第29話 rondo

 リーゼの奮闘で順に首が飛ばされていき、残っているのは、巨人、人間、ゴブリン、虚無の貌、が各一つずつになっている。


 俺は効かない子守歌はやめ、気持ちや雰囲気V i b e sを上げて、恐怖を遠ざけ、身軽さを大きく向上させる自作の呪歌「黄色の妖精の輪舞曲」を演奏する。

(唄わないものもまとめて呪歌と言っている。)


 前衛コンビが跳ね回るヒュドラを挑発しては突進を躱し斬りつける。伸縮する首以外の部分は硬くて斬れない。


 グヴィンとヴァンタユは二人して前後から挟みこみ、ヒュドラを少しでも一所に釘付けにし、リーゼが狙いを付けやすいようにサポートすることに専念する。

 気を抜けば即座にろくろ首のように首が伸び飛んできて喰われる。


 3体の双頭犬と攻撃にまわしたウィル・オー・ウィスプも左右を囲み良い働きをみせている。


 リーゼの、バン!、バン!と耳の奥まで空気を破裂させる音が響き、俺の演奏を遮る度に、時間差でヒュドラの頭がはじけ飛んでいく。



 だが、残る首が、ゴブリンの物一つとなったとき、ヒュドラが不穏な様子をみせる。

 白灰色のテカりのある体の、首を切り落とされて残った付け根が縮んで引っ込むように胴に吸収され、波打ちながら、最後の一本、ゴブリンの首へと脂肪が移動していき、太く長い、巨大なゴブリンの首を持つドラゴンの様になる。


「矢が尽きました…。」


 リーゼが間の悪いことを告げる。


 巨大なゴブリン頭の不気味な竜は、緩急をつけて首を伸ばし、重量ある巨体をコントロールして暴れ回り押し潰そうとする。種族がバラバラの多頭で制御できていなかった胴体を、頭が一つになって自由に動かせるようにでもなったのか、動きが本能的なものから思考を持ったものに変わっている。


 もとより俊敏さをもっていた動きにその巨体の持つエネルギーを目標に向けて飛ばされては近寄ることもままならない。ヒュドラの巨体からしてみれば、そこまでは高くはない天井と地面を跳躍し、跳びかかってくる。


 おまけに電撃の塊までブレスとして飛ばすようになった…。


 追い詰めたつもりが追い詰められていた。


「ヴァンタユ!おまえが代わってこれを持て。」


 ヘルメスは叫んで松明をヴァンタユへ放る。


 そして自分はハープを取り出すと、数ある強力な呪歌の中でも特に強力な効果のある曲「楽園の英雄への讃歌」を奏で始める。


「グヴィン!ヴァンタユ! 集中してよくこの曲を聴け!

 この曲は奏者の人数分の対象に時を進める効果を与える。だからキュラ。俺に合わせろ。出来なきゃ、このまま全滅するぞ。」


「へっ…!? 」


 突然の無茶振りだったが、集中し、音を聞き、それに重ねて、予測し、時に独自に先を作りながらも、超速の演奏に必死についていき、共演の音色は重厚さを増していく。

 デュオで歌の効果が発現した。


 グヴィンは、時の流れを無視した自分だけの加速した時間の中で一足に跳躍すると、必中の三連撃を、巨大になった自分によく似たゴブリンの首へ全身全霊で打ち込み、叩き落とした。


 合わせて、ヴァンタユが松明の炎で斬首された断面を焼き付ける。



 割り込んだ時間が収束する―――。



 落とされたゴブリンの首が、白熱し輝きを放つと音もなく爆発し、飛散した光の粒子がグヴィンに吸い込まれていった。


「な、なんだぁ!?」


 グヴィンも俺も驚きに声を漏らす。


 ぼんやりと意識が遠のいていくなかで、香の香りを嗅いだ気がした。




――― 気が付くと寝台の上で寝かされていた。


 タルタロスから戻ったのか…。横の寝台ではグヴィンが寝ている。


 部屋の装飾があのヘカテーの秘儀が行われた施設のものと違う。ヴァンタユ、リーゼ、ヘルメスがいない。別の部屋なのか?


 グヴィンも気が付いたらしく、ぼぉっとしている。


「ヘルメス達は、どこ行ったんだろうな。」


 俺はそう言いながら起き上がろうとすると、体の節々が痛んだ。特にあのヒュドラの攻撃は受けなかったはずだが…。緊張で変な力でも入っていたのか。


「相変わらずだなぁ。気付いてないのか?」


 呆れたようにグヴィンは言った。


「ヒュドラを倒したから戻ったんだろう…?」


「確かにそれはそうだけど…。どこまで戻ったか。冥府…、いや、オルカツォトに着いてから、何があったかしっかり思い出してみろよ。」


 即答した俺に、グヴィンはやはり呆れつつも、丁寧にもう一度思い出すよう促した。


――― オルカツォトを出発する前の記憶がすぐに思い出せなかった…。グヴィンは静かに待っている。


 ようやく思いついたのはバングヘルムで共通語を学んだこと。そのとき、女の子が一緒だった。


 ツナツル…、そういえば、ツナツルはどこにいったのだ。オルカツォトを出てからいなくなっていた…。一緒に旅をしていたはずなのだ。ツナツルとバングヘルムの記憶をすっかり忘れていた。


 そうだ、ツナツルとともに、魔道書『ヘス・ヲ・ホーソア』を探していた。オルカツォトに着き、二人が行方不明になって―――


「グール達の集団に襲われ…、縋り付き号泣するツナツル…、ズタボロで黒紫になったグヴィン…を見た。」


 その先は、また記憶が途切れがちだ。暗い黒い靄がかかり、オルカツォトを出てリュナイへと向かうところに記憶は飛ぶ。


「俺は死んだか、死に瀕したはずだった…。文字通り冥府から戻った、戻して貰ったか…、だろう。」


 グヴィンは息を吐き出した。


 その後、部屋から出ると、そこはテンペスタの知人の屋敷で、ツナツルもおり、俺たちを見て号泣したのだった。


 ツナツルがかけ続けていた「他者治癒術」により生死の境でかろうじて命を繋いでいたグヴィンと、意識を失った俺をテンペスタと双頭犬で連れて帰り、グヴィンは集中治療がされた。しかし、グヴィンはもとより俺まで意識が戻らないまま、1週間近くが経っていたという。


 ツナツルと共に、今回世話になりっ放しのテンペスタにこれまでの事情を打ち明ける。


「ホントに生き返るとは大した生命力だ。グヴィンは命の灯がどんどん小さくなっていて、もう長くないと診られてたんだぞ。しぶとい奴だ。フ、ハッハッ!」


 そう言って見舞ったテンペスタとともに、まだ静養が必要なグヴィンを残し俺たちは部屋を出ていく。


 何度でも甦ってあなたを守るさ…。

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