十九、強い言葉

「うわぁああ!」


「ひぃ、来るな、来るなァー!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 突如として現れた悪魔のようなモンスター達に、領主軍も冒険者も関係なく蹂躙されていく。

 ある者は四肢をもがれ。ある者は頭から丸飲みにされ。

 赤土のダンジョンの再奥には地獄が顕現していた━━とか言ってる場合じゃない!

 ひ、ひいぃ! モンスターだけでなく人間のスプラッターよ!

 私の精神的支柱スキル『精神耐性Lv4』様がなかったら、とっくに狂ってた。

 人間が、紙屑のように死んでいく。


 漆黒のから現れたモンスターは、どこから涌いて来たのかと言いたくなる程の数がいた。

 モンスターで間違っていないと思うのだけど、その外見には統一性がなく、どれも黒くてしていた。

 影法師のような、はたまたヘドロを煮詰めた汚物のような。

 その影の集合体の中から、生き物の一部が飛び出している。

 動物の角を生やした異形のモンスターが、逃げる兵士を背中から串刺しにする。

 鋭い鉤爪を携えた腕が、冒険者の身体を引き裂いた。

 明らかに、普通のモンスターじゃないわ……。


「助けっ、誰か!」


「ヴぃいいい!」


 また人間の悲鳴。化け物のい鳴き声。

 逃げ遅れた兵士に、角を突き出したモンスターが迫る。


「……閃け、駆け巡る雷の槍『ライジンピアース』!」


 一条の雷が閃いたと思うと槍の形を作り出し、死を纏った角を交差するように押し止める。


「『弐』! 『参』!」


 追加で唱えた詠唱に、二条、三条の雷が現れ槍となり、モンスターの黒い体表に突き刺さった。

 だが、地面に倒れ伏すようなことはない。


「ヴぉおおおオ!」


「チッ、大して効きやしねぇ!」


 雄叫びを上げた角のモンスターは再び頭を振ろうとするが、今度は領主軍の兵士達が金属の槍を無数に叩き込む。更にダメ押しとばかりに、トラのパーティーメンバーが炎や風の魔法を浴びせかける。


「ヴぉ……」


 雷の槍と鉄の槍、無数の魔法に貫かれたモンスターはようやく事切れたのか、溶けるようにして地面に染み込んでいった。


「え、あ……助かった?」


「バカ野郎! ボヤボヤしてないでこっち来い!」


 死を目前にして固まった兵士。トラがその首根っこを掴んで、引き摺るように引っ張ってくる。

 その間にパーティーメンバーも後退し、私達のいる所に戻って来る。

 兵士達は他のところを助けに行ったようだ。


「オイオイオイ! こりゃ、どーなってんだよ! このモンスター達はなんだ!?」


 怒りを隠そうともしないトラが声を荒げる。

 その追及先は、頭を抱えている領主だ。


「それは、私にも分からん……。赤土のダンジョンに、こんなモンスターは出現しない」


「んなこたぁ、俺達の方が知ってらぁ!」


 トラの剣幕に領主を囲む精鋭達が槍を握る手に力を込める。

 トラが怒るのも無理はない。

 突如として涌き出た悪夢のようなモンスターに、彼のパーティーメンバーも何人も殺られている。それは領主軍も同じではあった。

 それでも、やりきれない思いが爆発しているんだろう。


「トラ、やめて頂戴。今は、この場を切り抜けることを考えましょう?」


 自分の父親を庇うようにしてリィナが間に入った。

 その声は冷静に努めているが、動揺は隠せていない。

 誰もが、こんな事態を想定していなかった。

 そりゃあ、私もケンケンガクガクの状態よ。誰とも言い争っていないけど。

 傍観者に徹している分、皆の気持ちは分かっているつもりだわ。

 徹しているっていうか、なにもできないんだけどねぇー。


「切り抜けるったってよぉ……ここは三階層だし、アイツらすぐ追ってくるぜ」


 ボス戦を行った大部屋。そこから撤退して二階層への入口まで来ていた。

 なにもないだだっ広い空間である三階層をここまで移動するだけで、人員は半数まで減ってしまっている。

 各層に残して来た者達も気になるが、僅かな間にこれだけの人間が死んだ。

 モンスターに殺された。

 領主が参ってしまうのも無理はない。

 彼からしたら自分がこの討伐作戦の責任者であり、死んでしまったのは大事な領民なのだ。


「とにかく。皆で纏まって、上を目指すしかないでしょう! ダンジョン内に散らばった人員を集めていけば、まだ希望はあるわよっ」


 心の折れてしまった領主に代わり、リィナが奮起して皆を纏めようとしていた。

 なんて偉い娘なのかしらリィナ。

 ここまで単に守られていただけの立場を引け目に感じてたのか、率先して異形のモンスターを倒し、皆を先導している。


「ベぇえエ!」


「邪魔よ、退きなさい!」


 巨大な火球が打ち出されると、トカゲのように壁を這って襲ってきたモンスターが炎に包まれる。

 トラが兵士達とパーティーメンバーでタコ殴りにしたモンスターも、リィナにかかれば魔法一発だ。

 コボルド達を相手にしていたような生温い魔法ではないけれど、それでも私の中身青ポーションを飲みながら襲撃を撃退していた。


「行くわよ!」


 生き残ったいるだけの人数をかき集めて、私達は二階層へと突入した。



「うぎゃあ!」


「助けてくれー! 誰かっ……」


 二階層でも地獄は続いていた。

 悪意が涌いて出たような異形のモンスター。アイツらはダンジョン全域に一度に現れたようだった。

 遠くから聞こえるのは、残して来た領主軍の兵士と冒険者達の悲鳴。ダンジョンの床には事切れた無惨な姿が、あちこちに散らばっていた。


「こ、ここもか……」


「俺、もう無理だよぉ」


 同胞達の惨状を見て、兵士達の中から弱気な声が上がる。

 常に命を懸けて戦っている冒険者達も、揃って口をつぐんでいる。

 誰もが現実を受け入れられないでいる。

 膝を屈する者、その場に座り込んでしまう者が現れる。

 って、ここで座り込んでても仕方ないじゃないの!

 ━━クリアは渇を飛ばした!

 ━━誰も聞こえていなかった!


「ッ、皆ぁ! まだ、分からないでしょう? この層にも生き残ってる人達はきっといる。仲間を見殺しにするの!?」


 リィナが渇を飛ばした。

 それでも、皆、地面に落とした視線を上げようとしない。

 いつもなら余計に食い付いてくる親バカ領主も、悲壮な表情を浮かべたまま震えている。

 む、むむう。これはにとってもマズイ事態だわね。

 ここでリィナ達が全滅したら、ポーション瓶である私はホルダーに固定されたまま投げ出されることになる。

 ダンジョンの中に一人ぼっち。とってもマズイ事態だわね。

 それに、良き使用主でもあるリィナを失いたくはない。

 俗な言い方をすれば、優良物件を手放したくはないのよっ!


「……皆、聞いてー!」


 リィナの心からの叫び。

 それを待ってましたとばかりに、私はスキルを発動する。

 ふっふー、音に関するスキルは豊富にある。リィナの声を変音して反響させて調律するのよー。


「「「!」」」


 か細い少女の声は、地に沈んだ男達の失意に響く声となる。


「諦めちゃダメよ! 私達は、私達を待ってくれている人達のためにも、生きて帰らなきゃ。皆で力を合わせれば、きっと切り抜けられる……だから、頑張って!」


 言葉には、強い力を持つ時がある。

 強い言葉は、人に力を与えることができる。

 私のスキルによって心に響きやすくなった希望の言葉は、打ち拉がれた者達の心を揺さぶる。

 男達の目に、意志が宿る。


「そ、そうだよな。こんな小さな女の子が諦めてないってのに、俺達がこんなんでどうする!?」


 誰かが、立ち上がって言った。


「……領民を守る我々領主軍が挫けてどうする。ここの凶悪なモンスターが町の人に襲い掛からないとも限らないというのに!」


 槍を支えにして、傷だらけの兵士が立ち上がった。


「ここでくたばっちまったら、溜め込んだ金を使えねぇ!」


「お前さんにそんな蓄えがあったなんて、初耳だぜ?」


 リィナの決意が伝わったように、冒険者達も勢いを取り戻していく。


 言葉に、強い力を持った人がいる。

 それらはカリスマと呼ばれる人種だったり、人を率いる力を持っている。

 今はショックが大きすぎてへこたれてるけど、領主は人の心を掴む言葉を発していた。リィナはその領主の娘なんだから、その辺りの素質もあったのだろう。


「隊列を組み直せ! 生き残りを探すぞ!」


「「おおーっ!」」


 ちょっと音をあげただけで、皆の気持ちを立て直してしまった。

 思わぬところで思わぬスキルが役立ったものね。

 口頭詠唱を実現するために鍛えたものだったけど、こういう使い方ができるのなら、悪くないわ。

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