四十、人間になりたーい

「ふはは、これが人間の感覚か。とっと……バランス取りずらい」


 大仰な仕草で手足を動かした少女が、転びそうになって堪える。

 腰まで伸びた黒髪が、さらりと宙を流れた。

 少女。妙齢な少女。

 どう考えてもピー自主規制な裸の少女の出現に、私の理性は崩壊して……じゃなくって。


『なんで、あんたが人間になってんのよーっ!?』


 勢いで首の蓋が飛び出して宙を舞い、くるりと一回りして戻ってくる。

 くっ、どうしたって綺麗に帰って来るのね。いや、帰って来なかったら困るけど。

 さすが、実は無属性魔法扱いだった【万物操作】。


 って、そんな事よりも!

 どうして人間の魂を持った空き瓶の私が渇望してやまない身体を、最強のモンスタードラゴンという文句なしの地位にいるコクジュが獲得してんのよ。

 首を回すのもままならい、私への当て付けかー!?


「なに、人化の呪いを掛けただけだ。お陰でドラゴンとしてのパワーは失ったがな」


『いや、そんな解説どうでもいいです。私の気持ちも考えてくれないでしょーか?』


 地面に置かれた私の元へやってくると、両手で丁寧に持ち上げて胸元まで持ってくる。

 まぁー、衝撃緩衝力の少なそうな胸部だこと。


「スマンな。これは貴様の姿を参考にして構築した魔法なのだが……」


『それって、私がペチャってことかーい!』


 コクジュの検討違いな気遣いに、またしても私の蓋が宙を舞った。




『スミー、スミー』


 巨大な光る鉱石に囲まれた空間を、スミーが揚々と飛んでいる。

 コクジュがドラゴンの姿から人間の姿に変わったことによって、元気が出てきたようだ。

 ほんとハイエナちゃんねぇ。もしくは内弁慶ですか?

 まぁ、スミーがいたところで話に参加できるわけじゃないから、その辺で遊んでらっしゃい。

 あんまり遠くまで行くんじゃありませんよー。


『ほんで、人間の身体になってどーすんのよ? ホント、私への当て付け?』


「いや、そうではないが。単に興味本位で魔法創造をやってみたら、出来たというだけだ」


 やってみたら、できた。だとー!

 あぁ、確かにコクジュのチラッと見えたステータスには、私も持っている【魔法の才能】があったものね。

 あれがあれば魔法の管理が楽になるし、魔法を創造する際に色々と分かるようになる事もある。

 感覚に寄るところが殆んどなので上手く言い表せないけど、ドーンといけばギューンとなる、みたいな感じかしら。

 そうしたら、スポーン! っと魔法ができあがるのよね。


『ぐぬぬ、チートステータスめ……』


「チート? なんの事か分からんが、やってみて人間の身体に変える変換魔法について、幾つか分かったことがある」


『なぬ?』


「姿を変える魔法の根幹的な話だ」


 なに? 思いつきでやってみたら出来たけど、更に魔法の構造に関しても理解がありますだと?

 だからそれが、私への当て付け以外のなんだってのよーッ!?


「お、落ち着け。属性が違う我々は同じ魔法を教えることはできないが、魔法を創造するにあたっての基本的な構造自体は、他の属性魔法に転用できるかもしれないということだ」


『……ほへ?』


 半眼になりながら、呆れたように一つ息を吐く少女コクジュ


「貴様も持っているのだろう? 【魔法の才能】を」


『な、何故それが分かった……』


「貴様の魔法は自由過ぎるからな。普通、魔法を使う者は特定の魔法しか使うことができない。昔から存在するような、決まった魔法しかな」


 なんと、やはりそうだったのか。

 基本的にこの世界の魔法は、魔法として確立したあるものでしか覚えることはできないと。そもそもにして、魔法を創造すること自体がイレギュラーなものなのだ。

 その辺りは異世界クオリティってとこかしらね。

 女神も私が魔法を創り出すなんて、思ってなかったんだろう。


『つまり、頑張れば……私は、私だけの魔法で人間の身体を獲得することができるかもしれない……っての?』


「そうだと言ってる」


 ━━ッポーン! 興奮のあまり、三度目の蓋が宙を舞った。



『そ、それで。人間の身体になるにはどうしたらいいの!?』


 いきなりふってわいたチャンスに、思わず空き瓶の身体が前のめりになる。

 もちろん身体は一ミリも動いてない。気持ち的な問題ね、気持ち的な。

 そんな空き瓶談義はいいのよ。早く人間の身体になりたぁーい。


 人間の身体を取り戻したら、踊って笑ってお風呂に入って……いや、ご飯を食べるのが先かな?

 走って、飛んで、跳ねて、転がるのさ。

 転がるのは空き瓶の方が得意そうね。でも、自力で動けないから人間の方が得意なんでしたぁー!


「おい、聞いてるのか? 貴様……クリア!」


『ハッ!』


 人間の身体に戻れることに歓喜し過ぎて我を忘れていた。

 コクジュから人化の魔法の構造について聞いてたんだった。

 肝心の魔法のをしっかり聞いておかないと、人間の身体になれないわよねぇ。私ったら、いっけねぇ~。


『はいはい! 聞いてます、聞きます! なんでしょう?』


「……まぁ、いいが。して、人化の魔法だが、自分を他の何かに置き換える、というイメージが重要だと思われる」


『へぁ? そんな簡単なイメージでいいの?』


 念願の魔法な割にはあっさりとした内容に、私のボルテージも一段落ちる。

 だってねぇ。そんなんだったら、元々人間の私にはとっても簡単だと思うもの。

 自分をイメージするなんて『スクリーン』でできてるしね。


「うむ。実はお主の『スクリーン』とやらを見て、殆んどできているんじゃないかと思っているのだが……そうであるからこそ、貴様のイメージはそこで止まってしまっているのだ」


 なに? なぞなぞの類いですか?

 できているようで、できないものってなーんだ? 答え、人化の魔法!


「貴様は空き瓶の身体を人間にしようと考えてしまっている、ということだ。せっかく自身の身体を映し出す魔法を持っているくせに、それを自分に思っていない。そこは、我には理解できないところだ」


 あ、あー……なるほど。

 私は固定観念に囚われてたってことか。


 だって、映像は自分ではないもの。

 写真やテレビや、果ては3Dグラフィックまで。私のいた世界ではそういった技術は当たり前だった。

 当たり前過ぎて、それは映像という認識を持ってしまう。

 そりゃそうだ。ビデオに撮った自分の映像を見て、これは本物の自分だ! なんて言う奴はいない。

 テレビのない時代からタイムスリップして来た昔の人が、箱の中に小人が入ってる━━などと騒ぐ定番の話があるが、それに近いものなのかもしれない。


 うーん、まさか現代日本人であるが故に仇になるとはなぁ……。

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転生したらポーションの空き瓶だった 猫地獄 @nekojigoku

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