第14話
桜も散って新緑の頃。4月もそろそろ終わり、5月も目前といった昼下がり。大学では本格的に講義も始まり、朝から晩までとは言わないまでも毎日3限から4限、多い時には5限までとそれなりに忙しい日々を送っていた。忙しいことが幸いし、新しい生活に適応することに苦労している暇もなかった。
そんな慌ただしく勇足を続ける暦の中、今日も日常に組み込まれた午前の講義をこなし、昼食を取るために教室を後にし、学部棟から出る。いつもなら隣には当たり前のように加藤時雨がいるのがお馴染みの光景なのだが今日は違う。学部が同じなため必然的にほとんど時間割が被っているのだが、中には興味の違いで別の講義を取っていたり、そもそもどちらかが空きコマだったりする日もあり、別行動の時もある。今日はその別行動の時間割の日になっていた。
昼はどこも授業終わりの学生たちで賑わい、特に学食へと向かう飢えた人の波は想像を絶する。案の定、すぐに席は埋まり、凛は学食に向かうのを諦めた。カフェテラスは弁当持参組がかためており、上級生にはゼミ室を利用する者もいるが1年はまだゼミに入っておらず、それもできない。凛があと利用できる場所はサークル棟にある賢人会の部屋くらいだろうか。
ただ賢人会に割り当てられた個室は先輩たちが利用していたり、四年生のサークル活動引退組が卒論やら何やらの作業に使っていたり、中には仮眠に使っている人もいたりする。サークル活動時以外で新参者の1年が、おいそれと利用するのはどうしても気が引けてしまう。
あとは大学に併設されたコンビニのイートインスペースか、学外に出て食べるかだ。学生たちの利用する食堂やカフェ、レストランはいくつかある。
あれこれ迷っていると凛の横を通り過ぎていく女子グループの中に見知った顔が目の端に入ってさ
きた。賢人会の代表を務める仙洞優亜の姿がそこにあった。優亜がいるのだから3年のグループなのだろう。派手な格好をしてるわけでもないのにやたらと目立っている。ファンも多いようで1年の間でも有名なのだと最近知った。あの見た目なら当然と言えば当然である。下衆な勘繰りをするなら引く手数多だろうし、選り取りみどり。そっち方面に苦労はないはずだ。いや、モテる苦労もあるはあるだろうが、当然凛には想像もつかない贅沢な悩みというやつだ。
今は優亜も友達と賑やかに話していてこちらには気づいておらず、凛も特に用はないためスルーすることにした。優亜たちのグループを見送りながらmiyaにでも行ってランチにありつこうと考え、正門のほうに歩き出そうとした途端、凛の腰辺りにタックルをかます不届き者が現れた。
「おふっ!!」
突然の衝撃に軽くエビ反りになり、思わず声が出てしまった。ガッチリとホールドするようにお腹にまわされた手の先には、ばっちりと整えられたネイル。オパール色に飾られ、光によって幾重にも色が重なり表情をかえる。
「ちょ、いきなり!?びっくりするわ」
公衆の面前でこんなことをする女子(ネイルから察し)に覚えはない。一瞬優亜の顔が思い浮かんだがこのタイミングではないはず。
「Hi リン。こんなところでなにしてるノ?」
特に悪びれる様子もなく顔を覗かせたのはチェルシーだった。
学部が違うため新歓以来、サークル活動でしか会っておらずキャンパスで会うのはこれが初めてだった。
「おー、チェルシー。いきなりびっくりするからタックルはやめて」
「そんなことより、リン。ランチ食べにいこうよ。お腹空いたから」
タックルの件はもうなかったことにされ、昼食に行こうと凛の裾を引っ張る。自由だなと苦笑いを浮かべた。
「ちょうど俺もメシ食べようと思ってたから。どっか食べに行こう」
「Yes!おいしいランチを食ってやる♪」
「食ってやるって、微妙に日本語おかしいけどな。まぁいいや」
変わった組み合わせとなったが話は歩きながらでもできる。昼休憩の時間は限られているのでさっさと移動することにした。
校門を出たところでどこに行くか少し迷ったが、キャンパスの近くにある食堂を目指すことにした。
凛のあとをトコトコついてきているチェルシー。行き先は任せるということなのだろう。
「今日のランチは何かな?リン、おいしいものがいいよ!」
「近くの食堂に向かって歩いてる。リーズナブルでうちの生徒はよく行くとこだな」
「今日のワタシはアルデバランだから。凛はプレアデス」
なんだか不思議な例えだが、やはり行き先は任せるからそれについて行くということなのだろう。脳内の辞書でアルデバランとプレアデスの関係を検索しながら今日はいないチェルシーの相方の顔が浮かんだ。
「老喰さんじゃなくて?」
「奏鳳?奏鳳はポラリスかな」
「なるほど。仲がいいんだな」
「1番のフレンドだよー」
その笑顔は一等星の様に眩しかった。そのあとも奏鳳のことやチェルシーのことをあれこれ話しているとあっという間に食堂へと到着してしまった。黙々と道を歩くのも嫌いではないが、こうやって会話に花を咲かせて歩くのもいいものだ。
食堂に着く頃には「後に続くもの」がお腹を鳴らして前を歩いていたのが何ともおかしかった。
「やっぱり混んでるな」
やはりというべきかふたりが訪れた食堂も学食程ではないが翔陽大の学生で混雑していた。店員も慌ただしく接客に追われ、繁盛しているようだ。幸い、昼休憩という時間的制約があるため回転率が異様に速く、そこまで待たずに済みそうであった。凛たちが接客を待っている間にも何人かがレジを済ませ、横を通り過ぎていく。
「いらっしゃいませ。お待たせしました。何名様ですか?」
「2名でお願いします」
「かしこまりました。そちらの席にどうぞ」
片付け終わったばかりの席に通されると店員はまた別の席の接客のため足早に去っていった。凛とチェルシーは、用意された席に腰を下ろすと店員がすぐさま水とおしぼりを持ってきてくれた。
「ご注文はお決まりでしたら伺います」
なかなか忙しないというのが本音ではあったがこの時間帯ならば仕方ない。チェルシーを見ると頷いているので食べたものは決まったのだろう。
「唐揚げ定食一つ。チェルシーは?」
「このきつねうどんとミニカツ丼で」
「かしこまりました」
これまた足早にオーダーを書いた紙を持って厨房の方へと歩いていく店員を見送った。
そうとうお腹がすいていたのだろう。ガッツリとしたメニューを選んだチェルシーは待ち遠しそうに厨房のほうを眺めていた。
「そういえばひとりなの珍しいな」
いつも奏鳳とセットなイメージなのでなんとなく気になったのだ。別行動だとしても社交的なチェルシーなら他にもお昼を共にする友達くらいいそうなものだ。
「奏鳳とは学科が違うから授業のある日はけっこう別々だよ?リンもシグレと別行動なの珍しいネ。いつも一緒なのに」
他人から見れば凛と時雨はセットになるらしい。よく行動を共にしているのは事実だが。
凛は 「いつも一緒」という言葉に戦慄した。思い返して見れば確かにいつもいる。浮かんでは消える時雨の顔にパンチを叩き込み続けてやった。
「いやいつもではないからな。会わない日だってあるし」
「そうなの?」
不思議そうに首を傾げられても困る。どういう目でチェルシーがふたりのことを見ているのかとても不安になる。
「仲がいいのは認めるけど。友達だからっていつも一緒にはいられないさ」
「いつも一緒がいいってこと?」
「それはない」
きっぱりと否定する凛の様子にチェルシーは少し残念そうな顔をする。何故そこでそんな顔をするのか聞く勇気はない。仲の良い友達とはできるだけ時間を共有したいという思いがチェルシーにはあるのだろう。そうであってほしい。決して、断じて腐敗臭にまみれた考えではないことを切に願うばかりだ。
危険な香り漂う話は料理の到着で打ち切りとなった。凛もチェルシーもだいぶお腹の方が限界だったので手を合わせ、凛は唐揚げ定食に、チェルシーはきつねうどんに飛びつき、一心不乱に食すこととなった。
学生を相手に商売をしている店だけあって安くて、量が多い。凛の頼んだ唐揚げ定食はご飯と味噌汁に漬物、そしてゴロッと大きな唐揚げが5つ。揚げたての唐揚げは綺麗なきつね色をしており、外はサクッと中はジューシー。噛むと口の中にじゅわっと肉汁が広がる。鶏自体は淡白な味わいのためしつこくなく、食べやすく、幾らでも食べれてしまいそうだ。
チェルシーはイギリス人らしくうどんを器用に音を立てずにすすっていた。日本人としては豪快に啜って食べたいところだが、そこは文化の違い。求められてきたマナーも違うのだ。
食べ方はどうあれ、おいしいと感じるのに変りはないようで鰹出汁の香りと油揚げの甘みを満足気に楽しんでいた。
チェルシーがカツ丼にたどり着く頃には凛もご飯のおかわりをお願いしていた。
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