二十二、死闘

「『ライトニング』!」


「こんのぉ!」


 速攻という言葉に相応しく、冒険者を襲撃者に対して閃光と火球が勢い良く射出された。

 声の主はトラとリィナ。

 この二人は周りの兵士や冒険者がついていけてない状況で、咄嗟に最善の行動取っている。

 恐ろしい襲撃者に対する迎撃だ。

 リィナなどは、さっきまで私に疑問を持って首を傾げてたというのに、気づけば火球を投げていた。


 炸裂する光と炎が襲撃者を襲う。

 軽く悲鳴を上げるも、露になった襲撃者はダメージを受けているのか分からない。

 その身体は、鋭い刃で構成されていた。

 なんだろう、あれ。

 刃が組合わさった巨大なモンスター。

 多足の生き物のように蠢いていて、カマキリのように長い腕を持っている。

 あの腕……完全に鎌だ。

 あれを音もなく振るって、人間を刈っていたんだ。


 ギチギチ━━刃でできた口が蠢く。頭の部分。真ん中に浮かんだ赤い人魂のような炎。

 この不気味なダンジョンを象徴するような特大のモンスターが、私達を逃がすまいと襲い掛かって来る。


「避けろ! ぐっ!?」


 剣を翳した隊長が、兵士を庇うように前面に立つ。

 鎌のような腕と激突した剣は押し切られ、隊長が吹っ飛ばされた。

 次は冒険者。

 兵士は棒立ちのまま血飛沫を上げる。


 な、ちょっと圧倒的じゃない!? 殆どの人が反応できてないじゃないの!

 それも仕方のないタイミングか……。

 ここまで気力だけでやって来たものね。皆、疲弊し切ってる。

 命懸けでやって来たってのに、最後の最後でこんな奴がいるなんて。

 一部の動ける人間で、なんとかするしかない。

 既にトラやリィナは最大級の警戒で動いている。

 私もっ、四の五の言ってないで参戦するわよっ。不審がられるのは、生き残ってからだ。


「うおおおぉ!」


 ガッギィン━━という金属音に、相当な力が加えられた一撃と思えるのだけど、のモンスターは鎌のような腕で平然と受け止めている。

 領主が振り下ろした大剣を難なく打ち払うと、付近の兵士を鎌の餌食にし始める。

 無差別に襲ってくるわね、この化け物は!


「手数が多い! 一斉に攻撃を仕掛けて手一杯にするんだ!」


 領主が号令を掛ける。

 このモンスター、言うなれば全身刃のカニみたいな奴━━「うぎゃあ!」━━訂正。頭上から打ち出された長い針のような刃に貫かれた冒険者を見て、サソリみたいな奴に感想を変更。

 カニでもサソリでもいいけど、ちょっとこれ圧倒的じゃないのぉ!?


「トラぁ! ちょっと時間稼ぎなさいよ!」


 リィナが声を張り、手にしたロッドに意識を集中させていく。

 トラの返事を聞く前に、無防備なまま魔法の詠唱に掛かり付けになっている。

 自分の持つショートソードじゃリーチが足りないのを理解して、魔法主体に切り替えたんだ。判断が早い。

 それに、一番高い威力の魔法を用意できるのもリィナだろう。


「オイ! ……チッ、野郎ども行くぞ! リィナがデカいのをぶっぱなす!」


 一瞬、抗議の表情を見せたトラだが、無数にいるパーティーメンバーへと指令を飛ばす。

 トラも戦況を分かっているのだ。

 ここで細々対応していても犠牲者が増えるだけだ。最大級の一撃で、あの化け物をぶっとばすしかない。

 その為には自分達のパーティーが、足止めという危険な役目を担うとしても。


 雷の魔法が得意らしいトラが、閃光を放ちながら自らも短剣を振るう。

 相手が全身刃の化け物ではトラの立ち回りも限られてくるが、上手い具合に翻弄し、メンバー達が追従するように魔法を仕掛けていく。

 トラが気を引き、多重の魔法が的確に飛ばされていく。

 相変わらず鮮やかな手並みね。


 その隣では領主をサポートするように精鋭達が槍先を並べて対抗する。

 周りの冒険者達も散発的ではあるけど、漸く戦いに参加し始めていた。

 おー、これだったら私が手出しする必要はないかな?

 手出しするって言っても、大層な攻撃手段があるわけじゃないけど。


「……大気の熱、大地の熱、人の熱が集まりて……」


 リィナの詠唱が朗々と続く。

 長いわね。強力な火魔法を、詠唱無しで繰り出す腕を持つリィナが、ここまでの長文詠唱。

 恐らく詠唱の長さと魔法の威力は比例する。

 トラ達もなんとか刃のサソリを押し止めているようだし、このままリィナの魔法が発動すれば、終わらせる事ができるんじゃないか。


 ギキキ……。


 なんだろう? 戦いの音に紛れて、金属が擦れ合うような音がする。

 全身刃の化け物が暴れてて、剣や槍を持った人達が戦ってるのだから、そんな音ぐらいして当然なんだけど。

 妙に、私の意識を捉える音。

 規則性を持って、終末へと向かう不吉な音のような気がするのよね。

 念のために、私も魔法でサポートしておこうかな。


『カタ、カタタ……ヴぁ……あ、あまねく、光』


 カタ、カタ……と揺れる瓶が、次第に言葉を作り出す。

 見上げればリィナも集中して呪文を詠唱している。ふーむ、この集中具合なら私の詠唱も聞こえないっしょ。

 それに、剣戟を打ち鳴らす音と怒声が渦巻く戦場では、ポーションの瓶が鳴った所で気にならない。

 段々喋ってるみたいに聞こえてくるんだけどねぇ……てか事実、喋ってるし。


『冷たい光、温かい光、映し出す光は実体を持たない……』


 これから放つ魔法は光魔法をLvレベル4にして創った魔法。

 直接的な攻撃力は皆無なのだけど、皆をサポートするには悪くないと思うのよね。


 ギギ、ギキキ……。


 いまだ聞こえてくる異音。

 朗々と響くリィナの詠唱。

 それらに紛れて紡がれる、私の詠唱。


 うー、なんかよく分かんないけど、私達の魔法が早く発動しないとマズイ気がするのよね。

 皆は気づいてないけど、あの恐ろしい化け物がなにも考えてないって事はないと思うのよ。

 物事が上手く進んでる時程、気を引き締めておかなくちゃダメ。

 にっくき女神の時もそうだった。


『……惑わしの君「ミラージュ」!』


 私の詠唱が終わり、辺りの空気がゆるりと揺れた。

 刃のモンスターを囲む兵士や冒険者達の周囲が、歪んだようにして揺らめいていく。


「なんだぁ!?」


「あれ、俺がいる?」


 なにも無い筈の宙にが浮かび上がる。

 それは戦いに参加していた兵士の姿。剣を構えた冒険者の姿。

 私の『ミラージュ』の魔法は、近くにいる人の姿を映し出すぞ!

 私の詠唱が終わるのが先だったわね。これで刃のモンスターを撹乱することができればいいんだけど━━。

 

 ギギ……ピン。


 魔法が発動したと同時に、張り積めた糸が切れたような音がした。


 ━━空気が掻き乱れた。

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