第19話

濃い。濃すぎる。生まれて初めて入ったそこはパッチワークのように様々な彩りに満ちており、与えられた一区画を除いて男性を拒む目に見えない壁がある。いや、楽園への切符を持った者だけは違う。そう、『勝者彼女持ち』である。


しかし、凛はこの楽園に裏口からセキュリティを掻い潜るようにして紛れ込んでしまったのだ。

そこには魅惑の布地が所狭しと並んでおり、多様なデザインはパーソナリティにあった選択を可能とし、訪れる者たちの感性を大いに刺激する。凛が圧倒的場違い感に立ち竦む傍ら、優亜たちは店内を見回しながらテンション高めで水着を手に取り、どれを着るかではしゃいでいた。

海外青春ドラマなら彼女たちは『クイーン』或いは、『スクールカーストの頂点』だ。本来ならここにいるのは店内にちらほらいるような楽園への切符を正当に与えられたリア充である『ジョック』だ。闇に生きる『ナード』や『二軍、三軍』は堂々と振る舞える場所ではない。そう思い、自分が『ナード』ではないと信じながら思考はソレの発想だということに気づき、凹む。


凛が陰のオーラに呑まれかけている間にそれぞれ最初に手に取る水着は見事にデザインが分かれており、互いの個性を垣間見ることになっていた。大胆なもの、控えめなものと各々気に入ったものをいくつか物色して試着室へと消えていく。

きっと皆、時間をかけて選ぶのだろう。5人もいれば尚更だ。

ハイスペックな女の子を5人も侍らせて、キャッキャウフフと試着室の前で待つのはいかがなものだろう。周囲を見回すと彼女と買い物に来ているであろう男たちの視線が刺さる。皆一様に5人に目を奪われ、一緒にいる凛に訝しげな表情を向け、隣の彼女を不機嫌にさせる、これがワンセットだ。

機嫌を損ねた彼女にこずかれながら、睨んでくる奴にはとりあえずドヤ顔して煽ってやる。するといくつかの舌打ちが返ってきた。負け犬の遠吠えたる残響を聞き流すと凹んでいたことも音に溶けて消えていく。そう、友達や先輩と買い物をしに来たたけなのだから見た目がどうだとか、立場がどうだとか気にせず楽しめばいいのだと。少なくとも5人はそんなことを気にしないからこそ凛を誘ったのだから。

心を軽くした凛は男性用水着コーナーで自分の水着を物色することにした。


ハンガーラックをかき分け、手に取って眺めてみる水着と一括りに言っても競泳用のハーフスパッツやボックスタイプ、ブーメラン型、プールや海でよく見るサーフパンツなど色々ある。色やデザイン、メーカーなどにも目を向ければメンズといっても結構豊富に種類があるのだ。


「本格的に泳ぐわけじゃないからサーフパンツが無難だよな。屋内だけどラッシュガードもほしいかな〜」


「私のラッシュガード、貸してあげようか?パーカーのやつ」


ラッシュガードを見ていると横から声がする。凛が驚いて声のした方に目をやると笑顔の菫が立っていた。


「おう、びっくりした!水着は決まったのか?」


「う〜ん。まだ迷い中。それより、ラッシュガード。前に買ったやつでよかったら貸すよ?大きめだからりんりんでも着れると思うんだよね。そんなに着るもんでもないからさぁ」


「確かに1回だけのために買うにはそこそこだけど」


値札を見ると、2000円から6000円くらいが手が出る範囲だ。凛は少し考え込む。


「私のじゃ、イヤ?新しいのがいい?」


菫は気にしていないようだが、幼馴染とはいえ肌に直接触れる物を女の子から借りてよいものかという気持ちの方が強い。だが、不安げに小首を傾げる菫を見て、 凛は菫から借りることにした。


「それじゃ、せっかくだし借りようかな」


借りることを承諾すると菫の表情がパァっと目に見えて明るくなる。


「それじゃあ、今度渡しに行くね。りんりんの家に行ってもいいかな」


「そんな、悪いって。当日で全然いいよ!?」


「え〜、りんりんのお家に見てみたい!!」


ラッシュガードを貸すというのが口実で、凛の住む部屋に興味があるらしい。男の部屋にホイホイ行って大丈夫なのかと幼馴染の先輩が心配になる。菫に限ってどうこうされるとはおもえないが。むしろ、できない。投げ飛ばされるか、関節を極められて終わりだ。


「さては、それが本音か。俺がスミの部屋に行ってもいいんだけど?」


「えっ……。うん、りんりんならいいよ?」


少し間を置いて菫ははにかむように笑って頷く。

からかったつもりが思っていたのと違う菫の反応にこちらが恥ずかしくなる。凛は顔が熱くなるのを感じながら、なんともいたたまれない空気を変えようとわざとらしく咳払いをした。


「おほん。とりあえずそれはまた今度ということで。荷物増えてもう訳ないけど、合宿当日に持ってきてくれ」


「うん。わかった。でも今度、遊びに行かせてね。私の部屋にも来てくれていいから。約束だよ?」


「うっ、わかった」


話を有耶無耶にすることは叶わず、結局しっかりと凛の部屋への来訪と菫宅への訪問を約束させられてしまった凛だが、菫が嬉しそうにスカートを靡かせてクルクルしてるので、「まぁいいか」と苦笑いを浮かべる。


◇◇◇


「買ったね〜。りんくんが居てくれて助かったよ」


晴れ晴れとした顔の優亜に女性陣が頷く。全員が両手に紙袋を下げており、凛に至っては肩にまでかけ、荷物持ちの大役をこなしていた。


「りんくん、みんなの肢体を舐め回す様に見れたのに遠慮しちゃって」


「言い方ッ!まるで人を変態みたいに」


また始まったと凛は溜息をつく。優亜この人は人を揶揄うのが本当に好きなのだ。優秀な人ではあるが、この性格に振り回されることが非常に多い。何故か気に入られてしまい、優亜はこうして凛にちょっかいをかけてくる。凛も優亜に対して、比較的言葉を選ぶことはなくなっていた。そんな歯に衣着せぬ鋭い返しが、優亜が凛を気に入る理由だったりする。優亜にとってこの飾らぬ言葉を浴びせる後輩の存在は新鮮で、嬉しいのだ。


「凛の意見、参考になったよ」


そう言う出雲を筆頭に皆が肯定してくれるので凛は役目を果たせて何よりと安心した。

空はすっかり茜色に染まり、穏やかな風が凛たちの間を通り抜けていく。ショッピングモールはまだまだ賑やかだが、買い物が済んだ凛たちは駅を目指した。 





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