第27話 Gwyn

 地下回廊の旅が続く中、集団は三叉路に差しかかる。脇にヘカテーの3面3体像が建て祀られていた。ヘカテーもヘルメスのように旅の安全を祈願されたというが、それは守護的な意味合いよりも、災厄から回避・見逃してもらう意味合いではないか。エンプーサに絶賛とり憑かれている俺は思うのだった。


 大隊商キャラバンは三叉路で迷いなく少しのスピードも緩めることなく直進する。まるで岐路に気付いてないような様子に不審に思っていると、ヴァンタユに文字通り双頭犬ごと制止された。


 俺とグヴィンの乗る双頭犬、ヴァンタユ・エペの乗るバイコーンだけが集団から取り残される。集団は俺たちにまるで構わず行ってしまう。


「何だ?どうしたんだい…。」


 俺はヴァンタユに問いかける。グヴィンは片手半剣に手をかける。


「あなた達はこっちよ。」


 まったく意識していなかったところから、突然掛けられた女性の声にビクッっと驚き顔を向けると、三つ首に鬣のある白い巨大な狼に跨った少女がそこにいた。


 少女は14歳くらいに見えて、薄い桜色のワンピース、キャミソールで丈の短い俺のと全く同じようなデザインのもの、を着ている。片手に松明を持ち、手前に小さなイタチをちょこんと乗せていた。


 ヴァンタユがさっきまでと打って変わって落ち着かない様子で固まっている。


「ついて来なさい。」


 俺とグヴィンは、逆らう気など微塵も起きず、蛇の尾を振りながら歩くケルベロスに跨る少女の後に従う。


 松明の輝きに照らされた回廊を抜けると、途方もなく広い空間に出た。


 ケルベロスと少女の姿は消えている。


「後はあたしが案内するよ…。」


 緊張が解けた感じのヴァンタユがそう言い、先導する。


 真っ直ぐ遠方に見えるタージ・マハルのような壮麗な宮殿に向かいバイコーンを進ませる。道中の、遥か彼方まで広がる都市市街のその大通りには、上半身は美しい人の女だが、下半身が獅子の体をしたラミアや、稀に下半身が巨大な蛇の尾のラミアが行き交っていた。たまに俺への視線に何か尊敬か羨望が混じっているような気がして、視線を合わせると、恥じらうようにさっと俯かれる。



 連れてこられた宮殿の広間では、光沢のある黒皮の際どいボンデージ衣装を身に纏った、二重の意味で女王然とした黒髪長髪ストレートの美女が、玉座で細く長く艶めかしい足を組んで待っていた。肘掛けにはイタチがちょこんと立っていて、傍らにはケルベロスが寝そべりこちらを眺めている。


「キュラ・キュプラスキーとグヴィン・ゴヴィンの両名を連れて参りました…。」


 ヴァンタユ・エペはそう告げると傍らに下がる。


「ご苦労様。あなた達も遠路お疲れ様でした。

 二人とももとより縁がないわけでもありません。故郷にいるように振る舞って構いませんから、緊張しないでください。」


 女王様はそう言うが、彼女が格の違う存在だというのは、わかっていなくてもビシビシ肌に感じる。

 何でここに連れてこられたのかもわからない俺たちは自然沈黙してしまうのだった。

 そんな俺たちに気遣ってか彼女が言葉を続けた。


「まずここは冥府の一角で、気づいているかもしれませんが、私はヘカテーです。

 神話のスキュラの母女神だとされることもありますね。


 …これでちょっとはリラックスできるかしら。


 まぁ、それがここへ呼んだ理由じゃないですけれど、娘を思う親心みたいな気持ちもないわけじゃぁない。」


 優しく微笑んでくれるのだけれど、覗いた犬歯が少し怖い。例え神話上の一説でのことだとしても、母様に際どいボンデージ衣装で微笑まれたら困るだろう。いくら見かけが妙齢の美女でもだ。


 ヘカテーはグヴィンに目を合わせて真剣に話しかける。


「グウィン…。いや、グヴィンでしたね。あなた達を見込んでどうしても頼みたいことがあるのです。

 実は、そこにいる吸血鬼がドジを踏んで、タルタロスに外世界のヒュドラを招き入れてしまって…。退治したいのです。

 当人は当然ですが、こちらに居られるヘルメス殿が助力くださるので、ヴァンタユと共に討伐に加わってもらいたい。

 当然、礼は存分にさせてもらいます。」


 ヘカテーの傍らにいた、大きな羽根飾りのついた兜を手に持った、金髪の二枚目な若者がにこりと挨拶する。

 そして、痩せた細身であるが、身長2mは優にありそうな、黒いメイド服を着ている女性が申し訳なさそうにこちらを窺い頭を下げる。大きな赤い眼をして、透けるような色白な肌と白い髪をしている。件のドジを踏んだ吸血鬼か。


 断れる気概が俺たちにはなかった…。

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