十三、名前って、自分で言わないよね
「お疲れ、ご苦労様でしたー!」
カンパーイ! と掲げる木でできたコップ。
合わせる相手の
完全に一人でのカンパーイである。
この娘、悪い娘じゃない筈だけど……なんでぼっち?
腰のホルダーから外され、置かれた木製のテーブルの上。そこから意識を周囲に向けてみるも、彼女に声を掛けてくるような者はいない。
彼女の晩酌に付き合うのは一本のポーション瓶だけだ。
ここは冒険者ギルドに併設された酒場。
例によって異世界には冒険者ギルドがあり、その建物の中にはならず者がたむろす酒場があった。
テンプレはテンプレにしてテンプレにあらず。
こんなかわいい少女がこんな所に━━と思ったものだけど、建物に入って三歩も歩けば絡まれる、なんて事はなかった。
ギルドの門戸を潜った少女に視線を向けるような輩もおらず、受付カウンターで買い取りを済ませた後に、一人打ち上げが始まったというわけだ。
やっぱり凄腕の冒険者ってパターンかしらね?
無邪気に料理を口に運ぶ少女は、とてもそうは見えない。
いや、さっきまでダンジョンで無双してたわ。
それを見ていた私からすれば納得だけど、酒場で飲み食いしている姿からはとても想像できまい。
周りにはいい感じに出来上がった酔っ払い達もいるというのに、可憐な少女が一人でいても絡まれないのは、強キャラ認定でもされてるのだろうか。
ていうか、この娘一体何歳よ?
成人年齢が何歳か分からないけど、お酒を飲んでるー。
「あ、キミにも乾杯しなきゃね。カンパーイ」
そう言って、私の身体にそっとコップを打ち付ける。弾みでお腹のポーションが波打った。
よっぽど私の事を気に入ってくれたみたいで、テーブルの上に反射したプリズムを覗き込むようにして眺めている。
嬉しいこと言ってくれるじゃない。なんか悩みでも抱えてんのかね。
良ければお姉さんが話聞くよ? お酒は飲めないけど。
そんな栗髪少女の座る席。私の置かれたテーブルの上に、一つの影が落ちた。
「オーイ、相変わらずぼっちしてんなぁ?」
とうとう来たな酔っ払い━━と身構えた私の予想を裏切り、話し掛けて来たのは威勢の良さそうな金髪の男。
短めな金髪とその風貌から盗賊を連想させる。
良く言ってヤンキー? チェーンとかベルトにぶら下がってるし。
袖、破けてるし。世紀末?
「あえ? あー、トラだ。ひっさしぶりぃ~」
栗髪少女が気軽に挨拶する。どうやら知己のようだ。トラという名前らしい。
「景気良さそうじゃねーか。一杯奢ってくれよ」
「えー、ヤダー。アンタに言われたくない」
気安いやり取りをしながら向かいの椅子に腰掛けるトラ。
見た目に反して接しやすい人物のようだ。栗髪少女の対応も慣れた感じがある。
彼は勝手にウェイターを呼んで酒を注文をしている。
どちらも冒険者としてこなれた雰囲気だ。
まさか、彼女のパーティーメンバーか……それだったら久しぶりとは言わないか。
「C級冒険者様なんだから、一杯くらい屁でもねぇだろ?」
「手下をぞろぞろ連れて荒稼ぎしてるトラに、言われたくないって言ってんの」
暫し睨み合う二人。
それを卓上で見守る
仲が良いってわけじゃないのかね。
「お、お待たせしましたぁー」
注文を運んで来たウェイターが気まずそうに声を掛ける。
トラが無言で受け取ると、逃げるようにして行ってしまった。
「で、なんの用?」
少しだけ鋭くした瞳で用件を尋ねる栗髪少女。
元々の顔がかわいいので迫力に欠けるが、なんともいえない
トラとかいったヤンキーが、この娘の事を「C級冒険者様」と言った。
私の異世界知識からすると、そこそこの腕前からベテランに近いイメージだけど、これがならず者の冒険者や酔っ払いに絡まれない理由だろうか。
「ああ、あれよ。今度行われるダンジョン掃討作戦に、お前も参加すんのかー? って事よ」
気だるげに話すトラに、もうちょっとなんとかなんないのかなぁ……と内心で呆れつつも、興味を惹かれる話題に意識を傾ける。
ダンジョンってのは、さっまで潜ってたダンジョンで間違いないわよね。
それを、掃討するとはどういうことだろう。
「えー、あー、まー……参加はするかもね」
対する少女は煮え切らない返事。
その様子はそこまで興味がないようであり、やらなきゃいけない宿題を抱えているようである。
「この町にいる以上は、やらざるを得ないよなぁ?」
「別に、私がこの町に拘る必要はないけれど……」
そのまま少しの間、無言になる二人。
なに? なんなのこの空気感は。ワケアリな感じなの?
私に動く手足と口があったら、この妙ちくりんな空気を今すぐぶち壊したい。
「他の領のギルドに行って、お前が上手くやれんのかよ? 『
「燃やされたいの? トラぁ」
瞬間、テーブルの上に火球が生まれる。
なにもない空間に、突如としてだ。
それを見て慌てて仰け反るトラ。ウェイターはカウンターに引っ込むと、真っ青な顔だけ見せてこちらを窺っている。
ガタガタ……と音がした方を見ると、周囲にいた酔っ払い共がテーブルや椅子を背にバリケードを作っていた。
こっわ! 栗髪少女こっわ! っていうか、ちょっと私も熱い……気がするんですけど。
ガラスは火に強いわよね? 耐熱ガラスよね!?
「落ち着け、俺が悪かった! 今度の作戦は領主様も来る。お前が出ないわけにゃいかねーだろ! ほんで、嫌なら俺のパーティーに入れてやってもいいんだぞ?」
一度に用件を吐き出すトラは、どうやらこの少女のことを案じているようだ。
なんだ。悪そうな見た目してて、この娘のことが心配なのね。好きなのか? 好きなんだな?
「……パパの事は関係ない」
消沈したような声と共に、火球も消失した。
同時に、そこかしこから安堵を示す息遣いが聞こえてくる。
ははぁ、この娘はこの界隈じゃあ有名な爆弾娘ってことね。納得。
それにしても、この町の領主とやらがパパぁ?
ふうむ、どうやら複雑な事情がおありなようねー。私には関係ないけど。
いや、待てよ。この栗髪少女は優良な持ち主なのだから、私にも関係あったわ。
異世界で領主とくれば貴族。そこは外さない。
はいはい、読めてきましたよー?
領主の娘は貴族の娘。貴族の娘なのに中堅冒険者な少女。そして、それを気に掛けるヤンキー。
これは、ゴタゴタの臭いがするわー!
「まっ、気が向いたら声掛けてこいや。またな、リィナ」
そんな捨て台詞を残して席を後にするトラ。
リィナ━━そして、ようやく判明する栗髪少女の名前だった。
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