二十一、最終階層

 一階層。


 勢いに乗った私達は異形のモンスターを押し退けて、最後の階層まで到達していた。

 本来ならダンジョンというのは底に向かって進むものだけど、今回に限っては地上へ向かって死闘を繰り広げてきた。

 生き残るために、私達はダンジョンを上って来たのよ。

 様変わりして、恐ろしく非情になってしまったダンジョンを。


「総員、点呼!」


「一!」


「二!」


「三……!」


 兵士達の連呼する声が続いていく。

 隊長さんらしき人、生きてたのね。

 領主軍の兵士達は随分と数を減らしてしまった。


「お前達、へこたれてんじゃねーだろうなぁ!?」


「おぅ!」


「いや、一番へこたれてたのリーダーでしょ?」


 トラのパーティーも集まって気合いを入れ直している。

 パーティーメンバーも半数以上がこのダンジョンで犠牲になった。

 さっきまで涙目だったのは、メンバーに発破をかけているトラ自身だ。

 だけど、まだ一階層に着いただけだ。

 後悔するのも、悲しみに暮れるのも、無事生きて地上へ帰れた時にすればいい。

 そんな覚悟が表情から見て取れた。


「パパ、無理しないで」


「なぁに、リィナちゃん。一番大変な時に足引っ張っちまったからな……ここで俺が踏ん張らないと、示しがつかないだろう?」


 こちらは領主親子。

 失意から立ち直った領主の働きは目を見張るものがあったのだけど、明らかに異常な強さのモンスター相手に、かなりの疲弊を見せていた。

 というか、この人冒険者でもなんでもないよね?

 領主という立場上、いざという時の訓練をしていたのかもしれないけど、なんでか戦力として十分に活躍できている。

 元々は冒険者でもやってたのかもしれない。


 多大な犠牲は払ったけど、そんな皆の力で漸くここまで漕ぎ着けた。

 ダンジョンとして見れば一階層は低階層。

 洞窟然とした作りも単純で、出現するモンスターも一番弱いのがセオリーだ。

 だけど、闇のような……生き物の一部を闇に混ぜ込んだような異形のモンスターは、元々赤土のダンジョンにいたわけじゃない。

 石板に記された何かのスイッチで、どこからともなく大量に姿を現した。

 それが一階層にも、いない保証はない。


 異形のモンスターが出るだけならまだよかったわ。皆の気持ちと連携で、個々に撃破する分には余裕が出てきたもの。

 ……だけど、これは一体どういうことかしら?



「なんだ、こりゃ?」


「赤土のダンジョンの一階層に、こんなされてたか?」


 一階層の中を見渡して、冒険者達が首を傾げている。

 私もリィナに吊られて何回か足を運んだけど、明らかにダンジョンが複雑化している。

 闇が象ったような黒い柱が何本も走り、不気味な模様を刻むようにして、洞窟然とした壁面を闇が侵食していた。

 例えるなら、最終面にあるダンジョンのような禍々しさ。

 どうして最も難易度が低い筈の一階層が、こんな事になってしまったのだろう。

 これも、赤土のダンジョンが真の姿とやらを見せた影響かしらね。


「大元の造りは変わっていないだろうが……心して進むぞ」


 とにかく行かないことには地上へは辿り着かない。

 領主が周りに注意を促しながら、皆が進んで行く。

 しっかし、なにかしらねこれ。

 空間を仕切るようにして黒い柱が幕を張り、影を垂らした蔦のようなものが辺りに張り巡らされている。

 なんか、ねばねばしてる? まるでホイホイの中に迷い込んだようだわ。

 何ホイホイかは敢えて明言しないけどね!


 暗い。

 篝火が消えてなくなり、代わりに人魂のような青い火が所々に浮かんでいる。

 よく見てみれば、髑髏を模した燭台のようなものの眼窩に火が灯っている。なんて悪趣味なの。

 紫の霧も立ち込めてきて、ある種の幻想的な空間を作り上げていた。


「なん━━」


「ん? どうし━━」


 シャッ、シャッ。


 不気味なダンジョンの中を進んでいたところで、不意に途切れた声が聞こえた。

 その後に続く、微かに何かが擦れるような音。

 周りの兵士や冒険者達は、異常に気づいていない。


「あ━━」


「げっ━━」


 シャッ、シャッ。


 立て続けに途切れる声。謎の擦過音。

 マズイ、なんかマズイよこれ。

 集団で進む、異様なダンジョンの中程。次々と消える人達。

 私は全方位に感覚を向けてるから気づけるけど、皆ダンジョンの雰囲気に気が向いてて、異常に気づけてない。

 今の一瞬で、四人も人が

 こ、これって、所謂パニック系映画でいうところの、未知の生物に襲われてるシチュエーションじゃないかしら……?


 これ以上人員を減らされてはマズイ。

 この霧の中には襲撃者が潜んでいるのだ。

 うむむ、私にできることは……そうだ。光魔法で照らしてやればいい。


 ━━カッ。


 辺りを強烈な光が支配する。

 最初に覚えた光魔法の『フラッシュ』の光が、立ち込めた霧を払うように突き抜ける。

 それと同時に、宙に浮かび上がる幾つもの光球。『ライト』の魔法を工夫して創った『マルチライト』だ。

 あんな鬼火みたいなダンジョンの灯りだけじゃ心許ない。

 私が霧に潜んだ襲撃者を丸裸にしてやる!


「眩しっ!」


「な、なんだ!? この光は……は?」


「……この瓶、今光ったかしら?」


 突然の閃光に皆が目を細める━━が、次に飛び込んできた事実に身体を硬直させる冒険者達。

 兵士達の隊長とリィナも気づいている。

 リィナちゃん。ちょっと今重要なところだからは気にしないでね?

 

「なんだ、あの化け物は━━」


 シャッ。


 天井に張り付いたが腕を振るうだけで、一人の冒険者が膝をついた。

 膝をついた冒険者が、二度と立ち上がることはない。

 首から上を無くした身体が地面に倒れ込んだ。

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