二章、クリアの大冒険

二十四、崩壊後

 ━━ポツ。



 ━━ポツ。



 遠くから規則的に聞こえてくる水滴の落ちる音。

 微睡む意識に呼び掛けるその音は、ポーションの空き瓶でも気を失う事があるんだなぁ……などと考える、下らない思考を呼び覚ました。

 ブラックアウトした全天の視界が、次第に周囲の景色を浮かび上がらせる。

 あー、ひとまず私は生きています。

 生きてたわー。良かった。


 ここは、どこだろう?

 答えがダンジョンの奥底だというのは知ってるけど、ダンジョンのどの辺りに落ちたのかしらね。

 あの時は第一層にいたわけだから、そんなに深くには落ちてないと思うのだけど。


 感覚を伸ばす。

 辺りには薄ぼんやりと広がる闇しか関知できない。

 お外真っ暗、お先真っ暗なわけだけど、感覚としては相当に広い空間にいると思われる。

 てっきり私は瓦礫の下に埋まってるもんかと思ったけど、そういうわけでもないようだ。

 なんでか、ダンジョンの床にポツリと落ちているみたい。


 うーん? 上手いこと転がって瓦礫の下敷きになるのを避けられたのかな?

 カップ焼きそばを流しにひっくり返して、具の一個がポロリと転がり逃げてったよーな感じだろうか。

 いやいや、そんなわけあるまいて。

 まあ、それで困っているわけじゃないから、気にしてもしょうがないっか。

 寧ろ、予想外の幸運。

 私の悪運も捨てたものじゃないわねー。


 さて。

 さてさて。

 どうしよっかなぁ……。

 どうする、というのは、選択肢があってどれを選ぼうかという意味じゃなく、どうすることもできない、に対しての意味だ。

 え? ポーションの空き瓶になにかできると思ってるの?


 そうです。

 ここにはリィナはもちろん、私を拾い上げる人間はいない。

 ダンジョンの奥底。

 動くものすら見つけるのに苦労しそうな無人地帯。

 そこに置いてかれた私には、どんな選択肢も取り様がないのだ。


 あっはっは、いつだったかのゴミ捨て場を思い出すわねー。

 ポーションの空き瓶になりたての頃。

 どうにかして行動できないかと、思い悩んだものだったわ。

 あれから結構時間が経つものね。

 私のポーションの空き瓶生活も、多少は余裕が出てきたってもんですよ。

 それに、ポーションの空き瓶ではない。

 お腹に内包した青い液体。

 その中に浮かぶ萎びた種のようなもの。これが無限に……とはいかないだろうけど、ただの水を青ポーションに変えてくれる代物なのだ。

 それも私がMPマジックポイントを使ったって水になるだけだから、次々と青ポーションが生成されるって寸法よぅ。

 リィナが半分くらい飲んだから、満タンってわけにはいかないけど、十分ね。MPマジックポイント使い放題は生きている。


 魔法使えるべ? スキルはもちろん使えるべ?

 なんとかなるんじゃないでしょーかー。



 はい、一旦状況整理終了。

 状況は最初の頃より全然マシだ。なにせ、できる事が分かっているからね。

 空き瓶人生……空き瓶生? 言いにくいわ。

 とにかく、諸悪の根元こと世界の管理者女神をグーパンするまでは、私の意識が潰えることはない。

 このままダンジョンの遺物になるわけにはいかないのよ。


 とりあえず『マルチライト』っと。


 私は光魔法Lvレベル2の灯りの魔法を唱える。

 唱えるっても、無詠唱できるLvレベルだから魔法名を思い浮かべるだけだ。

 辺りに無数の光球を浮かべる。

 薄闇が逃げるようにして景色を映し出していく。


 いや、ぶっちゃけ物である私には明るさ暗さは関係ないんだけどね?

 それでも感覚を通して見るより、実際の映像として見た方が精度は高いだろう。

 得られる情報量は多いに越したことはないってね。

 目も耳も無い私に、どんな違いがあるのかは不明だ。


 全然気にしてなかったけど、私ってばどんな原理で周囲を把握してんのかな?

 赤外線? 急に現実的な空気が出てくるな。

 せっかくの異世界なんだから、魔力的なサムシングってことでひとつヨロシク。


 んー……なんもない?


 辺りはだだっ広いだけの空間だった。

 天井も高く、近くに壁もないようだ。

 本当に広いだけの空間に、孤独な私がただ一人。

 えー? ここが三階層のボス部屋だったとしても、こんなには広くなかったわ。

 赤土のダンジョンの構造自体が大きく変わってない限りは、こんな事はありえない。

 地盤が割れて、別のダンジョンにでも落っこちちゃったのかなぁ?

 どちらにしても、おかしな話である。


 ま、まあ、いいかー。

 いつだって私は全速前進。

 だって、前にしか道は続いていないものね。

 ここがどこだろうと、どうにかして移動するという目的が変わるわけじゃない。

 移動、もしくは脱出。

 再び人里を目指して、私は行くのだー。

 どつやって行くのかって? ふっふっふ、まずは前回のおさらいからだっ。


 ポーションの空き瓶は自力では動けない。手足が無い。転がったりもできない。

 消費するものがない【万物操作】のスキルで操作できるのは、その物が持つ正当な動作のみ。

 蓋付きの箱であれば、蓋を開くこと。

 物の持つ役割を越えては操作できないスキルだと、私は踏んでいる。

 光魔法に移動するタイプの魔法は、今のところ無い。

 こんなとこかー。


 わたくしの方針としましては、光魔法を創造して可能性を見つける方向で行こうと思います。

 光を利用してピカッと移動するとかね。

 実を食べてないとできない? じゃあ、無理だね。消化器官ないし。

 光魔法のLvレベルを上げるにしても、青ポーションがなかったらさすがに詰んでたかもなぁ。リィナに感謝。

 借りパク? 詰め込まれた物は返せませーん。


 今の私には異世界で培った経験がある。

 絶望には程遠いわ。精神耐性さんの出番はありません。


 ━━ヒタ。


 おや? 私の脳内会議を邪魔する者がいるわね。

 薄闇の中に、ナニカの気配を感じる。

 ダンジョン攻略部隊の生き残りでしょうか? このダンジョンの変わり様を見ると、さすがにそれはないか。

 、この気配には邪なものを感じる。


 ━━ヒタヒタ。


 そこのお前、モンスターだな!?


「……ォ……オォ」


 暗がりから現れたのは歪な黒い塊。

 よく見れば人の形をしており、その背丈は高くない。

 小人?

 自分がポーションの空き瓶なのでサイズが分かりにくいけど、子供の背くらいなものだろうか。


 あー、もしかしてこれ、あれかな……?


 私の異世界知識の中で一番近いのはアイツなのだが、どう見ても普通のモンスターじゃない。

 赤土のダンジョンに唐突に現れた、影を煮詰めたような闇のモンスター。

 あのモンスター達と酷似している。

 その異形に塗り固められたようなモンスターは、異世界の代表的モンスターであるゴブリンの原型を、辛うじて留めていた。

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