三十三、決戦、ドラゴン(中)

「グルゥオォォ……?」


 視界の回復したドラゴンが、辺りを窺うように首を左右に振っている。

 その動きには、岩壁に激突したダメージは感じられない。

 ちぇ、あのくらいじゃ参ったりしないか。さすがドラゴンってとこね。

 私が夜中にトイレに起きた時に、目の前の襖に気づかず激突して天地がひっくり返った時とは大違いだわ。

 人は不意を打たれると、感覚がおかしくなるのを実感したものだけど、ドラゴンって頑丈ね。


 ……して、私達が今どこにいるかというと、変わってません。

 ばはたき自動機械ことスミーの奴が『フラッシュ』の直撃を受けて、移動することができなかったのよ。

 いや、急に『フラッシュ』させた私も悪かったと思うけど、そこは……ねぇ? 【思念伝達】さん仕事してクダサイ。

 でもそれで、ドラゴンが私達を見つけられないのは何故かって?

 ふふふ、策士のワタクシめが用いた手段は、『ミラージュ』によるカモフラージュです!

 スミーが私を盾にしたように、私も近くにあった岩壁を『ミラージュ』で再現して、目隠しにしたのよ。賢いでしょ?

 いやー、それしか手段が思い付かなかったよね……。


 このままやり過ごせるとは思ってないけど、時間を稼ぐことはできた。

 さあ、考えよう。

 空き瓶の身体しか持たない私には、考えることしかできない。

 それでここまで窮地を脱してきた。

 うーん、そこまで窮地と呼べる出来事はあったかな? やっぱ大したことなかったかもしんない。

 それは置いといて。


 一番最初に思い浮かぶのは、ここから魔法で直接狙うことだけど。

 今までのドロドロしたモンスターとは違って、ちゃんとした鱗に守られたドラゴンが相手だ。真正面から攻撃して通るとは限らない。

 攻撃したらまず位置バレするだろうしね。そしたらまた、身を隠す手段を講じなければならない。理想を言えば一撃必殺なんだけど、私にそこまでの出力があるとは思えないなぁ。

 できるのならヒットアンドアウェイってやつよね。それしかあのドラゴンと渡り合う方法はないのだ。


 よーし、結構ギリギリな綱渡りだってことが分かったぞ。

 やっぱり相手の強さが分からないのは難しいことだ。

 初見の相手ってのは怖いものね。いや、怖くはないんだけど、やりにくいってことよ。

 そもそも私は、自分の強さも分かっていないし。

 誰か攻略本持ってきて!

 古い? 誰か攻略うぃき立ち上げて!



 ドラゴンが空中をうろうろとしている。どうやら私達を諦めるつもりはないようだ。

 ワンチャンこのままどこかに行ってくれないかな。無理だろうなー、めっちゃ探してるっぽいし。

 そんなに恨みを買うようなことしたかしらね?

 粘着って怖いわー。精神耐性あるけどそれは怖いわー。


 うーん、考えるしかない身なのだけど、不毛な考えを繰り返しててもしょうがないわね。

 ここは一発、大きいのをぶつけてみるしかないか。

 ただ、一つ気づいたことがある。

 あの黒い竜、隻眼なのだ。

 片方の目が、何者かによって斬り裂かれて閉じてしまっている。

 モンスター同士の争いかしらね? どうにも鋭利な刃物で斬られた風だけど、モンスターにもそういう奴がいるだろうし。あ、あのサソリはそんな感じよね。

 刃物しか付いてなかったし。


 という訳で、弱点を狙っていこう作戦発令。

 弱点を狙うって言っても、既に塞がれた傷を攻撃してもしょうがないから、残った唯一の目を狙っていきたいと思います。目を鍛えるのは、生物的に不可能だものね。

 そうすれば、あいつの視界はゼロよ。

 え? 相手の弱点を狙うなんて卑怯?

 空き瓶の身体になってから言いなさいよー!


 よぅし。魔法を発動して……いや、待てよ。

 私の光魔法はその名の通り光を発してしまう。薄暗いダンジョンの中ではどうしても目立ってしまうだろう。

 それも『ライト』で光球を作り出してからの、『レンズ』に通さなければ攻撃力を持たせることができない。

 そうなると、どうしても相手に察知されてしまって、回避されてしまうのじゃなかろうか。


 うっわー、やっぱり考えるのは重要だわ。

 ここまでもう随分と考えてきてる気はするけど、考え過ぎるということはないわね、こりゃあ。

 魔法を放つ際の光を隠す手段を考えなければ。

 ぬあぁ、頭の回路焼き切れる。

 私ってば、人間の時よりもよっぽど考えてない?

 生きることに必死に考えなくてはならないなんて、現代日本住みやす過ぎぃ!


 光を隠蔽してはどうだろうか?

 光魔法には光魔法を。

 つまりは、『ライト』で生じる光を『ミラー』で隠してしまうという訳だ。

 そんな光学迷彩みたいなことできるかしら……【魔法の才能】さんどうでしょう?

 あ、無理? どうしても……無理ですか。


 私の周囲全体をそれで覆えばいいと思ったんだけど、どうやらLvレベルが足りないようね。

 どういう判定になってるのか分からないけど、異世界でも高度な魔法に位置付けされているのだろう。

 魔法は奥が深いわねー。さすがスキルと並ぶ異世界二大要素だわ。

 極めるにはまだまだかかりそう。極められるかが結構疑問だけど。

 時間をかければできるかもなー。私ってば空き瓶だし。

 無限ではないけど、有機物よりは時間が与えられているでしょう。


 ハイ、今は現状でできることをやるしかないわ。

 一つだけ、まだ試してないことがあるのよね━━『レンズ』。


 虚ろな空間が岩壁に偽装した私の前に現れる。

 さすがにこの空間の歪みが見つかることはないだろう。

 範囲も小さいし、辺りも暗いしね。

 だけど、魔力的なサムシングで勘づかれる可能性もあるから、早めに行動に移すとしましょうか。

 あ、それだったら『ミラージュ』の時点で気づかれるか。大丈夫だわ。


 じっくり、たっぷり時間をかけて狙いを絞る。

 アイツめ、くんくん岩壁に鼻を擦り付けて気配を探している。

 においで見つかる心配はない。ガラスは無味無臭なのよ。


「グルルル……ガァ!」


 ヤバい、気づかれた!?

 どうして? こっちに向かって来る!


「スミー?」


 背後でスミーが蠢く気配がした。

 私を盾にして岩壁の窪みにに引っ込んでたのが、気になって出てきたらしい。

 ああぁ、もう。余計な事ばっかりするんだから!


 大口を開けたドラゴンがこっちを目掛けて突撃して来る。

 ピンチはチャンス。逆に好都合だ。

 奴が攻撃に転じたとなれば、意識はそこに傾く筈だ。

 だから、警戒を怠る。

 そもそも、私のことなんて警戒しちゃいないだろうけど……私のの前に、無防備に口内をさらすことになるのだ!


 ━━『光よ、集まりて、貫け』


 ━━『ビーム』!

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