第18話

今日はいつも以上に賑やかだ。時雨と別れてからゴールデンウィークの旅行の買い出しのために学前駅から在来線に乗り、大型商業施設へとやってきた。

男一人に女子5人。旅行を前に気分が高まる5人は道すがらお喋りにも熱が入り、時に迷惑にならない程度に笑い合いながら和気あいあいとしている。

凛は無理にその輪の中に割り込むことはせずに空気と化していたが、話題がこちらに飛んでくることもあり、聞き役に徹しているという表現が正しい。

蚊帳の外というわけではない。そもそも凛を今回の買い出しに誘ったのは女性陣なのだ。

菫曰く、「旅行前からみんなで楽しもうよ」とのことである。荷物持ちとしての役割も大いに期待されており、役に立てるならと誘いに応じた。


「かわいいのがあるといいなぁ。デザイン気に入って手に取ったらサイズがないとか最悪だからねぇ」


「それ分かります!ブラもそうなんですよね。最近またキツくなってきて」


「うぅ〜。優亜先輩も出雲ちゃんも羨ましい。私にも少し分けてほしいです……」


時折、男が分け入ることの許されない内容の会話が飛び交っていたが、そんな時はそっと立ち位置を変えてスマホに目を落としたりと配慮する。


スマホを見ると「3人でお買い物!」と、写真付きのメッセージが送られてきていた。そこにはすっかり機嫌を直したらしい時雨がチェルシーと奏鳳のふたりと笑顔で写っていた。

時雨は前回の活動に参加していなかったのと役割分担として別の買い出しを優亜にお願いされた結果、女性陣との楽しい買い物という美味しい時間を逃すこととなってしまったのだ。血涙を流しそうな勢いで悔しそうに凛を見送る姿に哀れみと若干の恐怖をおぼえ、チェルシーと奏鳳に時雨の方の買い出しをお願いしてあった。

楽しそうな向こうの様子に一安心な凛。時雨からのメッセージに喜びを表現したスタンプを返信しておく。


「真姫奈先輩はセクシーなのが絶対似合いますよ!」


「え〜。清楚系の方が逆に唆ると思うな」


「あんまり派手なのは気が引けるんだけど」


凛の後ろではいつの間にか真姫奈に似合う水着について議論が繰り広げられていた。男の凛にとっては相変わらずセンシティブな内容の会話の展開に苦笑いするしかない。


そう、彼女たちにとって買い出しは二の次。本当の目的は水着を買うことなのだ。

ますますここにいる意味が分からないというのが凛の偽らざる本音であった。

選択肢は2つ。流すか、楽しむか、だ。

そして誘いに応じた時点で楽しむと決めたのだ。


◇◇◇


旅行に行くにあたってすでに参加費用は会計を担っている天音に渡してある。旅行費用を快く出してくれた親に感謝である。


時雨が、頼まれた買い出し分もレシートを天音に提出して集金した中から支払われることになる。


凛たちの目的はそれぞれ旅行に必要な物を買い揃えることである。

旅行初心者の凛は旅行カバンから用意する必要があった。なので簡単に集合時間を決めて一旦それぞれ別行動となった。


「じゃあそれぞれ買い物が済んだらフードコートに集合ね〜。最初に戻った人は席取りよろ〜」


そう言ってひらひらと手を振りながら肩を組んでくる優亜。香水でもつけているのか、甘いバニラの香りがふわりと漂う。


「真姫奈先輩たち行っちゃいましたけどいいんですか?」


「いいの。いいの。りんくんが何を買うのか気になるから一緒にお買い物しよ?」


「私も一緒に行ってもいいですか?」


そう言って肩を組む優亜とは逆側からひょこっと出雲が顔を出した。


「いずもちゃんいいよー、行こ行こ!」


許可が出ると「失礼します」と肩を組んできた。優亜と出雲に挟まれる形となった凛。まさに両手に花である。今日の凛にはラノベ主人公が宿っているのかもしれない。

優亜は手をあげてはしゃぎ、出雲は楽しそうに笑い、凛はふたりに引っ張られながら照れ笑いを浮かべて3人仲良く買い物に繰り出した。


自然と2グループに別れた賢人会の面々。真姫奈たちと別れてまずは凛たちはバッグを扱うテナントを訪れていた。様々なバッグ類が並ぶ中、凛のためにふたりが旅行カバンを選んでくれている。気に入ったデザインを選びたいが、ブランド品はやはり値が張る。


「ボストンバッグと小さめのキャリーケース、それかリュックサックあたりだけどどれがいい?リュックサックならアウトドアコーナーとか見てみるのもアリだけど」


「ボストンバッグがいいですかね。引越しのときに持ってきたキャリーケースは大きめのがあるので」


「これなんかどうかな?」


出雲が手にしたバッグを見せてもらうと黒のヴィンテージレザー調のデザインでコンパクトだが中には内ポケットがいくつもあり容量も2泊3日程度に調度良い。値札をみると5680円と予算内。なかなか良さげだ。


「いいね!それかっこいいじゃん似合ってるよ」


優亜にも見せると高評価だった。ふたりから合格をいただいたボストンバッグだ。これに決めることにした。


「旅行カバンはこれにします!ありがとうございます。出雲もありがとう助かった。あとボディバッグも欲しいですけどそれも選ぶの手伝ってもらっていいですか?」


「OK!ボストンバッグはいずもちゃんセレクトだから。今度は私に選ばせてよ」


「お願いします」


ということで今度は優亜にボディバッグを選んでもらい、こちらもかなりいいのがみつかった。優亜も出雲もセンスがよく有難い。

会計を済ませて今度は服を選ぼうということになり、カジュアルな服が揃う一角へと移動する。服に関して凛はそんなに必要としていなかったのでシャツとTシャツを2〜3枚見繕って優亜と出雲の服選びに付き合う形となった。仲良くショッピングを楽しむふたりを眺めながら、時折意見を求められたりしながら時間を過ごしていく。


「よし服はこんな感じでいいや。いずもちゃんは?」


「私も大丈夫です」


優亜は凛の横に来き、肩を組むと凛にだけ聞こえるようにそっと耳元で囁くのだ。


「りんくんに水着選んでもらおうかな。どんな水着でもきてあげちゃうゾ。……あんまりエッチなのは恥ずかしいけど」


優亜はこっち見るなと頭突きをかましてくる。からかったつもりだろうが、言っていて自分が恥ずかしくなったらしい。その証拠に耳が少し紅潮している。


「それじゃ移動しよっか。りんくんお待ちかねの水着コーナーへ〜」


恥ずかしいのを誤魔化すためにテンション高めに振る舞う優亜。凛を引っ張り、その後に出雲がついてくる。


「凛に選んでもらう流れ??」


首を傾げながら真顔で聞かれても反応に困る。


「私はりんくんの意見も聞くよ。男の子の意見って聞いたことないから。まきちゃんとあまねちゃんは恥ずかしいっていうと思うけど。すみれちゃんはりんくんに選んでほしいんじゃないかな。いずもちゃんはどうする?」


「私もその……意見聞いてみたいかな……」


「恥じらう君が見たいんだ」そんなフレーズが頭を過ぎった。

水着選びはさすがに蚊帳の外というか、どこかで時間を潰しているつもりだったのでこのお誘いを光栄と捉えるべきか、気まずいと考えるか非常に悩むところである。


「彼氏とかならまだしもさすがに男の俺が混ざるのは不味いんじゃ……」


恐る恐るたずねるとふたりとも顔を見合わせて少し恥ずかしそうにしながらも笑って「気にしないよ」と言ってくれた。そう言われたら覚悟を決めるしかない。ここで変に固辞したら男がすたるというものだ。


「参考になるかは分からないけどお付き合いさせていただきます」


「決まりだね。じゃあ行こう!」


こうして水着選びに付き合うというビックイベントに突入することとなった。











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