二十三、崩壊

 無数の刃が宙を躍る。

 兵士を、冒険者を、映し出された幻影も纏めて両断されていく。

 血飛沫が巻き上がる。

 死の嵐が、辺りを蹂躙した。


 あ、あの刃のような身体が弾け飛んだのか?

 台風の目に意識を向けると、一回り以上小さくなった刃のサソリがいた。

 甲殻類が脱皮するように、身体に纏った無数の刃を射出したんだ。

 そんなのってアリ……?

 全方位へ向けた、不可避の範囲攻撃だなんて。


 床には倒れ伏す人の群れ。

 皆がどこかしらに大小の傷を負い、苦痛に呻いている。

 トラは無事かしら? 親バカ領主は? 隊長は?

 あんな攻撃がくるんじゃ、私の『ミラージュ』も意味がなかったかもしれない。


 そこでふと、気づく。

 私ってば無事よね。

 特大魔法を詠唱するリィナは後方にいたのだけど、どうやらここまでは攻撃が飛んで来なかったみたいだ。

 視界を上に向ける。

 私は未だにリィナの腰のホルダーにぶら下がってる。ということは、リィナも無事でいる筈なのだ。


「高まる、熱は……火を熾し、炎を創り……」


 少女は、苦渋の表情のまま詠唱を続けていた。


 衝撃に、悲鳴を上げてもおかしくなかったろう。

 詠唱を中断してもおかしくなかったろう。

 倒れた皆に、今すぐ駆け寄りたいだろう。

 父親である領主の安否を、トラの安否も恐らく気になっているだろう。きっと。

 だけど、ここで自分が詠唱を止めてしまってはダメだということを理解している。

 辛くても、今すぐ駆け寄りたい光景を見せられても、皆が足止めして紡いだ詠唱を止める事だけは、絶対にできないんだ。


「炎は渦巻いて、何人をも燃やし、貫く……光となれっ」


 ボウッ。

 を脱ぎ捨てた刃のサソリが、頭の炎を揺らす。

 術後硬直ディレイが解けたのか、魔法を詠唱しているリィナを見つけ、動き始めようとしている。

 意思を感じさせる炎が怪しく揺らめく。

 コイツめ、リィナの魔法を脅威と分かっているのか?

 私達のところに突っ込んでこようとしてる!


「━━『アトミックレイ』」


 リィナの詠唱が止まった。

 飛び出した筈の刃のサソリに、紅蓮の熱線が放たれる。

 飛び出した筈だったんだけど……リィナの魔法が強すぎた。

 渦巻く炎の奔流がぶち当たると、あの巨体を問答無用で押し返していく。

 それもあまりの熱量に、刃のサソリが赤熱している。

 金属の刃が組合わさった作りをしていたけど、その一本一本が赤く熱せられ、一部は融解していた。

 直撃を受けたサソリは軽い爆発を起こしながら、悪趣味な内装を造っていた柱に突っ込んで辺りを倒壊させる。


「う、わちゃちゃちゃあ!」


 飛び火した炎に煽られたのか、床に倒れ込んでいたトラが慌てて飛び起きる。

 やれやれ、どーやら無事だったみたいね。



「やったのか……」


 肩を押さえた領主が立ち上がり、状況を読み込んでいく。

 トラも、領主も、奥の壁面に叩き付けられた隊長さんも、皆無事だったみたいだ。

 全身のどこかしらから血を流した姿が、無事と言うのかは分からないけど。とにかく、生きてはいるってことよね。


「はぁはぁ、はぁー……皆、まだ終わってないわよ! ここから地上へ出るまでは、油断しないで」


 大量のMPマジックポイントを消費しただろうリィナが、息を整えて声を掛ける。

 最大の障害をはね除けたというのに、気を弛めてはいない。

 凄いわ、リィナ。しっかりと、まだここがダンジョンの中だって事を理解してる。

 十分立派に、民衆を率いていく素養を持ってるわ。私が一票投じてあげる。

 ポーションの瓶に投票権は無い? 異世界は世襲制よ!


 ━━ズ、ズズズドゴゴゴ……。


 そんなリィナの言葉を裏付けるように、激震がダンジョンの空気を揺らす。

 リィナの放った魔法の威力と刃のサソリが激突した衝撃で、ダンジョンが崩れ始めたのだろうか?

 というよりは、ダンジョン全体が鳴動しているようにも感じるけど……。


「うわっ! なんだこの揺れは!?」


「気を付けろ! 床が抜けてるぞ!」


 フロア全体が崩落し始めた。

 天井から尖った岩が落下して、床は亀裂が走り、暗い穴を作り出していく。

 なんだか唐突にダンジョンの崩壊だわ!


「総員、負傷者を引き摺ってでもダンジョンから脱出しろ! 出口はすぐそこの筈だ!」


 領主が指示を飛ばし、隊長が兵士達を纏め上げ、トラが冒険者を先導する。

 逃げる、逃げれば、逃げましょう。

 このダンジョンってば、建て付けが悪いんじゃありませんこと?

 最近は建築業者の不祥事も目立ちますし、ダンジョンの製作者はどなたかしら。女神ですね、許すまじ。


 さぁさぁ、リィナちゃんも。

 こんな不良ダンジョンに生き埋めにされるのなんてごめんだわ。

 私は生き埋めになっても、そのまま生きてるだろうけどね。人間はそうはいきません。

 そんな冗談を呟いた時━━。


 シャッ。


 金属の擦れる音。

 なにかが閃いた、気がした。


 ブチッ。


 なにかの千切れる音。

 訪れる浮遊感。

 あ、あら? いてっ、痛くはないけど床に落とされた感覚。

 コロコロ……地を転げる音。回転する視界。

 私ってば、なにが起こったの?


「あっ!」


 聞こえる少女の声。

 途中で千切れたホルダーが、腰からぶら下がっている。

 地面に突き立つ金属の

 あ、あれは……? もしかして、刃のサソリの尾っぽの刃?

 イタチの最後っ屁ならぬ、サソリの最後っ針?

 あれが、私を吊ってたホルダーを立ち切ったんだわ。


 ズゴゴゴゴ……。


 崩落する床。口を開ける虚空。

 そこに向かって、私の身体は転がっていく。

 転がっていくっていうか、リィナちゃんが離れていってしまう!


「おい、リィナ! 早くしろ!」


「あ、トラ……でも、あのポーション瓶が」


 悩むような素振りを見せるリィナだったけど、崩壊し始めたダンジョンでそれを気に掛けている余裕はない。


「死にたいのか!? 行くぞ!」


「う、うん!」


 トラに手を引かれたリィナが崩れた床から離れていく。

 か、悲しいけど、所詮はポーション瓶ね。

 露店で見つけた綺麗なポーション瓶と自分の命を比べたら、そう判断するのが正しいよ。

 一瞬、私を拾いに行くか迷ってくれただけでも、救われた想いだ。


 ダンジョンが崩壊を続ける。

 暗く口を開けた地の底へ、私の身体が吸い込まれていく。


 リィナ。短い間だったけど、私を使ってくれてありがとう。

 トラと親バカな領主と仲良くするんだよ。


 私も、地の底から応援してるから……。


 床が崩れ、天井が崩れ、瓦礫の波に飲み込まれる。

 うわぁ、これ耐久値もつかしらね。

 息もしてない身体だから、ダンジョンの奥底に埋まっても死にはしないだろう。

 地殻変動かなんかで、そのうち地上へ出れたらいいなー。


 ドドドザ……ザ……。


 降り注ぐ瓦礫。



 私の全天の視界が、黒で染まった。

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