ヤンデレとドラゴン Ⅰ

 ガルドの許可を得た俺たちは堂々とゲルダムの屋敷に住むことにした。イメージ通りとしか言いようがないのだが、ゲルダムは手下たちと酒盛りを繰り返していたらしく酒瓶や食べ物の残りかすが散らかっている。俺たちが片付けをしていると、遠慮がちに入口のドアが叩かれるのが聞こえた。


「俺が出る」


 もしやまだゲルダムの残党が残っていたのかもしれない、と少し警戒しながら俺は玄関に向かう。


 が、ドアを開けるとそこに立っていたのは少し気弱そうな男だった。手には袋を持っている。ゲルダムに貢物でも持ってきたのだろうか。


「何だ? 悪いがゲルダムならもう倒したぞ」

「は、はい、それはガルドさんに聞きました! 俺たち奴には逆らえなかったので追い出してもらえたと聞いてお礼に来たのです!」

「そうだったのか」


 意外な成り行きに少し驚く。別に他人のために倒した訳ではないからな。


「はい、あんな奴ですがこの町で一番強かった上に、同じように流れてきた前科持ちの奴らが取り巻きになっていたので逆らえなかったのです。ですがこれからは枕を高くして寝られます」

「そうなのか」


 確かにあのチンピラ同然の部下たちの言動を思い出すと、やつらはお腹が空いたといって食べ物を奪い、暇だからといって女を犯していてもおかしくはない。


「それでささやかですが、こちら珍しい魔物の肉です」

「ありがとう」


 そんな話をしていると、道には同じように食べ物や酒瓶を抱えた町の人々がこちらに歩いて来るのが見える。


「ゲルダムを倒してくださりありがとうございます!」

「これからは奴の代わりにこの町を魔物から守ってください!」


 人々は口々にそう言った。しかも次から次へと色んな人がお礼の品を持って集まってくる。裕福ではないためか、持ってくるものは酒と食べ物が多い。中には自家製の料理を持ってくる者もいた。町の人々はよほどゲルダム一派に脅えていたようである。


 それを見て俺はふと思い立つ。


「そうだ、せっかく集まってくれた訳だし皆で宴会でもしないか? 俺もこの町の人々とは仲良くなりたいからな」


 俺の言葉に人々は「確かに」「それはいい考えだ」と頷く。


「この家にはゲルダムが集めた酒や食べ物が残っている。皆から奪ったものもあるだろうし、皆で食べよう!」

「おおおおおおおおお!」


 俺の提案に集まった人々は盛り上がる。


「それなら悪いがこの屋敷の片付けを手伝って欲しい」

「分かりました!」

「では私は追加の酒を買ってきます!」

「俺はこのことを町中に知らせてくるぜ!」


 町人たちはにわかに活気づく。ゲルダムの屋敷は無駄に広かったので片付けるのも苦労するかと思われたが、人手が増えたおかげであっという間に片付いた。俺たちは屋敷の蔵に乱雑に放り込まれていた食べ物や酒を持っていく。


 また、町の人もそれぞれ料理や酒を持ち寄ってくれたので屋敷の広間は、たちまちちょっとした宴会会場になる。もっとも俺たちは床に座って料理もそこらに適当に並べているだけだが、誰も気にする者はいなかった。


「ただの田舎町かと思っていましたが意外といいところじゃないですか」


 そんな光景を見ながらシオンはぽつりとつぶやく。


「そうだな。ゲルダム一派がやばいやつだっただけで多くの人々はいい人なんだろ」

「はい、本当に良かったです」


 珍しくシオンが穏やかな表情をしていたので俺はほっとする。ここはシオンの情操教育にもいいかもしれない。この町で暮らすうちに穏やかな性格になってくれればいいんだが。


「さて、皆が集まったところでそろそろ宴を始めるぞ! 皆の衆、飲み物は持ったか!」


 いつの間にか町人に混ざって参加していたガルドがコップを持って叫ぶ。役場にいなくていいのかと思ったが、町の人はほぼここに集まっているからいいのだろう。この町の人口は知らないが、五十人はここに集まっているように見える。


「持ったぞ!」「早くしろ!」


「ではゲルダムがいなくなったことと、オーレンとシオンという新たな仲間が加わったことを祝して……乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 そして俺たちはおのおのその辺にあった酒を飲み始めた。そしておのおのが持ってきた料理を食べる。ただの干し肉やパンから手の込んだ家庭料理までピンキリだったので俺はその辺をうろうろしながら色んなものを口に入れる。


「オーレンさんはこれまでどんな冒険をしていたのですか!?」

「何でこの町に来ようと思ったのでしょうか?」


 するとあちこちで声を掛けられる。俺はこれまでの冒険の経緯をかいつまんで話す。彼らは時に感心し、時にゴードンらの悪口を言って盛り上がった。


「やっぱ腕が立つ冒険者って性格に難があるやつが多いよな!」

「本当それ」


 結局のところ俺たちはそういう結論になり、互いにその話で盛り上がる。

 ちらっと遠くを見るとシオンも氷の聖女モードではなく、表情が硬いながらも普通に会話していたので安心する。


 こうして宴が盛り上がっていた時だった。

 一人の男が血相を変えて屋敷に駆け込んでくる。


「大変だ! レッドドラゴンがこちらに飛んでくるぞ!」

「何だと」


 その知らせを聞いた瞬間に人々は宴の熱もどこへやら、急にしんと静まる。

 ドラゴンと言えば最低でもSランク以上に指定される最も危険な魔物だ。国の内側の方で暮らしていると遭遇することはめったにないのだが。


「安心しろ! ドラゴンだろうが何だろうが倒してやる!」

「本当か!?」

「でもいくらゲルダムを倒したとはいえ、さすがにドラゴンは……」

「やり過ごした方がいいのでは?」


 俺が声を上げると、人々は期待と不安の入り混じった視線でこちらを見つめる。ドラゴンは強力だが自分の巣を持っているため、適当に金品を集め終わればそのうち去っていく。だからその間逃げるなり隠れるなりしていれば危険はない。

 しかし俺はここで負けを認める気はなかった。


「シオン、ドラゴンの一匹や二匹に後れを取ることはないよな?」

「はい、任せてください」


 シオンも力強く頷く。


「という訳だ、皆はドラゴン討伐祝いの準備でもして待っていてくれ……で、どっちだ?」


 俺はシオンとともに、ドラゴンを目撃した男について屋敷の外に出た。

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