三十二、決戦、ドラゴン(上)
「ギャオオォン!」
うわ、うるさい!
ダンジョンを支配する絶対強者の咆哮が、辺りの空気を振動させる。
まるで身体に染み込んでくるような恐怖。
生身の身体があったなら、それだけで竦み上がってしまったでしょうね。
でも、私ってば空き瓶ですからー。
そんなくらいじゃ、尻込みしたりしないわ!
「ス、スミ、スミスミスミ……」
あ、尻込みしてるの一匹いたわ。
空中に静止しながら器用に身体を震えさせている。
ちょっと、私を揺らさないでちょうだい。落っこちたら困るでしょ。
「ギャオン!」
あたふたしてるうちに、黒き竜が動き出した。
巨体も巨体。
黒光りする竜が翼をはためかせ、ちっぽけな私達へ向かって降下して来る。
デ、デッカイわね。
そもそもなんで私達なんかを狙っているのかしら。
単に縄張りかなにかに侵入したんだろうけど……獅子は兎を狩る時も全力ってやつぅ?
ドラゴンが空き瓶を狙うには、力の差がありすぎるでしょ!
圧倒的な体格差。
指先で潰せる程に差のある者同士。
でもね、ドラゴンがさすがに妖精と空き瓶を狙うには、小さ過ぎるのよ。
さあ、スミー。私の言う通りに動きなさい。
……『スミー!』
「スミスミ……」
あれ? 私の【思念伝達】届いてるよね? 『オーイ?』
なんかものすごい便利なスキルを習得して、熱くなってきたって時に、肝心のスミーが固まってるわ。
む、無理もないか。私には『精神耐性Lv3』もある……あ、
でも、スミーはあの破壊の権化のようなドラゴンと向き合って、無事でいられる筈がない。
姑息な奴に限って、肝心な時に度胸がないのよね。しょうがない、こうなったら荒療治よ!
【万物操作】で
ポーションの空き瓶の操作はなんだ? 瓶は蓋を空けることが操作だ。だから、スキルで操作することもできる。
ちょっと強めにいくわよ、いけっ!
ポンッ!
「スミッ!?」
勢い良く飛んだ私の蓋が、スミーの顎を直撃した。
そのままの勢いで顔を跳ね上げるが、反対に跳ね返った蓋はちゃんと私の元に戻って来る。カチャン。
ふっふっふっ、これぞ【万物操作】の恐ろしさよ。思う通りに蓋を飛ばすことができた。
ポーションの空き瓶だからいいものの、これが生身の身体だとしたら妖怪首飛ばしね。
「スミー!」
私の仕打ちに、不満を表すスミー。
でも、これで正気に戻ったわね。私に文句を言う元気があるのなら、身体もきっと動かせる━━というわけで、『スミー! 気合い入れて避けなさい!』
「スッ、スミィィィ!」
スミーが羽をはばたかせ真横に移動する。ゴオッ! 元いた場所にドラゴンの巨体が通り過ぎると、強風が吹き荒れたようにして飛ばされてしまう。
きりもみ回転してから岩壁に打ち付けられる。
いてて、私は痛くないけど、スミーは大丈夫だったかしら?
「? スミ? スミィー!」
おー、なんか怒ってる。
圧倒的な相手に恐怖して我を忘れていたけど、実際に被害に遭って怒りの方が勝ったか。
いいぞ、その調子よ。
私はただの空き瓶じゃない。だって、神へ反逆する空き瓶なんだもの。
その空き瓶を持ち運んで利用してるあなたにも、この程度の障害は乗り越えてもらうわ!
『さぁ、スミー。あの黒トカゲをとっちめるわよ!』
「スミー!」
意気込みとは反対に、私達はでこぼことした岩壁に身を潜める。
ふむ。スミーの奴、分かってるわね。
相手は大型のモンスター。
小型に分類される私達が突撃したところで、薙ぎ払われるのがオチだ。
相手よりも体格に劣る者の勝筋は、基本的に搦め手……もしくは不意打ちしかない。
逸る気持ちは、確実な勝利への妨げになる。だから、冷静さで抑え込む。
頭に上った血は絶対者への反逆の心に。
今日も精神耐性さんは良い仕事してるわ。
新たに習得した【思念伝達】によって、スミーにもなんとなく意図は伝わっているだろう。
私は言葉で伝えようかと思ったけど、空き瓶と妖精(モンスター)との意思疎通に言語を使う必要はない。
というか、その辺りを上手くサポートしてくれる感もあるのが、このスキルのナイスなところだ。
つまりは、思ってればなんか伝わる。
だけら一先ずは、相手を窺う。
スミーもそれを感じて物陰に潜むという選択を選んだのだろう。
「スミ、スミッ!」
ん? なんでコイツ、私の事をバリケードにしてんの?
自分は岩壁の窪みに身体を潜りこませると、私を蓋するように並べ立てた。
━━スミーは守りを固めている!
ドラゴンが現れた。
ドラゴンは辺りを窺っている。
キラッ。
私の高貴なボディが反射して、居場所を教えてしまう。
ドラゴンはクリアを見つけた!
「ギャオオォン!」
おっ、お前なに縮こまってんのよ。ちゃんと逃げ回って相手を翻弄してよね!
全然意思の疎通できてなかった。あくまで自分が助かればいいとしか思ってないわ、この妖精。
せっかくの小型と機動性を自ら殺してどうするんだよ。
体当たりとかされたら、岩壁ごと潰れるぞ!
━━ええい、『ミラージュ』で……いや、詠唱が間に合わない。ここは『フラッシュ』だ!
「ギャオォン!?」
薄暗いダンジョンに強烈な閃光が迸る。
ここに向かってこようとしていた黒き竜の目が潰され、角度を変えて別の岩壁に激突した。
岩壁の表面は削られ、弾みで大小の岩が円柱状の空間の底へと吸い込まれていく。
よっし! いかにドラゴンといえど生物という枠を出ないのでは、こういった方法にも効果があるのだ。
そういう意味じゃ、スライムとかの方がやりづらい。
スライムに目眩まししても意味なさそうだもんね。あれ? スライムっていたっけ?
異世界のド定番モンスターまだ見てないかも……いやいや、それはどうでもいいな。
さあ、ドラゴンの視界が回復する前に移動するわよ?
「スミィィィ!」
目を押さえてのたうち回る妖精。
お前もかい!
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