三十六、お話し合い②

『な、なんだか物々しい名前が出てきたものね……』


 思わず私はそう呟く。

 だって、厄災ノ迷宮カラミティにブラック……えーと、カースドラゴンですって?

 どんだけよ。どんだけなのよ、ドラゴンさん。今年で十四歳なのドラゴンさん。あ、ブラックカースドラゴンさん。

 んー、名前が長い! せめて日本語に訳して、黒呪竜からの……コクジュ。うん、コクジュにしよう。

 自己紹介が終わったのなら、次はアダ名を付ける番よね。

 これで親しみも増すってもんだわ。


『それでコクジュ。ここは具体的にどういう場所なの? 私は赤土のダンジョンってところにいた筈なんだけど』


『待テ。、トイウノハ、ナンダ?』


 更に不思議そうに首の角度を増すコクジュ。


『何って、あなたのことよ? ブラックカースドラゴンじゃ長過ぎるから、日本語に訳してコクジュ。気に入った?』


『……好キニ、呼ブガイイ』


 多少の呆れを含んだ思念に、『日本語ッテ、ナンダ?』みたいな疑問も含まれてた気がするけど、ここはパワープレイでいくわよ。

 だって、毎回ブラックカースドラゴンなんて呼んでたら、舌を噛むわよ。

 うん? 噛む舌なかった!



『えっと、厄災ノ迷宮カラミティってダンジョンよね? 具体的にはどの辺りにあるの?』


 文法はいつ、どこで、誰と、何を、した? だからね。

 今がいつかなんて、異世界から来た私にはどうでもいいし、コクジュだって判明したから、ここがどこかは聞いておきたいわよね。

 ダンジョンってだけじゃなくて、世界のどこにあるのか、とかよ。


『グガ。貴様、ソンナ事モ、知ラヌノカ。ココハ、オーグスト大陸ノ中心。ソノ、真下ニ広ガルノガ、我ノ住ム、厄災ノ迷宮カラミティダ』


 いや、そんな事も知らんのかって、異世界人の私に分かるわけないでしょ。

 そもそも、分かんないから聞いてんのよ!


『ムグ、ムガ』


 私の思念を受け、唸っているコクジュ。

 尊大な態度かと思いきや、気遣いもできるドラゴンだなんて、なかなか面白い奴ね。

 知性があるって素晴らしいわ。

 ドラゴンでも、空き瓶でもね。


 ともかく、ここはオーグストどっかの大陸の真ん中の真下ってことね。

 赤土のダンジョンや、領主の納めるアーケル領もその大陸の上にあるってことだ。

 そういや、領主の名前聞かなかったわね。

 リィナはパパ呼びだったし、兵士さん達は役職でしか呼んでなかったもんね。

 もう一度会えるかなんて分からないし、まいっか。


『他にも大陸ってあるの?』


『我ハ、コノ大陸シカ、知ラヌ。我ノ種族ハ、厄災ノ迷宮カラミティノ主、ダカラナ』


 へー、そうなのー……って、ん!?

 今、コクジュの奴、変なこと言わなかった?

 種族がどうのこうのって、言ってた気がしたんだけど。


『ム? 我ノ種族ガ、ドウカシタカ?』


『私の聞き違いでなけりゃ、種族が厄災ノ迷宮カラミティの主って聞こえたんだけど』


『ウム。ソノ通リ、ダガ』


 肯定するように頷くコクジュ。

 いやいやいや、それが当然と言わんばかりの態度だけど、ちょっとおかしいでしょ。

 あんたの種族って、ドラゴンじゃないの?

 普通に考えれば、ドラゴンかブラックカースドラゴンが種族だと思うんだけど。


『フム。コレデ、信ジルカ?』


 そう言って、前足を上げるコクジュ。人差し指を伸ばすと、私の方に向けてくる。

 わあ、でっかい指ね。婚約指輪を作ったらとんでもない値段になりそう。

 給料三ヶ月分で足りるかしら。

 って、そうじゃなくて。


 私の中に、見覚えのある文字列が思念と共に流れ込んできた。


 名称 『ブラックカースドラゴン』

 種族 『厄災ノ迷宮カラミティの主』

 属性 『闇』

 HP 21825(+9999)/12048

 MP 19439(+9999)/9440

 スキル 【ドラゴンパワー9999】【黒呪魔法Lv2】【邪気】【魔法の才能】『呪魔法Lv10』『』『』『』……


『うぇええぇ!? あ!』


 私が文字列━━ステータスを読み取り始めたところで情報が途切れる。

 どうやらコクジュが意図的に思念を打ち切ったようだ。

 なんか、とんでもないステータスが見えた気がしたのだけど。ラスボスクラスの数値が見えた気がしたんだけど!


 うーむ……やっぱ、ステータスでは定番のHPMPのパラメーターは存在してたのね。数値が半端ない値だったけど。

 生き物にはあるんですか? 空き瓶なんて耐久値しかないってのに。

 無機物じゃダメですかー?


『種族ガ見レレバ、イイダロウ』


 私が空き瓶の不遇を嘆いていると、コクジュがフン。と、鼻息一つで拒絶の意を示す。

 んー、まぁ、ステータスって最大のプライベートな情報だからね。

 さわりだけでも見せてくれたのは大サービスなのかな? 別にこっちから、せがんだわけじゃないけど。


『ナン、ダト』


『いやいや、ありがとう。あなたの種族が本当に厄災ノ迷宮カラミティの主だというのが分かったわ。サンキュー、ベリマッチョ』


 不機嫌そうな気配を感じ、適当にあしらう。

 【思念伝達】って便利なようで、結構考えてることが筒抜けでもあるのね。

 プライバシーは大事にしたいお年頃。


 ━━『思念隠蔽』を習得しました。


 おわ! タイムリーなスキルを覚えたわ。

 プライバシーとか情報漏洩とか、現代人は敏感だものね。これは、異世界人にはあまりない概念かも。

 スキルLvレベルがないみたいだけど、ユニークスキルかな?

 その割にはだから、単にLvレベルがないタイプのスキルかしら。きっとそうね。


『フン、マアヨイ。我ノ種族ハ、我ノ存在意義デモアル。アノ女神ガ決メタ、トイウコトハ、気ニ入ラナイガ』


 あん? 種族が存在意義?

 ステータスって、そこまでの強制力があるものなの?

 じゃあ、私の存在意義は空き瓶か?

 種族が空き瓶とか厄災ノ迷宮カラミティの主とか、ワンチャンあの女神ってば、ステータスの設定の仕方分かってないんじゃないの?


 私は、私が学生だからって、学生らしくいようだなんて思ったことは……あるわな。

 むぅ、ってそーいうものなのかしらね。

 社会人したことはないけど、社会人としてとか。

 話の長い校長も学生の規範らしく……みたいなこと言ってたけど。


 んー、でもそれって違くない?

 その、から割り振られたのか知らんけど、枠組みの中に収まる必要なんかないし、好きに生きたらいいと思うのだけど。

 もちろん、人様に迷惑をかけないとかは当然よ。

 人として間違った行いをしなければ、あまり固くなり過ぎなくてもいいと思うのだけどね。

 臨機応変って言葉、私は好きよ。


『ドウシタ? 急ニ、黙リ込ンデ』


『ん? あー、そっか』


 タイムリーに習得した『思念隠蔽』のお陰で、私が急に喋らなくなったと思ったのね。

 スキルの効果はばつぐんだ!


 しかし、コクジュの言っていることに一つ疑問が生じたわ。

 世界の管理者たる女神に、役割を与えられたコクジュ。

 でも、そのコクジュがさっきまで憤っていたことがある。

 それはお互いの関係性を考えると、ちょっと妙な話なのよね。


『ところでさ。さっきは「おのれ、勇者がー」とか言ってたけど、勇者となんかあったの?』

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