第13話

凛たちは持ち歌を徹底的に消費する勢いで歌いまくった。


あらゆるジャンルの曲が飛び交い、場を熱く、時には切なく、盛り上げていく。知らない曲でも冷めることなく、周りを気にせず好きな曲を皆が歌っていく。


「優亜先輩も歌ってください。めっちゃ歌うまいから楽しみ〜」


「そんなハードル上げないでよー。天音ちゃんとかのほうが絶対上手だから!」


菫が端末を差し出すと優亜が受け取り、曲選びを始めた。突如、話題に上がった天音は恥ずかしそうに小さくなっていた。


「あっ、天音ちゃんも上手だよね!」


透明感のある歌声を披露した天音の姿を皆見ているので1年もそれには大いに頷いた。透き通る美しいソプラノボイスでバラードの名曲を歌い上げるのだ。それはもう心にささりまくるのだ。凛は天音の歌で軽く泣きそうになっていた。


みなの賞賛を一身に集めた天音はというと耳まで紅くなる程に照れてさらに小さくなっていく。それを横に座るチェルシーが優しくハグしていた。天音にはなんだか庇護欲を刺激する魅力があるのだ。


「よし、決まった!それじゃ、歌いまっす!」


優亜がマイクを持って勢いよく立ち上がるとロックテイストな曲調のメロディーがスピーカーを通してカラオケルームに広がっていく。


「〜♪♪♪♪♪♪」


優亜にはあまり似つかわしくない身体を震わせる力強いハスキーボイスを駆使して重めの歌詞を情熱的に歌い上げるその姿に凛たちもさらにヒートアップしていく。


「〜♪♪♪♪♪♪」


テンションで立ち上がり、苦情が来るかもなんてことはお構いなしにみんなで飛び跳ねた。


「優亜先輩かっこいいー!!」


時雨が口笛を鳴らすとチェルシーと奏鳳がタンバリンを打ち鳴らしてはしゃぎ、あまり騒ぐイメージのない出雲までもが叫ぶとその声援に優亜はロックスターばりに拳を突き上げた。


優亜の全力の歌に自然と拍手が起きた。


「いやー、どうも。どうも。久しぶりにシャウトしちゃったよ」


「なかなかボディにくる歌声でした」


「そうっしょ。じわじわ効いてくるっしょ」


褒められて得意気になった優亜はシュシュと笑顔でボクシングの真似をしてみせる。優亜の歌唱力は聴く者を熱くさせる魅力があった。間違いなく今日一番の盛り上がりだった。


「それじゃー、次は誰かな?」


熱も冷めぬうちに優亜がドカッと空いてる席に腰かけ、足を組むと不敵な笑みを浮かべた。その挑戦的な態度は強者、いや歌うまの余裕か。ここからは今までのようなお遊びではなく、本気の歌による勝負が求められることとなったのだ。


「優亜先輩、余裕ですね。その鼻っ柱、俺がへし折ってやりますよ!」


そう言ってマイクをガッと勢いよく掴みとり、勇者凛は立ち上がった。いつもの雰囲気からは想像もつかないほど堂々とした姿に皆息を呑んだ。

いや、1人だけ母が子に向けるような優しげ眼差しをした者がいた。菫だけは幼なじみの蛮勇とも云うべき行動を静かに見守っていた。


凛は端末から入れる予定だった曲を送信し、曲の始まりを待った。メンバー全員1回は歌っているので、凛の歌も聞いている。感想としてはそれなり。決して下手ではないが過度に突出した上手さがある訳でもないというのが概ねの評価であった。


選択した曲は唸るように吼えるような独特なシャウトを多用し、感情のままに激しく歌い上げられる曲だ。人を掻き立てられる曲はいくつもあるがとりわけ凛はこの曲が気に入っていた。


肺にめいいっぱいの空気を取り込み、腹の底から重く激しく激情を吐き出していく。自分自身を楽器として奏でる音。ビブラートを効かせ、叫ぶその歌詞は誰かを罵倒するかのようでもあり、自分自身に何かを言い聞かせるかのようでもある愛憎入り交じる行き場のない激情を綴っていた。怒り、悲しみ、憎しみ、そして諦め。それらは悲観的で肯定すべき感情からは程遠いが、歌う者の力強く、野性的な迫力あるシャウトによって聴く者の心を奮い立たせる起爆剤となる様で、癖が強く高い歌唱力が要求される難易度高めのチョイスだが、それを完璧に歌うことができれば盛り上がること間違いない。


今凛はその真価を試されようとしていた。


深呼吸をしてマイクを握るとアガるライブ演出のイントロが流れ始めた。


「これ、映画行ったー!めっちゃアガるやつ!」


「これ知ってる!」


「〜♪♪♪〜♪♪♪♪♪!!」


腹から押し出された空気は喉を通り、認識できる詞となって口から飛び出す頃にはねっとりとまとわりつくような歌声となって全員の鼓膜を揺した。歌の幕が上がったのだ。そして凛からは想像しにくい悪感情といって差し支えない激情の籠ったがなり声が飛び出すのだから皆が驚いて歓声をあげた。俗に言うアガるというやつだ。


「〜♪♪♪♪♪」


こうして、騒ぎ明かした賢人会の面々が解散したのは夜も深まり、多くの人が眠りに就いている頃だった。


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