第6話

私服に着替えた優亜は、制服とはまたがらりと印象が変わっていた。ミントグリーンのニットと白のフレアスカートという春らしい色合いでシンプルで清潔感があり、可愛らしさを兼ね備えたガーリーなスタイルにヒールの着いたブラウンのミドル丈ブーツを合わせることで大人っぽくなり、上手くバランスを取れている。


身長や見た目から年齢より幼く見える優亜だが、そんな見た目をコーデによって巧みにカバーしてみせていた。ファッションに疎い凛でもオシャレに感じるのだから尖り過ぎず誰もがオシャレだと思えるラインにまとめているのだろう。


そのエキセントリックな言動からもっと尖りった格好をしていると思っていた。優亜の独特な感性は万人受けするような格好よりも自分の好みを優先した個性的な格好を好むように思えたからだ。ようはTPOを弁えたということなのかもしれない。


バイトを終えた優亜が合流したので、本格的に移動するという流れとなった。


「優亜先輩も来たから、そろそろ出よっか。お会計して来るからりんりんは先輩とちょっと待っててね」


席を立つと菫はレジへと伝票を持っていった。


「すみれちゃんの奢りなんだね」


やはりというべきか優亜はそこが気になったらしく、首を傾げる。凛としても奢ってもらうのはなんだか心苦しいのだが、菫を立てることを選んだのだ。


「出すよとは言ったんですけど、どうしてもと言われまして。次はしっかりと俺が出しますよ」


「えっ!女の子に貢がせる派じゃないの!?」


「いやいやいや、違いますけど?」


金を出すと言っただけで本気で驚かれた。優亜は凛のことをなんだと思っているのだろうか。そんなやり取りをしていると菫が会話から戻ってきた。


「出してもらって悪いな。ご馳走様でした。今度は俺が出すよ」


幼なじみと出かけるだけだと大して意識はしていなかったが、図らずも次のデートの約束を取り付ける形になった。嬉しそうに頷く菫。それをみてニヤニヤする優亜。三者三葉の表情を浮かべながら、カフェを後にした。


◇◇◇


「それじゃ、新歓に行きますか」


優亜の号令に従い、歓迎会の会場へと足を進める三人。


(それにしてもやけに見られてないか。俺だけ睨まれてるし)


なんだか妙に視線が気になる。すれ違う人たちの視線がなんだか痛い。それも凛にだけ刺すような視線を向けてくるのだ。凛の両脇を歩く二人は特に気にする様子もなく楽しそうにおしゃべりに花を咲かせていた。衆目にさらされることに慣れているのだろう。だが、凛は違う。どうしても視線が気になってしまうのだ。


「優亜先輩、新歓楽しみですね。私にもついに後輩ができるんですよ」


「そうだねー。男の子が入ってくれるのは嬉しいよね。女の子だけだとやっぱり活動もパターン化してきちゃうし」


「ですよね。新しいメンバーが入れば、今までやれなかったことも出来ると思いますし。私、みんなで合宿とかしたいです!泊まりで海行ったり、BBQしたりとか」


「いいね!今度、まきちゃんと相談してみよっか」


盛り上がる女子をよそに凛は向けられる多くの視線にひとり耐えていた。睨まれるような覚えはないのだが、特に男の視線が妙に敵意に満ちているのだ。


理由は簡単だ。凛は気づいていないが、誰もが振り返る美女である菫と優亜を両脇に侍らせているからである。両手に花状態の凛に嫉妬の視線を向けているのだ。凛としては意図していないことなので、どうしようもないのだが、人の心とはままならないものだ。


そうして、嫉妬の視線にさらされること数分、ようやく会場となる居酒屋に到着したのだった。


「りんりん、どうかしたの?」


「いや、なんかちょっと疲れただけだから気にしないで」


「女の子に挟まれて緊張したの?」


「そうかも知れませんね。優亜先輩も菫も美人だから」


凜としてはつっこむ気力がなく、本心というか事実をそのまま口にしただけだが、優亜は違った。まさかの不意打に冗談のつもりで言った優亜は顔を赤らめ押し黙ることになった。。


三人が到着すると、時雨と出雲が先に待っていた。


「「お疲れ様です」」


挨拶がてら時雨と出雲が合流し、5人となった面々。


「おつかれー」


緩い挨拶を返すと優亜がスマホを開いて時間を確認すると午後5時25分を過ぎたところ。集合時間迄にはまだ時間があった。


「ちょっと早いけど先入れるかちょっと聞いてきますね」


それを見て機転を利かせた菫が店へと入っていく。すると時雨が寄ってきた。何を言いに来たのかはだいたい想像がついたが、とりあえず挨拶だけはしておく。


「おつかれ」


「おっす。事と次第によっては俺はお前を切らねばならないかも知れない。よく考えて答えろ。なんで相川先輩と優亜先輩といっしょなんだよ!」


そら、始まった。凛は面倒くさげに溜息をついた。


「なんだね!その態度は!被告人、反省が足りないぞ!」


「被告人ってなんだ。めんどくせぇ」


「ひでぇ!凛だけずるいぞ!美人な先輩を引き連れてどこのブルジョワだよ。お前の血は何色だー!」


騒ぎ始めた時雨はとりあえずほっておく。時雨の態度でやっと先程まで自分が置かれていた状況と敵意に満ちた視線の意味を理解したのだ。


「優亜先輩とはたまたまだ。たまたま」


「優亜先輩とは?じゃあ、相川先輩とは違うのかよ?」


(いや、コイツ。こういうことは無駄に鋭いな。そして果てしなくめんどくせぇ)


尚も凛に詰め寄る時雨。凛はもう一度溜息をついた。


「わかった。わかった。言うよ。ホントのことを。菫と優亜先輩と三人でデートしてたんだよ。羨ましいだろ?」


ニヤリと耳打ちすると時雨はショックのあまり、呆然と立ち尽くす。塵となって今にも土に還りそうだった。凛はこれ以上相手にするのはだるいとばかりに立ち尽くす相棒を無視して出雲の方に移動した。


「彼方さん、こんばんは。今日もバイクで来たの?」


「こんばんは。バイクじゃなくて電車と歩き。バイクはあまり遅くまで停めておけないから。何時までかは分からないけど、せっかく大学生になったのだから朝帰りしてみたいじゃない」


「みんなで騒いで終電逃して始発でかえる。かっこ、終電逃しはワザとみたいな?」


「ふふっ、誰かのところに泊めてもらうのもありかな」


「先輩のとこか。俺たちと同じ1年の女の子が二人来るらしいから、仲良くなって泊めてもらうのも確かにありだね」


「彩峰くんが泊めてくれてもいいんだけど?」


「えっと、それは───」


「みんな、中入っても大丈夫だそうなんで行きましょうー」


凛が何かを言い終える前に菫によって二人の会話は中断され、皆が移動し始めたので出雲の言葉の真意を確かめることはできなった。


◇◇◇


新入生歓迎会の会場として幹事の菫が選んだのは、どこの駅前にもあるような有名な居酒屋チェーン店だった。翔陽大のゼミやサークル、学生同士の飲み会によく利用されている所謂、馴染みの店である。店内へと入ると既に凛たち同様の学生のグループがちらほら見受けられる。他のところも新歓やら何やらやっているはずなのでいても不思議ではない。


靴を各々下駄箱に仕舞うと木の鍵を持って、席へと移動していく。店員さんの案内で大人数用の宴会席へと通された。そこは座布団をひいて床に直に座るタイプの部屋になっていた。


「すみれちゃん、今日音子ねこさんとか4年生って来るんだっけ?」


「音子さんも新田さんも教採の方が忙しいからって引退宣言してたんで来ないです。たまには顔出すとは言ってましたけど」


「そっかー。そうだったね。うんじゃ、完全に私たちら3年がトップか」


どこに座るか迷っているとそんな話が聞こえてきた。サークルでも引退とかあるのかと思っていると菫が席の指示を始めた。


「とりあえず席は後で入れ替えたり、移動したり出来るので最初は1年生は左側に座ってください」


言われた通りとりあえず席に着く。時雨、出雲、凛の順に奥から座り、反対側には優亜、菫という感じで座る。


凛が知る限り、今日来るのは優亜、菫、真姫奈、出雲、時雨、2年の先輩がもう1人と1年生があと二人に自分を含めた9人であるため、まだ半分来ていない。なので、とりあえず談笑しながら残りの到着を待つ流れになっていた。


「とりあえず、皆さん飲み物だけ先に決めておいてください。えっと、未成年の人はお酒はNGでお願いします。最近、色々と厳しいので」


すでにメニューのアルコール欄を開いていた時雨が静かにメニューを閉じたのを凛は見逃さなかった。意外だったのは隣の出雲もアルコール欄を見ていたことだ。こちらも残念そうにしていた。時雨はなんとなく想像つくが、お嬢様然として真面目そうな雰囲気の出雲なだけに、想像しずらい。興味本位なのか、イメージとは違ってそういうことも経験があるのか謎だった。


「時雨も彼方さんもお酒飲めるの?」


思いきってたずねてみると二人は顔を見合わせたあと、互いに目を逸らした。そのやり取りでだいたいは把握できたが、面白そうなので答えを促すように目線を送り続けると二人とも観念して白状し始めた。


「実家ではたまにじいちゃんと飲んでた。たまに、たまにな」


やけに“たまに”を強調してくる。


おそらく“たまに”ではない。


「私も興味本位で親のを飲ませてもらったことがあって……。それが思ってたより美味しくて、それで……」


「それでハマったと」


「ハマったってほどじゃ。加藤くんと同じ。たまに。たまによ」


こちらもおそらく“たまに”ではない。


凛も飲んだことはあるが1、2回程度で美味しいとは思えなかった。そう考えると未成年でお酒を飲むのはいけないことなのだが、なんだか二人がオトナに見えた。それがちょっと悔しいのでちょっとを弄ることにした。


「時雨は浪人してたりして、俺より年上っておちってこと?」


「うるせぇ。タメだよ!現役生だっちゅうの」


「彼方さんもさては飲むつもりでバイク置いてきたでしょ」


「いやー、そんなことはないよ?」


ぎゃあぎゃあ騒いでいる時雨を無視して出雲に話をふると明らかに目が泳いでいた。やっぱりイメージとは違う。出雲の意外な一面を知ったところで知らない女子がふたりやってきた。


「「おまたせしてすみません」」


急いで来たのだろう。二人とも少し息が上がり、額にうっすら汗が滲んでいる。

優亜と菫、そして凛たちに頭を下げる二人。まだ集合時間内なので厳密には遅刻ではない。


そんな二人にすかさず幹事役の菫が手を差し伸べた。


「はじめまして。老喰おいばみさんとストーンズさんですね。今日は来てくれてありがとうございます。優亜先輩から聞いてます。そちら側の空いてるところに座って下さい。まだ、来てない人がいるから大丈夫ですよ」


入学式のときにも見せた淑女然とした立ち居振る舞いでやって来たふたりを席へと案内する。昔のお転婆な菫を知っている凛としてはこういう振る舞いを見ると彼女も成長したのだと痛感する。


幼なじみは今や立派な女性へと成長したのだ。おじさんとおばさんも喜んでいることだろうと変なことを考えているとふたりはそれぞれ凛の横の空いていた場所へとやって来た。するとふたりと目が合い、互いに軽く会釈する。


凛の隣に腰を下ろしたふたりの女の子たちは、時雨と出雲を除くと初めて会う同級生ということになる。


「どうも、はじめまして。同じ1年の彩峰凛です。よろしく」


老喰奏鳳おいばみかほです。よろしくね」


「はじめまして。チェルシー・紫乃・美濃屋・ストーンズです。JAPA……っじゃなくて、日本名だと美濃屋紫乃みのやしので、イングランドだとチェルシー・ストーンズです。ファーストネームで呼んでください」


奏鳳は簡潔に。チェルシーは丁寧に。それぞれ挨拶をしてくれた。仲良く話すふたりは大学入学前からの友達なのだろう。

楽しそうに話す奏鳳。彼女が動く度、ブルネットのポニーテールが元気よく跳ねている。顔立ちはアジア系だが日本人より彫りが深く、エキゾチックな印象を与える。奏鳳も日本人以外の血が入っているのだろう。チェルシーの方は透き通るような白い肌に腰まで伸びる豊かなハニーブロンドの髪、スカイブルーの瞳。完全に英国寄りである。


左に出雲。右に奏鳳と今日はよく女の子に挟まれるなと思いつつ、飲み物を選んでいると真姫奈ともう1人初めて見る女子が入ってきた。噂の2年の先輩だろう。菫や優亜と挨拶を交わし、真姫奈は優亜の横、2年の先輩は菫の隣に腰を下ろした。つまり、初めて会う先輩が凛の正面という形だ。


全員が揃ったところで菫が飲み物のオーダーの確認を始めてくれた。優亜がカシスオレンジ、真姫奈は梅酒のロック。初めて会う先輩は生ビールを。菫は幹事なのでお酒を飲むつもりはないようで、ウーロン茶を選び、時雨はコーラ、出雲とチェルシーがジンジャエール、凛と奏鳳がアイスティーを頼んだ。


呼び出しボタンを押すと店員がやって来て注文を取っていく。菫はそれぞれのドリンクと食べ物を頼んでくれていた。枝豆や唐揚げといったツマミの定番からサラダやポテトなどみんなでシェア出来るものをバランスよく選んでいく。


幹事は全体の仕切り役なので、なかなか落ち着かないだろう。席を立って凛は菫に感謝しつつ、運ばれてくる品物を受け取る手伝いをする。入口に近いチェルシーと奏鳳も品物を受け取り、それぞれに回してくれていた。


「今日は1年生が主役なのに手伝ってもらっちゃった。3人ともありがとう」


同じ1年の時雨と出雲は席が奥なのでなかなか手伝えないので、少し申し訳なさそうにしていた。


「菫、ごめんね。ひとりで幹事やらせちゃって。次は私がやるからね」


もう1人の2年の先輩も働く菫を見て、手を合わせていた。


「大丈夫だよ。今度は一緒にやろうね」


笑顔が眩しい。


飲み物も揃ったところで、いよいよ新入生歓迎会がスタートした。


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