適材適所で働いて欲しい。
「分かった。それならそういう者たちを集めてくれ。そこまでの金は出せないが、安全な依頼を出す」
「安全な依頼?」
「昨日倒したドラゴンがいるだろ? あの巨体をこの町まで運ぶのは正直俺でも大変だ。だから魔物退治の自信がない者たちを集めてあのドラゴンを運んで欲しい」
「なるほど」
冒険者は俺の提案に頷く。
「ドラゴンの解体が終わったら素材をどこかに売りにいってもらい、その金で農業に必要なものを買ってきてもらって、それを報酬代わりに渡す」
「でもそれだと……ただドラゴンを運ぶだけで大分たくさんの報酬をもらってしまうことにならないだろうか?」
農具の値段に詳しい訳ではないが、ドラゴンを運ぶにはかなりの人数が必要だろうから、確かにそうなってしまいそうな気もする。しかしレッドドラゴンの鱗であればかなりの値がつくから何とかなるだろう。
「それなら、作物が出来たらおいしいものでも食わせてくれ」
「そ、それでいいのか? 分かった、それなら俺たちと同じような実力の連中を集めてくるぜ! 正直毎回冒険に出るのを見送るたびに無事帰ってくるか不安だったんだ」
彼は安堵の息を吐く。俺も彼が前向きな返事をくれて安堵する。
小さい町だけあって一時間も経たないうちに三十人ほどの冒険者が集まってきた。確かに見たところ魔物退治に出るには力が足りなさそうな者や怪我をしている者もいる。
「よし、集まったな? それでは……」
俺は先ほどの話をもう一度皆に話して聞かせる。
「本当か!? 正直助かるぜ」
「来たばかりなのに俺たちのためにそこまで考えてくれるとか聖人なのか」
「魔物さえどうにかしてくれるなら俺も正直農業したかったんだ」
皆は口々にそう言った。この町は今のところ冒険者とその家族(少数の商人や鍛冶屋はいる)しかいない。素材をとっては他の町に売りにいってどうにか必要なものを買いそろえているが、稀少な素材ほどその時々で値段が変動するし、足元を見て買いたたかれることもある。さらに、町の皆が冒険者をしているので売るにしても供給過多で値崩れしているところもあるかもしれない。
だからある程度の自給自足が出来れば集めた素材を高値で売ることも出来るだろう。
「よし、それなら早速ドラゴンを運んできてくれ」
「「「「「分かった!」」」」」
彼らは元気よくドラゴンの遺体の元に向かった。
その間に俺は町の鍛冶屋の元へ行き、ドラゴン解体の依頼をする。そしてどれくらいの量の鱗を町に残し、残りを他の町に売って金に換えるかを話し、さらにその話を町にいる商人にも頼んだ。彼らは主にこの町でとれた素材を他に売り、他で食糧や日用品を買ってきてこの町で売っている。いきなり大量の鱗の取引を頼んだら驚いていたが、儲け時と思ったのか承諾してくれた。
「ふう、いつもと違うことをしたから疲れた」
普段は魔物退治ばかりしていてそこまで頭を使う仕事はしないので俺はいつもと違う疲れ方をして、屋敷に戻る。
屋敷にはすでにシオンが帰っていた。
「お帰りなさい」
「ただいま。安心しろ、今日はむさくるしい冒険者とばかり話していたからな」
シオンはじっと俺の体を見つめる。
「そのようですね」
しばらくしてシオン安堵したように息を吐く。本当に見て分かっているのだろうか? だとしたら非常に怖いんだが。
「あと、今日は私の方が早く帰ったんで、夕飯を作っておきました」
言われてみればキッチンの方からいいにおいが漂ってくる。
「でもシオン、料理なんて出来たのか?」
そんな話は初めて聞いたような気もする。
するとシオンは自信満々に答える。
「いえ、初めてですがオーレンさんへの愛情をこめて作ってみました」
何となく嫌な雰囲気がしてきたんだが。
「ちなみに何を作ったんだ?」
シオンは満面の笑みで答える。
「すっぽんとマムシの鍋です」
「……」
シオンに料理はまだ早いようだった。
とりあえず鍋のスープだけは普通だったので、具材だけまともなものを買ってきて食べた。
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