Santa Claus Is Coming to Town

 梨華のお母さんからのお願い事は唐突だったけど、最初に電話を取ったのがうちのお母さんだったから私に拒否権は無かった。会話の端々に私の名前が出て、なんだなんだと思っているうちに、じゃあ芽衣に聞いてみるわね、きっと大丈夫よ、なんて言いながら、24日空いてるわよね、と突然訊かれた。


 私がちょっと変わっているのは自覚しているけれど、それでも高校1年生女子を見くびった質問なんじゃないかな。予定は、うん、ある。そう言おうとして、ほらほら電話替わって、と子機を渡された。っていうか、誰?


 スマホに慣れているから持ち方にちょっと戸惑って、その間に電話の向こうから聞こえてきた声に覚えがあった。芽衣ちゃん?久しぶりね、梨華の母です。

 

 一瞬、ほんとうに分からなかった。りか、って誰だっけ?


 あの、えっと、としどろもどろに返事する私の様子にお構いなく、電話の向こうから次々に声がやってくる。芽衣ちゃんと同じ高校に行けて安心だわあの子うまくやっているかしら。


 ああ、梨華、か。梨華のお母さんも私のお母さんも、まるで私たちが小学生のままでいるような話し方をするから分からなかった。

 梨華。同じ高校に入学はしたけれど、入学式以来、そういえば話していないなと考える。小学生の時はよく一緒に遊んで、でも中学生の時から少しずつ、私たちは別のカテゴリーでそれぞれ友達を作るようになった。そうなると一緒に遊ぶ時間はなくなって、でもお母さんたちは私たちが高校で仲良くやっていると思っているらしい。


 そんな勘違い真っ最中な梨華のお母さんは私に頼みごとをしてきた。イギリスから帰国する梨華を私の代わりに迎えに行ってほしい、と。

 しばらく話をしていない元・友人、などというのは気まずいに決まっている相手だけれど、その後の話を聞いて私の気持ちは180°回転した。


 夕食に空港内のレストランを予約してあるの、空港内のホテルの部屋も取ってあるのよ良かったら泊まってみない?代金は気にしないで、私のキャンセル分だから。


 夜の空港、レストラン、そして滑走路が見えるホテルの部屋。私が梨華のお母さんの申し出をすかさず受け入れたのは、良い写真が撮れるかも、という期待が100%、その理由だった。空港の中のホテルに泊まれる、ということは、帰りの時間を気にせずに夜の空港の写真を撮れるということで、それはすごく魅力的だった。


 大丈夫です梨華のことは任せて下さい、ありがとうございますありがとうございます。目の色を変えて、てきぱき返事する私に、うちのお母さんはそれで良し、と頷いた。


 そうして現在20時半すぎの羽田空港第3ターミナルに私はいるわけで、大きなクリスマスツリーの飾りや、至近距離の飛行機などなど、散々空港内の写真を撮りまくっているうちにようやく気付いた。


 "しばらく話をしていない元・友人、などという気まずいに決まっている相手"と食事してホテルに一泊する、ということ?


 なぜかパパ活という言葉が頭に浮かんだ。


 そうして心の準備がまったく整わないうちに、帰国者ゲートの向こう、みおぼえのある姿がこちらに向かって歩いてきて、もうなるようになれと、私は開き直った。

 とりあえず、名前だ。名前を呼べばあとは何とか。そう言い聞かせていたのに、私の目の前に立ち止まった人影の頭の上、真っ赤な毛糸のとんがり帽子、まるでサンタクロースのような帽子を、私は思わず指さして言った。


「なにそれ」

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