第7話

 花火が良く見える場所まで着いた。そこは山の高いところだった。木々が少なく、開けた場所。木の柵で覆われていて、その先から団地と海と、花火が打ち上がる孤島が見えた。


 木の柵の近くにはベンチがあった。私たちはそこに腰掛けた。


「花火が打ち上がったら、告白をするから。分かってるよな」


 とヒソヒソ声で繁は言った。


「ねえ繁。告白の時に、プレゼントをした方が良いよ」


 と私は提案した。


「プレゼント?」

「うん。その方がロマンチックでしょ」

「確かに。買うならお祭りの屋台かな。でもプレゼントに合うのが見つかるかな」

「時間いっぱいまで探して、見つからなかったら林檎飴とかで良いと思うよ」

「林檎飴? まあ、とりあえず探してみるか」

「繁が来るまでに、ボクも席を外しておくよ」


 話がまとまった。繁はさっと立ち上がる。何事かと、杏は立ち上がった繁を見上げた。


「ちょっと食べ物買ってくるよ」

「えー。花火が上がる前までに戻ってきてよ」

「分かってるよ」


 繁と杏はそんなやり取りをして、繁は走って行った。


「ねえ、杏。ボクのこと、本当に覚えてない?」


 杏と二人きりになった私は、何度も聞いたことを再度確認した。


「うん。ごめんね。智也君のこと、全然覚えていないんだ」


 杏は申し訳なさそうに言った。


「そっか」


 と言って私は立ち上がる。


「智也君?」

「ちょっとボクも何か買ってくるよ」

「ええ、私一人?」

「すぐ帰ってくるから」


 と言って私もその場を去った。





 私は金魚すくいの屋台の近くまで来た。おっちゃんは水槽の前で掬いを構える子供達の相手をしていた。


 私はおっちゃんに見つからないように、屋台の裏側を縫うように近づいた。金魚掬いの裏に配置された台と椅子。その台の上に包丁が放置されていた。先ほどおっちゃんが、スイカを切る為に使用されたものだ。


 私はその包丁を、そっと手に取った。おっちゃんに見つからないように、そっと。そして服の下にそれを隠した。





 私は杏の元へ走って戻った。服の下に包丁を忍ばせているから、転んだら危なかった。でも子供の私は、そんなことは考えもしなかった。


 杏はそのまま、ベンチに座って夜空を見上げていた。


「杏」


 と私は呼びかけた。すると杏は、顔を少しこちらに向かせた後、また星空を見上げた。


「夏祭りが終わったらさ。お別れなんだね」


 杏は寂しそうに呟いた。


「私は家族の元に帰るし、智也君も引っ越しちゃう」

「うん」

「何だかさ、夜空に見えている星が、私たちみたいだなって」


 奇遇なことに、杏は私と同じ事を思っているのだった。


「今見えている星は、過去の星。祭りの後に別れる私たちも、それぞれがお互いのことを想うのだけど、でもそれは祭りの間の私たちのことだけ。見えているのは、過去の私たち。本当は、それぞれが別の人生を歩んでいるのに」


 杏は、そして振り向いた。彼女は悲しそうに笑っていた。


「何だか、切ないよね」


 杏は言った。


「うん、切ないね」


 私は同調する。


「このまま時が、止まったら良いのに」


 杏がそう言っている間に、私はゆっくりと近づいていく。右手の平には固い感触があった。包丁の柄の感触だ。


「時は、止められるんだ」


 私が呟くと、杏は驚いたようにこちらを見た。


「そうなの?」


 うん、そうだよ。

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