第12話

店を出ると夜風が心地よい。まだ肌寒さを感じる日もあるが、暦は着実に春らしくなっていた。

初めて居酒屋というものを利用したが、まだ凛は飲めないがお酒のある空間というのは特別だ。高校生ではファミレスが精々。少し「大人」になったとつい思ってしまう。


6時から3時間飲み放題コースで夜の9時。なんだかんだで菫以外の先輩たちはがっつりお酒を飲んでいた。

優亜はお酒を飲んでもいつもと変わらず平然としていたが、真姫奈と天音はしっかり酔っ払っている。真姫奈は泥酔状態で今日はもう無理だろう。天音は酔ってはいるが酔いつぶれる程ではない様子。

当然、菫と1年組はお酒を飲んでいないので心配はいらない。


「お待たせしましたー。それじゃあ、この後二次会もありますが、一旦ここで解散したいと思います。今日はお疲れ様でした。1年生来てくれてありがとうね。帰る方は夜も遅いので気をつけて帰ってください。二次会に行く方は私に着いてきてくださーい」


今日の会費は皆、菫に渡してある。会計を済ませ、遅れて店から出てきた菫。

皆、二次会に参加するつもりなので帰るメンバーはおらず、幹事の菫も嬉しそうにしていた。


凛たちと同じように店から出てくるグループがいくつかあり、それぞれ飲み会を楽しんだのだろう。熱気冷めやらぬといった感じで店の前に

たむろしていた。


通行人や店の関係者には迷惑なのだが、まだ話し足りない気持ちは理解できた。楽しかった分その時間が終わってしまうのはどうにも惜しいものだ。


「どこも新歓は盛り上がったみたいだな。時雨は他のサークルの新歓も行くんだろ?」


「そりゃ、せっかく入るんだから行くだろ。新歓に行けば他の人らと面識もできるしな。サークルでボッチにはなりたくないからな」


「いや、行かなくてもお前ならボッチにはならんやろ」


「それって褒めてる?」


「褒めてる。褒めてる。よっ、コミュ力お化け!」


「うん、褒められてねぇな」


「そんなことないって」


移動がてらおしゃべりに興じていたふたりだが、凛はどうにも周囲の視線が気になっていた。賢人会はどうしても目立つらしくあちらこちらから注目を集めることはわかっていたが、やけに視線が多いのだ。凛たちが移動を始めると同じように店先にいたグループかがついてきていた。

最初は同じカラオケに向かうのだろうくらいにしか思っていなかった。だが、どうもただ目的地が同じというわけではなさそうなのだ。


「なぁ時雨よ。なんかめっちゃついてきてるんだが」


「そうだなぁ」


「お前のファンか?」


「ちっげぇーよ!!」


「まさか……。全員彼氏なのか!?」


「だから、ちげぇーよ!」


「俺のことはいいから早く期待に応えてやれよ。早く行ってやれよ!」


「いや、いい笑顔でこっち見るなし!」


「冗談はさておき」


「おい、こら。一人で満足してんじゃねぇよ」


「時雨よ。真面目な話だ。聴け」


「はぁ……。もういいわ。で?」


「ボケた方がいい?真面目にした方がいい?」


「真面目な方で頼む」


「彼奴ら誰よ?」


「知らん」


「使えねぇな。ペッ!」


「おい。……まったく。普通に考えてうちの女の子狙いじゃねぇの?」


「そっかぁー。時雨。よし、お前に決めた!行ってこい」


「お前のバッチの数じゃあ、俺は従いません」


凛と時雨がふざけている合っているうちに目的地のカラオケへとたどり着いていた。


ここは全国にある有名カラオケチェーン。勿論学割対応の学生に優しい料金設定の店だ。店に入ると後ろをついてきていた奴らも凛たちに少し遅れてカラオケへとやってきていた。


凛は何もないようにと祈るばかりであった。


「アレー、君たち優亜ちゃんとこの子たちだよねー」


天に祈りは届かなかったらしい。凛は思わず天を仰いだ。


突如声をかけられ、互いに互いの顔を見合わせる賢人会メンバーたち。優亜の名前を出したということはおそらく3年だ。ここに賢人会の3年生は誰もおらず、誰も面識がないのでどうしたらいいのか分からないのだ。


「賢人会だったけ?君たちもこれからカラオケでしょ?オレらと一緒にどうよ?サークル同士親睦の交流ってことでさぁ」


「いいっすね。剣持さん」


「賛成ー」


剣持と呼ばれる3年生が勝手に話を進め、それに

賛同する取り巻き。


「パーティールームならこの人数でもいけるっしょ。あ、そっちの1年生の男子諸君には別室頼んであげるわ。俺ら奢るからさ。仲良く歌いなよ」


馴れ馴れしく凛の肩に腕を回し、剣持はそんなことを言い出したのだ。邪魔な凛と時雨を別室にまとめて放り込んで自分たちは賢人会の女子たちと仲良くやりたいようだ。


これには流石に凛も腹が立った。腹が立ったので剣持の腕を払い除け、口を開こうとしたその時。


「遅くなってごめんね〜。剣持じゃん。うちのサークルメンバーに絡むなよ〜」


いつの間にか合流していた優亜が剣持と肩を組んでいた。


「優亜じゃん。うちとそっちで一緒にカラオケしようって話になっててさ。パーティールーム借りっからお前も来いよ。奢るからよ」


「はぁ〜、やだ。今日は賢人会の新歓だし。それにどうせ君らうちの女の子目当てでしょ?」


「サークル同士の親睦を深めようって話だよ。なぁ、1年生の誰か知らないけど。そういう話だよなぁ」


1年生が3年生に逆らわないのが当然とばかりに話を合わせろと凛にふる剣持。


「優亜先輩、俺と時雨にはわざわざ別室を用意してくれるそうです」


「あ?お前、何言って───!痛ってぇ!」


優亜が思いっきり剣持の足を踏みつけたのだ。


「もしもし、りか。今の全部聴いてた?剣持がうちのサークルの女の子ナンパしようとしてウザいんだけど」


「えっ、りか!?これは違っ───」


剣持が言い訳を口にした途端、優亜の持つスマホの向こうから怒りに満ちたりかの声が響いた。


正樹まさき!何度目!?ふざけんなっ!よりにもよって優亜のとこに迷惑かけるとか信じらんない。もう無理。マジ最悪!」


「あららー、どうするー?」


電話越しに浴びせられる罵声に顔を青くする剣持。追い討ちをかける様に煽る優亜の姿は輝いて見えた。


「優亜、マジごめん。そいつ無視っていいから。あと正樹。もうマジ無理だから。別れよ」


謝罪と別れの言葉を残して通話は切れた。あまりの出来事に剣持の連れたちも言葉を失っていた。











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