二十、領主の復活

「うぐぁ! こんの、化け物めぇええ!」


「ビィイイイ!」


 人間の咆哮と化け物のい鳴き声が交差する。

 闇に沈んだダンジョン。

 暁の夜明けを渇望するように、僅かな希望の光を求め動き始めた者達が死闘を尽くしている。

 だけど、まだ闇は深くて。なんともままならない時間が続いていた。


「何人見つかった?」


「兵士が一人と、冒険者が四人だけだ……」


 圧倒的な強さと不気味さを兼ね備えモンスターが徘徊するダンジョン。

 そこで生き残る術を持っている者は、どうしても冒険者に片寄ってしまう。

 生き残った兵士も死体と見紛うくらいの傷を負っており、ポーションを使い潰してなんとか持ち直した次第だ。

 気持ちで一致団結した生き残り集団も、気力だけで戦況を持たせている。

 これだけの人数がいて、こんな戦いしかできないなんて……。

 上層に向かうにつれ、生き残りが合流するかとも思ったけれど、獲物を持て余した異形のモンスターが増えていくばかりだ。


「今はどの辺だ!?」


「二階層の真ん中くらいには来たぜ、リーダー」


 トラのパーティーメンバーが地図を広げ確認している。

 まだ、中間地点なのか。

 私の目から見て、もう数回の戦いにも耐えれそうにない。

 ううむ、なにか考えなくちゃいけないなぁ。


 私にできる事と言えばスキルか魔法なのだけど。

 スキルは今のところ音に関するものくらいで、モンスターとの戦いに役立てるのは難しそう。

 騒音か超音波は作り出せるかもしれないけど、モンスターの前に人間側が先に音を上げそうだしな……。

 やっぱり、頼みの綱は光魔法だろう。


 相変わらず攻撃的な魔法の創造には成功していないけど、なんたって私の属性は『光』。

 かの勇者と同じ属性だというのだから、あの闇が固まったような異形のモンスターにも、効果は大いにある筈だ。あったらいいな。あって下さい。

 私の光魔法はLvレベル4まであるぞ。



「パパ! ねぇ、パパってば!」


「邪な者達が姿を眩ます時、赤土のダンジョンの闇は祓われ、真の姿を見せる……だと? な、なにがダンジョンの真の姿だ。これが、アーケル領の糧になんて、なる筈がない!」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? パパも戦って!」


 リィナの呼び掛ける声が聞こえる。

 そちらに意識を向けてみると、領主のおっさんがわなわな震えながらぶつぶつと呟いている。


『邪な者達が姿を眩ます時、赤土のダンジョンの闇は祓われ、真の姿を見せるだろう』


 確か、このダンジョンで見つかった石板の内容がそんなんだったな。

 これって結局どういう意味だったんだろうね?

 領主は『邪な者達』というのを、ダンジョンに蔓延るモンスターと解釈したようだけど。

 そうしたら、闇のようなモンスターがどこからともなく現れた。

 これが赤土のダンジョンの真の姿なのか……。


 でも、それだと『赤土のダンジョンの闇は祓われ』という文が合ってない気がする。

 闇が祓われたどころか、闇が溢れ出して来ちゃってるもんなー。

 てことは、この闇を打倒した時が本当の結末なんだろうか。

 今の戦力では到底無理な話だけどね。


 ━━バッシーン!


「そんなの決まってるでしょ! 皆のために戦うのよ!」


 あれ? なんか、領主がリィナにぶっ叩かれてる。

 石板の内容について考えてたら、重要なシーンを見逃したっぽいわ。


「そ、そうだな……うむ。俺は、自分のやるべき事を忘れていた。後悔する事より、今のできる事を精一杯やろう」


「パパ……」


「スマン、迷惑を掛けた。リィナ、立派になったな」


 どうやら領主のおっさんが覚醒したっぽい。

 一度バッシーンと自分の両頬を叩くと、しっかりと両足で立ち上がった。

 さっき、リィナにもぶたれてなかったっけ?

 片方だけ倍に顔が腫れてるけど、大丈夫か。



「世話を掛けたな皆の衆! 不甲斐ない領主を許してくれ。だが、ここからは俺が先頭に立って地上まで切り抜けてみせる。皆、ついて来てくれ!」


 大剣を構えた領主がモンスターの群れに突っ込む。

 おーいおいパパさん。結構このモンスター強いと思うんだけど?


 天井から叩き付けるようにして振り下ろした大剣が、逃げ遅れた化け物の脳天に突き刺さる。

 肉厚の刃が一瞬勢いをなくしたかと思ったけど━━。


「フンッ!」


 気合いの一閃。

 勢いを取り戻した刃が化け物の頭を吹き飛ばす。

 うぇええ? 見掛け通りといえば見掛け通りだけど、強いじゃない!

 トラのことを軽々と吊り上げるだけはあるわ。

 だけど、まだまだ異形のモンスターはいっぱいいる。

 大剣の刃を逃れた奴等が、仕返しとばかりに角や爪を伸ばしてくる。


「領主様!」


「我々の立つ瀬がないですので、程々にお願いしますね?」


 それを見た精鋭達が槍を並べて迎え撃つ。

 今までリィナの周りを固めていた精鋭達は、今は領主の守りに代わっていたけれど、リィナも領主も戦闘に参加し始めたのを見て、自らも戦いに加わるみたいだ。

 突き出される槍の穂先は横列に並び、一、二、三本。

 三人一組で分けているのか、隊列を組んだ小隊がそれぞれに動き回り、次々と交代しては攻撃を加えていく。


 う、動きがいいね、精鋭の人達。

 今まではリィナか領主にべったりだったけど、戦えば強いのね。兵士達の中から選ばれた精鋭なんだから、そりゃそうか。

 この勢いがあれば、地上へ脱出することができるかもしれない。


「おっさん、やるじゃねぇか!」


「誰がお父さんだ、金髪コルァアア!」


「ぐぇええ!? 言ってねぇええ!」


 肩を並べたトラと領主が軽口を叩き合う。

 トラが一方的に吊り上げられてる気がするけど、気のせいだ。

 兵士や冒険者達に良い空気ができ上がっている。

 各々が、生きて地上に帰るために力を合わせて異形のモンスター達を撃退し始めた。


 イケる、イケるわこの流れ!

 私もリィナの腰に吊られてるだけじゃいけないわ。

 お腹の青ポーションの具合はそこまで切羽詰まっていない。リィナの元々の魔法の素質が高いのか、強力な魔法を次々に使っても暫く補給することはない。

 それに片手の小剣を閃かせれば、迫るモンスターを二つ、四つと肉片に変えていく。

 本当、遠近両用の恐ろしい使い手だわ!

 でも、万が一ってことがあるからねー。

 というより、皆が熱くなってるってのに私だけが傍観者してるのがどうもね……。

 私も仲間に入れて欲しいのよー!


 気合いと共に、無詠唱可能な魔法を展開する。

 光輝く板のようなものが宙に浮かび上がった。


「るるォ?」


「ムム、マ? なァ!」


 眼前に立ったに向かって爪を振るう化け物。

 その手は空を切るばかりで、なんの手応えもない。

 それはそうだ。

 だってそれは、鏡に映った自分なのだから。

 不思議そうに首を傾げているところを、冒険者の剣が刈り取った。


「な、なんだ? 誰の魔法だ?」


 いやにあっさりと片付けることができた冒険者が、キョロキョロと辺りに視線を投げる。

 視線を向けられた者達も、自分ではないと手を振っている。


「なんでもいいから、今はモンスターを倒すのよ!」


「お、おう!」


 腑に落ちないような顔をしていた冒険者も、リィナの声に動き始める。

 ふふふ、隠れてこっそりと手助けしちゃおーっと。

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