第20話

澄み渡る五月晴れの空とともについにゴールデンウィークがやってきた。賢人会の今年最初のビッグイベント『春のサークル合宿』がついに始まるのだ。

日程は2泊3日。2日間かけて昼間はスパリゾートで遊び倒して夜は隣接するホテルでゲーム大会をしたり、温泉に浸かったり、浴衣で親睦を深め、最終日の3日目は海岸線をドライブして戻って来る予定になっている。

毎年このサークル合宿でその年の新入生は本当の意味で打ち解けて賢人会メンバーとなるらしい。

賢人会のメンバーは本当に仲がいい。大学を卒業しても関係が途絶えない人が多いのだという。こういうイベントに参加する人間はサークルメンバーとして固まったとみるべきだ。凛も賢人会メンバーとして活動していくことになるだろう。


スパリゾートまでは車での移動となる。凛も含めて皆、免許は持っているがイギリス出身のチェルシーと海外育ちの奏鳳は海外の免許なので日本の免許に書き換えが済んでいないとのことで運転の担当からは除外となった。そして話し合いの結果、車のある真姫奈と車を両親から借りてくれるという天音がドライバーに選ばれた。落ち着いていて真面目な二人の運転なら安心だ。


集合場所の大学正門前に着くと凛は早めに来るつもりでいたが、すでに何人か賢人会のメンバーが姿をみせていた。


「おはよう」


軽く挨拶をするとこちらに気づいた面々から挨拶が返ってくる。みんな荷物を抱えて、一様に浮き足立っている。それぞれ合宿が楽しみなのだ。

チェルシーや時雨は早く行きたくてウズウズしているのが表情に出ている。奏鳳はまだ眠そうにしている。昨日はあまり眠れなかったのだろう。凛も旅行前のワクワク感でなかなか寝つけず、少し寝不足気味だった。


「みんなおはよう。早いね~」


とりわけ明るい声が響く。優亜だ。

笑顔で手を振り、小走りで後輩たちの集まる位置に合流するいつも明るい悪戯好きな先輩は張り切っていた。お菓子や飲み物の買い出しを担当していた時雨たちも結構な大荷物だが、優亜も負けていない。ゲーム大会の景品や皆が楽しく過ごせるように色々用意してくれているのだ。小柄な優亜は荷物に埋もれているような印象になっている。


「おはようございます。荷物、重そうですね。少し持ちますよ」


凛は咄嗟に優愛が手に持っている荷物を取り、一部を引き受けることにした。優愛はちょっと驚いた顔をしてから笑って両手の荷物を凛に預けてくれた。


「ありがとう。お願いしようかな。りんくんは優しいね」


そうたいしたことをしたつもりはないが、優愛にことのほか好印象を与えたようだ。気遣ってもらえて嬉しい優愛は機嫌をよくしていた。


「もうすぐ、まきちゃんとあまねちゃんの車が到着しまーす。すみれちゃんはあまねちゃんの車で一緒に来るって連絡きてるので、あとまだ来てない人はいますかぁー?」


まだ来ていないのは出雲だ。

真面目な性格の出雲が遅刻するとは珍しい。何かあったのではないかと少し心配になる。聞こえてくる発信音。優亜が出雲に電話をかけ始めたが、一向につながる気配がない。やっぱり、何かあったのだろうか。少しの心配が不安に変わりかけたとき、唸るようなバイクのエンジン音が集合場所に響いた。凛にはその音に聞き覚えがあった。大学にやって来て間もない頃に乗せてもらった出雲の愛車の音だ。

バイクは正門から大学内に滑り込み、皆のいる場所から少し先の駐輪場で停車すると案の定、出雲が髪を振り乱してヘルメットを外す姿が目に入る。そのまま出雲は荷物を抱えて猛ダッシュでみんなの所へ突撃していく。


「遅くなってすみません!思ったより道が混んでて」


どうやら朝の出勤ラッシュの渋滞にはまってしまったらしい。申し訳なさそうに謝る出雲。だいぶ焦ったようで息を切らし、額にはうっすら汗を浮かべていた。


「大丈夫。大丈夫。まだ車組も来てないから。事故とかじゃなくてよかったよ~」


「ご心配おかけしてすみません」


電話に出れなかったのは運転中だったからで何事もなかったことに優亜を含め、みんなが安堵する。トラブルがあれば合宿どころではないのはもちろん、みんなが楽しめるよう優亜は熱心に計画を立て、頑張ってくれていたことは誰もが知っている。出雲も無事合流でき、優亜の頑張りも無駄にならずに済んでよかった。


「もしかしたらまきちゃんたちも渋滞に巻き込まれてるかもしれないからちょっと電話してくる。みんな、悪いけどもう少し待っててね」


優亜はスマホで電話をかけ始めた。


「出雲、おはよー。なかなか来ないから心配したよぉ~」


「チェルシー、ごめん。早めに出たつもりだったんだけど思った以上に混んでて焦ったぁー」


優亜のところから戻ってくると出雲は新入生歓迎会ですっかり仲良くなったチェルシーのもとへ駆け寄っていった。


◇◇◇


出雲が少し遅れて合流した頃───


「菫ちゃ〜ん!オワタァァァ〜!」


今にも泣きそうな顔でハンドルを握る天音。前には自動車が長蛇の列をつくり、ひしめき合っている。

合宿の運転役に選ばれ、実家から車を借りて皆の待つ翔陽大学に向かう途中、運悪く渋滞に巻き込まれてしまったのだ。


ノロノロと徐行する列。動くだけまだマシといったところだが、天音たちには大事な予定がある。皆を待たせているというプレッシャーが天音を焦らせる。


「大丈夫だから、落ち着いて。少しずつ動いてるからそのうち、ぬけられるよ。それに時間だってちょっと過ぎただけだから、ねッ?」


遅刻に慌てる天音を優しく宥め、コンビニで買っておいたペットボトルのお茶を差し出した。渋滞は天音の責任ではない。仕方がないのだ。

お茶を受け取り、一口飲むと小さく息を吐くと心に少し余裕が生まれ、自然と心が落ち着く。


「う〜。菫ちゃん、ゴメンネ。少し落ち着いた」


「よかった」


焦っても仕方がないと前を見て運転する天音の横で菫は自分のスマホに着信が来ていることに気がついた。画面に表示された電話の相手は優亜だった。すぐに通話をオンにして、電話に出ると心配そうな優亜の声が聴こえてくる。


「もしもし、優亜先輩。おはようございます」


「もしもし?おつかれー。何か渋滞してるみたいだけど大丈夫?」


「お察しの通り、渋滞にハマってしまって。もう少しかかりそうです」


「やっぱりか。いいよ、いいよ。気をつけて来てね。焦って事故る方がやばいから」


「わかりましたー。少しずつは動いてるのでそこまでかからないとは思うんですけど」


「うん、うん。了解。気をつけてね」


終話音が流れ、通話の切れたスマホを眺めると集合時間から15分程過ぎていた。


「優亜先輩から?」


「うん、遅いってブチ切れてたよ」


「エッー!!?」


驚きの声をあげて涙目になる天音。

産まれたての子鹿のように震える気弱で真面目な彼女には刺激が強すぎたようだ。


「冗談だよ。気をつけて来てだって」


「菫ちゃ〜ん!酷いよぉ!」


天音の抗議の声が車内に響くと、それがおかしくて菫は口元を押さえた。いつもは天音を揶揄ったりはしない菫も皆で旅行に行けることに浮かれいた。

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