第2話 Soaked dog

 わたしと芽衣は友達だ。少なくともわたしはそう思っている。


 生まれた時から住んでいたイギリスの地方の町から日本にきて、最初に驚いたのは雨であんなに体が濡れること。朝は青空がまだのぞいていたのに、午後から降り出した雨が下校時間になっても止まなくて、わたしはイギリスでそうだったように傘を差さずに外に出た。

 

 5分後、最初の横断歩道で信号が青に変わるのを待つ間にわたしの体はずぶ濡れになった。


 授業が終わった後、担任の先生に職員室に呼ばれて、持って帰っておうちの人に渡してほしい書類だの、明日からの学校の予定だのを聞き、ようやくこれで帰れると思ったら、どうかしら上手くやっていけそう?と聞かれたときには、はじめてここに来たばかりなのにそんなのわかるはずないでしょ、と言い返しそうになった。英語で。


 この国では、こういう時、にっこり笑ってうなづけば、だいたいうまくいくらしい、というのは、あっちで見ていた日本のアニメで知っていた。やってみたら、そうじゃあ安心ね明日から頑張りましょうね、とようやく解放してくれた。

 わお、やっぱりそうなんだ。


 こんなコンクリートがむきだしで箱みたいな建物の中にはいたくなくて駆け足で外に出た。おでこに当たる雨粒が冷たくて気持ちいいとすら思っていたのだ。なのに。


 信号を待つ間、雨はどんどん降り注ぎ、わたしのスカートの裾からも雫が落ちてくるぐらい。まるで川に落ちたみたいにずぶ濡れで、こんな経験をしたことなかった当時、小学生のわたしは途方にくれた。

 どうしよう。助けてくれそうなクラスメートの姿は見当たらなくて、うちに連絡する方法もなくて、あの小学校の建物には戻りたくなくて。


 それでも青に変わった信号はわたしに前へ進めと命令する。濡れたソックス、濡れた靴。もう何だかおかしくなって、わたしは顔を上げて手と足を大きく振りながら横断歩道を渡った。渡り切ってなぜか感じた達成感に横断歩道を振り返ると、みおぼえのある顔。教室で隣の席になった女の子が、不釣り合いに大きな透明のビニル傘をさしてこっちを見ていた。


 なに?って聞いたら、それはこっちのセリフ、と返された。なんで傘ささないの?という質問には、持ってないから、と答えた。それはそうだけど、といいながらその子は傘を半分、わたしの上に差し出してくれた。


 うち、どこなの?場所によっては一緒に帰れるけど。そう聞かれたけど、その質問のしかただと反対方向だったらわたしはここで放り出される。ここまで濡れてたらもうどうでもいい気がするけど。A町、とこたえたら、まあいっか、じゃあ一緒に帰ろう、といわれた。

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