三十一、遭遇

 オオオォ……。


 どこからともなく聞こえてくるモンスターの雄叫び……ではなく、大空洞を空気が流動する音。

 飛行型のモンスターを退け、スミーに抱えられた空路を順調に通った私は、超巨大空洞に出会していた。

 ほえー、今度は上部に伸びる縦穴だわねぇ。


 私はついつい見上げるような仕草をして、首が全く動いてないことに気づいた。

 そりゃそうよね。ポーション瓶の首がグニャリと曲がって、上を見上げれる筈がないわ。

 そもそも私の視界は全天視界。

 どこへでも視線を送ることができるし、いつでも見えている訳なんだけど、意識的に見てないとよく分からないんだよね。

 やっぱり空き瓶という身体に対して、人間の魂が上手く適合していないのよ。

 都合の良いこともあるにはあるんだけど、将来的にはなんとかしたいわね。


 ふと、思う。

 硬化のスキルは持っているけど、逆に軟化なんてスキルはあるのだろうか。

 軟化のスキルLvレベルを上げていけば、もしかしたら硬いガラスの瓶でも、首を曲げることが出来るようになるかもしれない。

 んー、ちょっとアニメチック。

 そんなコミカル路線は目指してなくってよ。


 そんな事より目の前の課題に注目しましょう。

 前回の縦穴は下に向かっていたので、重力に従って下りていくことができたけど、今度は自力で上っていかなくてはならない。

 自力でっていっても、羽を一生懸命羽ばたかせるのはスミーの仕事なわけだけど。

 ただのポーションの空き瓶に、どうにかできる手段があるわけないでしょ。

 ファンタジーじゃないのよ!


 モンスターの撃退は私がやってるんだから、なにも文句ないわよねー?

 なによ、その不服異議申し立てますみたいな雰囲気は。

 私達は一蓮托生でしょう?

 今度はあなたの番が来たってだけだから、さっさと私を運んで頂戴。


「スミー」


 不思議と私の意思が伝わったのか、不満に満ちた声で一声鳴くと、羽をはばたかせ縦穴を上昇し始めた。

 ふふん、そうよ。素直に頑張っていればいいんだわ。

 どさくさに紛れて人から散々魔石を横取りしてったのに、そのくらいやってくれてもいいと思うのよ。

 スミーだって、この縦穴は越えなきゃいけない難所だもの。それが私を抱えるくらい……まぁ、大変かもしれないけど。

 そうは言っても、ファンタジー的な力でスイスイ飛んでたんだから、今さら辛いってことはないと思うんだけどねぇ。

 私はもう何かを抱えることができないんだから、抱える側のことは知りません。


 切り立った断崖がぐるりと周囲を覆っている。

 円柱の内側を上っていくとしたら、こんな感じだろうか。

 壁面には光る鉱石が疎らに生え、ぼんやりと全容を映し出しているが、凹凸の中に暗く沈んだ場所もある。

 あれはどこかに繋がる横穴だろうか?

 それにしても、このダンジョンってデカ過ぎやしないかと思うのだけど。

 縦にも横にも、赤土のダンジョンを遥かに上回っているのは間違いない。

 そんな大規模な地殻変動があったのかしら。

 ダンジョン同士が繋がっていたのかと思っていたけど、どんな大ダンジョンに転がってしまったのか。


「スミッ」


 ダンジョンの神秘に首を捻っていると、頭上の運送主が声を上げる。

 短く、注意を促すかのような声。

 むぅ、またモンスターの襲撃だろうか。

 ダンジョンといえばモンスターだけど、ちょっと数が多いんじゃないですかね?

 こちとらお腹も減らない、疲労も睡眠も取らない身体なもんだから、時間の感覚が曖昧になっちゃってる疑惑あるからなぁ。

 実は結構な時間を探索しているのかもしれない。


「スミ、スミッ!」


 あん? なんかスミーが慌ただしいな。

 どうせ飛んでるタイプのモンスターでしょ?

 光線を発することができて、尚且それを自在に操ることができる私は最早サイコミュ兵器よ。

 精神が不安定になったり頭痛にも悩まされない私に、なにか怖いものがあるかってんですよー。


 ぐいっ、とスミーに掲げられる。

 なんじゃい? 高い高いですかい? ここは十分高い所ですよ。

 落っこちたら確実にパリンするでしょうから、揺らすのは止めて下さい。

 ちょ、ぐいぐいしないでってば! 


「ギャオオオォォォォン!」


 なんじゃー!?

 凄まじい咆哮にビリビリと空気が振動した。

 圧倒的な存在感。

 空き瓶の身にも関わらず、全身が竦み上がってしまうような力を放つ者が、頭上より現れた。


 ワニなんかよりももっと凶悪な口で、トラよりも鋭い前足の爪や、サイでも敵わない鱗に覆われた体表を、タカでは支えきれない雄々しき翼が羽ばたいている。

 私の持つ生物の知識では形容できない最強の生き物モンスター


 ━━ドラゴンだ!



「スミッ、スミー?」


 焦ったように私を覗き込んでくるスミー。

 いやいや、私も焦ってるわよ。あんなん初めて見た。

 ファンタジー上では最強のモンスターに数えられる存在、ドラゴン。

 それも、亜竜などに分類される類いではなく、完全なドラゴンの形態をしているように思う。

 よく翼と腕が別々かで区分するわよね。本当の異世界でも合ってるか分からないけど、あれは翼とは別に腕も持っている。

 それに、今まで見てきたようなドロドロの闇を纏ってはいない。ギラギラと輝くような鱗は漆黒で、尋常じゃない雰囲気を撒き散らしている。


 ス、スミーちゃん。いい子だからお家に帰りましょうね?

 私達はなにも見なかった。

 日本人特有のスキル。見て見ぬフリよ。

 あれ? この妖精固まってる?


 ━━ギロリ。


 私達の存在はしっかりと感知されている。

 こんなちっぽけな存在だというのに、敵意を当てられているのが分かる。

 スミー? スミーの奴、飛んだまま固まってる。器用な奴!

 ハイエナってるような奴ってば、こういう本当の強者に弱いんだわ。


 生物としての格を、嫌でも思い知らさせる。

 あんなものの前に、一秒でもいたくない。

 そんなのが、私達の行く手を遮っているのだ。

 私達なんかを、狙っているのだ。


 ……ちょっと待って。私、今は生物じゃなかったわ。


 私はただの無機物。

 ただの空き瓶。

 生物としての格を感じる? いいえ、私は生物ではありません。

 なら、怯える必要はないよね?


 だって、私が復讐しようとしてるのは、この世界の管理者たる女神なのよ。

 ドラゴン一匹に尻込みしてる場合じゃないわ。

 かかってきなさい、トカゲちゃん!


 ━━『鼓舞Lv1』を習得しました。


 ━━スキル【思念伝達】を習得しました。


 私の決意が、世界を熱くする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る