二十八、芋虫→蛹→なんて?

「……スミー、スミ!」


 そのモンスターは喜びの声を上げた。

 広げられた透き通る羽。よく見ると綺麗な模様が描かれている。

 やわ毛に包まれた身体。手足には生えていない。

 全身から燐光を発しているようで、暗闇にぼんやりと浮かんでいるように見える。

 人間の顔。

 妖精ちっくな長い耳が伸びてるけど、目は鋭く赤く光り、とても人間のような雰囲気はない。

 芋虫の出来損ない……が、動かないと思ってたら背中が割れて、中から妖精みたいなのが出てきよったー!


 モンスターって進化とかするのね……。

 あのグロテスクな芋虫の出来損ないが、綺麗な蝶にと思いきや、何故か人型っぽい妖精が出て来たんだけど。

 そこは蝶だろと。

 動きがなくなって塊っぽくなったと思ったら、蛹になっていたのね。

 芋虫が蛹になったら、次は蝶になるのがセオリーだろうと。

 進化っていうか成長しただけな気もするけど、芋虫が妖精になるんだったらやっぱり進化で合ってるわ。


「スミー」


 宙に浮かぶ妖精が、私のことを注視している……気がする。

 芋虫よりかは意思が分かるけども、所詮はモンスターでしょ?

 モンスターに空き瓶の事なんて分かるわけないでしょ。

 お、近寄って来た。

 じっと見つめてきますねぇ……。

 これ、私のことは認識してるっぽいな。

 普通に考えたら魔法を散々ぶっ放してるし、モンスターを倒してきたのだから、何者かの存在を疑っていいはず。

 でもそれが、一見してただの空き瓶の仕業だとは、分からないと思うのだけど。


「スミー? スミー!」


 のわっ! 掴まれた!

 完全に私の事を気づいてやがった。どうしよう!


「スミーィ! スーミスミー」


 身体が浮いたかと思うと、視界がぐるぐると回る。

 なんだ、なんだ、持ち上げられて振り回されてる。

 なんとなくだけど、この妖精……喜んでる?

 ちょっと、興奮してるのか知らないけど、一回下ろしてくれる?


「スミー」


 私の意思が通じたのか、それとも単に飽きただけなのか、妖精は私を地面に置いた。

 あっぶな。硬化スキルがあるとはいえ、耐久値を回復させる目処が立たない今は、少しでも消耗を避けたいところだ。

 あのままの勢いで放られてたら、ちょっとは減ってたかもしれない。


 妖精は自分も地面に降り立つと、ちょこんと地面に腰を下ろした。



「スミー、スミー」


 んー、やっぱ見られてる。

 悪意のようなものを向けられていないのは、恐らく間違いないのだけど。

 いや、羽も生えたんならどっか行ったら?

 私に執着する必要なくない?


「スミスミー」


 一向にこの場を離れる気がない妖精が、地面に落ちた石を拾い始める。

 ポーションの空き瓶である私を抱えるくらいのサイズなので、小石を持ち上げては私の前に並べていく。

 な、なにやってるんだ? あの石で私を割ろうってんじゃ、ないわよねぇ?


 小石を集めて来た妖精は、今度は小石を積み上げ始めた。

 なんか意味のある行動を取ってる筈だけど、私には意味が分からないのよね。

 私のお腹のポーションが狙いなら、高くまで飛んで落っことした方が早いだろうし。

 なにが狙いなのかしら……。


「スミィー!」


 小石を山のように積み上げると、喜びの声を上げる妖精。

 いや、全然分かんないんですけど。子供が遊ぶようなもんなのかな。

 妖精はこちらを見て得意気な表情を見せている。

 あー、私に見せ付けてんのか? 手足もしっかりと生えて、こんな事もできるって見せ付けてんのか?


「スミー……スミ」


 妖精が自分で積み上げた小石の山に頭を下げ始めた。

 あーん? なんでコイツ小石に頭を下げてんの……前世で小石に引け目でもあんのかい。

 頭を上げて、こっちを……見る。

 ほんでもって、また頭を下げる、と。


 これ、もしかして、私に頭を下げてない!?

 私の事を、崇めてる空気出てるんだけど!


「スミィー!」


 私の意思が通じた? のか、大喜びして宙に浮かぶ妖精。

 まさか、私が光魔法でモンスターを寄せ付けて、片っ端から倒していったから、私の事を崇めてるのか?

 私が倒したモンスターの魔石を食べて育ったから、私に感謝してるってのかー!?




「スミー、ミー」


 私は今、空を飛んでいる。

 ちょっと唐突過ぎたかな。芋虫から蛹を経て妖精に進化したモンスターに運ばれ、ダンジョンの中を飛翔していた。

 頭上に見える妖精。

 その両手に抱えられて、私は移動しているのだ。


 急に移動手段を得たのは喜ばしいのだけど、勝手に運ばれてるだけなのよね。

 この妖精━━スミスミ鳴くのでスミーという名前を付けた━━スミーが私の事を崇めるような行動を見せた後、ついには輸送し始めた。

 好意的に見れば、ポーションの空き瓶たる私には移動手段がなかったので大助かりなんだけど、どこに向かっているのかとゆーと、全くの不明なのだ。

 仮に私が自分で動けたとしても、行き先は不明なのだけど。

 にしても、どこに向かっているのかねぇー。


 広いな、このダンジョン。

 暗いは暗いのだけど、空き瓶の私には関係ない。

 魔力的なサムシングで周囲を知覚するのだけど、おっきな空洞にいるくらいしか情報がないのだ。

 所々に明滅を繰り返す鉱石のようなものが生えてるけど、そこで何かがある訳でもなく。

 赤土のダンジョンにもあったような照明設備だろう。

 なんでそこだけ親切なんだよと。


 うーん、ここはやっぱ赤土のダンジョンじゃないわね。

 こんなに広大な空間はどこにもなかった。

 あの時、ダンジョンが崩れ出した拍子に、さらに大きなダンジョンへと転げ落ちてしまったと考えるのが妥当だな。

 今考えると、赤土ダンジョンの真の姿ってのはこれの事だったんだろうか?

 出現するモンスターも変な闇のモンスターに変わったし、奥にはもっと広大なダンジョンが控えていた。


 領主パパったら、変な情報掴まされたのね。

 赤土のダンジョン程度では領地が潤わないと判断して、ダンジョンの変化にんだろうけど。

 完全に裏目に出ちゃったのねぇ……お陰で私もダンジョンを彷徨う羽目に。

 賠償、賠償よ。

 こんな暗いダンジョンの奥底に取り残されるなんて。

 ……ま、リィナの残した青ポーション製造アイテムで手を打ってやろう。

 私のお腹の中は占有部です。もう返しません。


「スミー、スミ!」


 考え事に耽っていると、スミーが騒ぎ出した。

 あによ、目的地にでも到着したの?

 眼下に感覚を広げてみると━━。


「ォ……」


「オォ……ォ……」


「プギ、プギィ……」


 闇に包まれたモンスターの大集合が感知された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る