閑話、火憐な少女
「……ん、ふぁ、わぁあ」
早朝。
カーテンの隙間から光が差し込む部屋に、可愛らしい欠伸が響く。
少女はまだ眠いのか、ベッドから上体だけを起こしたまま寝惚け眼を擦っている。
昨日はちょっと遅くなったからね。
サイドテーブルに置かれた私は、起床した
くぅー! 美少女のオフショットって感じで、そそるわねぇ!
あ、いや、私にそういう趣味はないわよ?
次第に目が覚めたのか、リィナは起き上がると身支度をし始める。
ぐふふ、年頃の乙女の着替えシーンや━━って、私も年頃の乙女です。
身体はカッチコチに固まってしまったがなぁあ。
元と対して変わってない? 女神はジャスティスする!
桶に汲まれた水で顔を洗い、櫛で髪を鋤くと、赤いリボンで髪を結い上げる。
異世界でも、冒険者であっても、女の子は身嗜みをしっかりしなきゃね。
私も━━以下略。
女神━━略。
「おはようございます」
「おはよー、今日も夜まで出てくるからね」
宿屋の二階の部屋から階下に降りると、食堂を掃除していた従業員と挨拶を交わす。
ここはリィナが定住している冒険者向けの宿屋。
冒険者は大体宿に泊まるみたいで、固定の家を持つ者は少ない。
やっぱり、冒険者という職業柄なんだろうね。出ていったきり二度と帰って来ない、という事もあり得るのだから。
そんな者達が大金を出して家を購入しても勿体ないだけだし、売り手側としても物件の処理に困るだろう。
せ、世知辛ぇ……。
そんな過酷な職業である冒険者をしているリィナには、どんな目的があるのだろう。
こっちの常識や倫理観なんて知らないけど、私がリィナの親御さんだとしたら、心配するでしょうねぇ。
こんな可愛い娘が常日頃から命のやり取りをしているなんて、すっごい過保護に思ってしまうかも。
ま、私も対して変わらない歳だと思うのですが(精神年齢)。
なーんか空き瓶化してからちょっと達観した雰囲気があるわよねー。保有するスキルの『精神耐性Lv3』の影響もあるんだろうけど。
いや、精神に耐性ついてんなら変な親心とか持ったりしないか。
元々他人との関わりも希薄なタイプだったしね。
……その分、シチュエーションには弱いんだけどさ。創作物ばかりを盲信していた弊害ね。
その創作物が、今、現実化してんだけどね!
私が下らない思考に囚われているうちに、リィナは町の中を歩き、目的地へと向かって行く。
開拓村っぽい印象を受ける風景は、私の異世界観を煽る。
ろくに舗装もされていない道を、リィナの腰のホルダーに吊られながらのんびりと進む。
まだ朝の早い時間なのか、道行く人は疎らだ。
そもそも私は寝る必要のない身体なので、時間の感覚はズレてきている。
赤い地面と木造の家の並びを眺めていると、一際大きな建物の中に入る。
今日の目的地はここ━━ではなくて、冒険者である以上は毎回足を運ばなければならない場所だ。
「おはよう」
「あら、リィナちゃん。おはよう」
広間の奥に設けられたカウンターに向かうリィナ。
迎える受付嬢も手慣れた感があった。
昨夜は併設された酒場で一悶着あったのだけど、あの時の金髪の冒険者の姿はない。
リィナのような美少女が冒険者ギルドなんて場所にいたら、すぐにあの壁際にもたれ掛かってる人相の悪い男みたいなのが、声を掛けて来そうなもんだけど。
これが、だぁーれも絡んで来ないのよねー。
その理由は昨晩の酒場での出来事で判明した。
詠唱もなしに酒場で火球を作り出すような爆弾娘には、いかなならず者でも関わりたくないのだろう。
……リィナ、恐ろしい娘。
冒険者ギルドでの手続きを終えたリィナは、町の通りを再び歩き出す。
やっぱ異世界では、美少女であっても強い冒険者には手を出さないのが不文律なんだな。
酒場でもC級冒険者とか言われてたし、この辺りじゃリィナに敵う奴は少ないのかもしれない。
かわいい顔してコボルトを刻んだり、燃やしたりするしね。
「へーい、らっしゃーい」
「安いよ、安いよー」
冒険者ギルドからの道を歩くうちに、冒険者向けの店や露店が並ぶ通りにやってくる。
まだ日も出て浅い時間だと思うが、ここにはそれなりの賑わいがあった。
冒険者と思われる格好の人々が並ぶ商品を吟味し、そこに店主が売り込みをかけている。
おー、市場みたいな雰囲気があるけど、ここがこの町の繁華街なんだろうな。
私もこの中からリィナに買ってもらったのだ。
商売根性丸出しの行商人に売られたものだけど、リィナが見付けてくれて本当に良かったわ。
リィナにくっ付いて色んな場所を見ることができる。
これが下手な収集家とかに買われて、そいつが死ぬまで棚の中とかだったら……考えるだけでも恐ろしい。
もし、そんな事になってたら、私の精神耐性スキルがカンストしてたかもしれない。
店先に並ぶ商品を一通り見て回るリィナ。
私も倣って謎の装備やアイテムを物色する。
はー、なんじゃこの形状は。こんな剣を振ったら自分に刺さるだろ。
この盾は持ってるこっちが痛そうねぇ。どうして持ち手にまで棘を付けたのかしら……。
あ、あのアクセサリーはかわいいわね。
リィナも気になってるみたい。
「……うーん」
「どうだいお嬢ちゃん。今、王都で流行りのデザインだぜ?」
羽を模したネックレスだろうか。
シルバーのチェーンに繋がれた宝石に、羽が生えたような作りになっている。
ん、宝石じゃないのかな? これは魔石か。なにかしらの効果を持った装飾品という訳だ。
普通の宝石やアクセサリーもあるんだろうけど、冒険者向けの店が並ぶ場所では販売されていないのだろう。
こんなとこでも異世界ねぇ。
「おじさん。これ、まからないかなー?」
「値引きなんてしたら、商売上がったりになっちまうよ。コイツは王都からはるばる仕入れてきた品だからな」
まぁ、当然そうなるわなー。
値段は確かにいい値段をしている。正直、私より高いんですけど?
リィナもお金がない訳じゃないだろうけど、この世界じゃあ値段交渉をしないで買う奴なんていないのかもしれない。
貴族とかだったら言い値で買っていきそうだけど、冒険者からすれば己の命をかける装備品。
そこに妥協はできないし、色々と切り詰めないといけない部分も出てくるのだろう。
という訳で、リィナに安く売っちゃいなさいよー。
「むー、そうかなぁー。じゃあ、コッチのこれも買うからさ、ちょっとサービスしてよ?」
近くに置いてあったリングを手に取り、交渉を続けるリィナ。
指輪なのか? 同じ意匠が施された羽の付いた輪っかだ。
リィナの指には大き過ぎるような気もするけど……。
「あー、しょうがねぇな。お嬢ちゃんかわいいから銅硬貨一枚まけとくぜ」
「二つ買うんだから、二枚まけてよね?」
そう言って、真っ直ぐに視線を向ける。
屈んで上目遣いになるでもなく、首を傾げてあざとさを見せるでもなく。
その人の持つ独特の力というか。
ちょっと、オーラっぽいもの出てないかしら……。
「お、おぅ……嬢ちゃんには敵わねぇな。それでいいぜ」
たじろぐように一歩下がって了承する店主。
う、わぁ~、媚びるでもなく気迫で首を縦に振らせたぁ。
かわいいのに。見た目かわいい少女なのに、歴戦の商人が気力負けしたわ。
「ありがとう!」
商談が纏まったリィナは会心の笑みを溢す。
今度は店主のおじさんも、見惚れるようにしてぼけっと眺めている。
ギャップかよ。冒険者の気迫からの、美少女の屈託ない笑顔かよぉおお!
━━トスッ。
そんな少女の魅力に悶える私の
ほえ? ナニコレ?
会計を済ませたリィナが、私を手に取り目の前に持ってきた。
「うん、私とお揃いだね!」
そう言って、またしても少女は微笑んだ。
可憐な少女の笑顔に、私のお腹のポーションの温度が僅かに上がったような気がした。
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