第28話 石灰色の海辺

 翌日、厳重そうな軍事施設らしき結構な広さのある室内に、ヒュドラ討伐メンバーが集められ、もう一度、簡単に自己紹介がされる。


「俺はヘルメスだ。今日はヘカテー殿からこいつを借りてきた。攻撃役が切断したヒュドラの首の断面をこいつで焼いてまわるから、よろしく頼む。」


 男はそういうと、眩しく輝く炎が灯った松明を掲げた。

 神話で有名な金属製の羽根兜をかぶり、黄金のサンダルを履いている。腰に差している杖がケリュケイオンだろう。背にハープを背負っているのが気になった。


「私はリーゼ・モルメです。この度は私の不始末にお嬢様達まで巻き込んでしまい申し訳ございません…。お二人はこの身に代えても守らせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。」


 彼女がエンプーサと共にヘカテーに仕えるといわれるモルモーだろう。大人しそうな背の高い吸血鬼の美女はちょっとゴスの入ったメイド服を着ている。そして、背に巨大弩砲バリスタを背負っているのが気になった。城塞に固定して使うやつだろ…。内面的な儚げな印象とその体躯を含めたスケールにギャップを感じさせる女だ。


 そして、ヘカテーも参加し大要が説明がされる。対象のヒュドラは普通のヒュドラではないという話だが、神話のヒュドラ同様に尋常ではない再生能力が確認されており、ヘカテーの松明の炎をヒュドラの再生防止に使用する。立ち入りにくい場所故にそれ以上は不明だという。

 グヴィン、ヴァンタユが前衛で相手をし、首を刎ね、ヘルメスが切断面を焼く、意外にリーゼの巨大弩砲バリスタをメイン火力と計算している。俺は双頭犬で牽制しつつ演奏でバフを掛ける。回復はヘルメスがなんとかするという。


 何となく想像はしていたのだが、やはり細かい戦術等はない大らかなものだった。


 ただ、タルタロス突入の方法については、普通に向かっていたのでは時間がかかり過ぎることから、秘儀を用いるとのことだ。ただし、それは正しく行わなければ非常に危険であるらしく、魔女たちの女王とまで言われるヘカテー自らにより執り行われる。


 室内に置かれた簡易寝台の上に寝かされ、緻密に配分された複数の薬草を焚いた香の香りに意識が遠のく―――。




 気が付くと俺たちは皆、奇妙な空間で立っていた。ヘルメスの持つ松明の灯火に照らされて付近は明るいが、本来は光のない暗闇だろう。足元が脛のあたりまで水に浸かっている。下は灰色の泥のようで、浅い石灰色の海辺のようだ。


 松明から遠く離れればさすがに暗い。その暗がりに微光を放つ何かがいた。


 俺たちはそれがヒュドラかもしれないと近づいて行き、固い陸へと上がる。



 果たして間違いなくヒュドラなのだろうが、怪物はいた。そいつは巨大で全身が殆ど白に近い灰色のブヨブヨした原形質状の体をしており、数多の伸縮する首、象のように太い二本の肢、前肢が発達したような分厚く重たそうな翼、途中で千切れたような形の定まらず歪で不恰好な尻尾をしていた。


 何より異様なのが、その首が、幾つかは巨人、他に人間、オーガ、オーク、ゴブリンなどと思われる者共の物であり、それ以外は牙のある大口と鼻孔だけの顔のない頭であることだった。



「あらら、随分喰われたな…。」


 ヘルメスが何か気になることを呟く。


 ヒュドラが俺たちに気づき、その太くて長い首を大きくうねらせて威嚇する。


 リーゼが巨大弩砲バリスタを固い地面に力一杯に叩き付け派手な音が響く。下側にあるペダルへのその強い衝撃でようやくなんとか弦が引かれるという仕組みらしい。


 その音と同時に剣を抜いたグヴィンが駆け、ヴァンタユが円月鎌を投げ放つ。

 円月鎌が顔のない首を刎ね飛ばす。サンダルから大きな光の翼を生やしたヘルメスが、いつの間にかそこにいて傷口を松明で焼いた。


 さすが最速の神である。


 俺はまずは試しに子守歌の演奏を始めたが、効果はなさそうだ。

 グヴィンは自在に伸縮する首の攻撃に苦戦を強いられている。双頭犬達に攻撃させ牽制する。

 ヴァンタユは中距離から円月鎌を飛ばすが軌道を見切られたか、躱され始める。

 首以外の動きも見かけによらず機敏なのだ。


 突如、大きな破裂音とともに、巨人の頭がはじけ飛んだ…。


 すぐさま、ヘルメスが攻撃をうまく掻い潜り、松明の炎で断面を焼く。


 再び金属を叩き付けるバンと派手な音が響き、耳がキーンと鳴るのを目をしばたたかせながら驚き見れば、白髪赤眼の背の高い吸血鬼が両手で握りしめた巨大弩砲バリスタを岩肌に叩き付けたところだった。

 続けて迅速に、肩に巨大弩砲バリスタのストックを当てると格好良い長い腕で狙いを定め、少し足を開いた直立不動の構えのまま、巨大な金属の矢を放つ…。すさまじい反動を摩擦か熱気でか湯気立てながら上下全身の筋肉で抑え込む。


 その鬼気迫る姿は言うことを聞かない子供達千人でも纏めて楽に漏らさせる程度の迫力はあった。

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