第6話

 花火が上がる時間まで、あと少しとなった。花火は海に浮かぶ孤島から盛大に打ち上げられる。私たちはその花火がよく見える場所に向かっていた。


 私たちの片手には、青い ”玉詰め瓶” が握られていた。ラムネである。これを花火を見ながら飲むつもりだった。


「あー、喉渇いちゃった。先に飲んじゃおっと」


 杏はそう呟いて立ち止まった。顔の前にラムネを持ってきて、開ける動作に入った。瓶のリングに付いてある ”玉押し” を外した。そして先端の飲み口を塞いであるビー玉に押し当てる。


「ふんっ!」


 杏は玉押しに力を入れた。するとビー玉はジュボっと音を鳴り響かせ、瓶内に落下した。すぐにシュワワーっと炭酸が弾ける音が響く。そして膨張した内部の液体が、瓶の飲み口から溢れ出てきた。


「うわっ!」


 杏は咄嗟に瓶を遠ざけて、浴衣が濡れることを防いだ。


「あー、炭酸を持ったまま歩いちゃったからなあ。俺たちも開けるときは覚悟しないと」


 繁は苦笑いをしつつ言った。


「あーあ、もう手がベトベトだよー」


 と言いながら杏は、構わずラムネをゴクリと飲んだ。本当に喉が渇いていたのだろう。ゴクリゴクリと、液体が喉を通り抜ける音がこちらまで聞こえてきた。


「あ、綺麗」


 天を仰いで豪快にラムネを飲んでいた杏が呟いた。


「ほら」


 と杏は空を指差す。私と繁はその指の先を見た。


「本当だ」


 と私は呟いた。空には満点の星空が点々と煌めいていた。


「ねえ、星座って分かる?」


 杏が空を見上げながら尋ねた。


「ボク、さそり座だけ分かるよ」

「へえ、どれどれ?」

「ほらあれ」


 私は指を差した。


「えー、どれよ」


 杏は必死に探す。当たり前だけど、指を差しただけで分かるはずがない。


「なんだっけ。夏の大三角」


 と繁が言った。


「大三角? 三角形を見つければ良いの?」


 と杏。


「多分ね」

「あ、あったよ!」

「ボクも、見つけた!」


 とそれぞれが三角形を見つけて言った。しかし当然だが、三角形なんて適当に点を三つ繋げたら出来上がる。各々が指差した先はそれぞれ別の方だった。


「今見えている星って、実はずっと昔のものなんだよね」


 と私は呟いた。


「え、そうなの?」


 と繁が言った。


「うん。だから見えている星が、今は無いかも知れない。黄色く光っている星が、今は青く光っているのかも知れないんだ」


 と私はテレビで得た中途半端な知識を吐露とろした。そして私は杏に目をやった。彼女は純真無垢な表情で空を見上げていた。目をキラキラさせて、その黒い瞳には満点の星空が映っているのだろう。


 行方不明の杏は、まさに星そのものだった。私は去年の夏祭りまでの杏をずっと見ていた。しかしその間も杏はどこかで生きていた。記憶喪失になったのだから、壮絶な時間を過ごしていたのかも知れない。そんな彼女を、私は見えていなかったのだ。


 もう私の知らないところで、杏の時間が進んでいくのは嫌だ。でもそれは叶わない。夏祭りが終わってしまったら、私と杏はそれぞれの事情で別々の場所へ行ってしまう。


 私たちの別れは近い。何とかして、時間を止められたら良いのに。


 そう思った直後、私は閃いたのだった。

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