十二、美少女魔法剣士
暗い。
仄暗い空間の中で、人成らざる者の気配がそこかしこに潜んでいる。
人工的に削られたような赤い岩肌。
所々に設けられた、か細い篝火。
ここは、異世界でも特に異様な場所だった……なーんてね。
「━━えいっ、燃えちゃえ!」
明るい声が聞こえたかと思うと、少女の手元に一塊の炎が出現する。
炎は辺りを照らすだけでなく、
キャウゥン!
ひえぇええ!
獣の断末魔につられて私も悲鳴を上げてしまう。
「ふー、一丁あがり! あ、コボルトの牙だ。ラッキー!」
対する栗髪少女はといえば、嬉々とした表情で獣を燃やすと、出現した大きな犬歯を拾って小躍りしている。
なに、どうしたの? ここは修羅の国ですかー!?
犬歯を腰のポーチに納めた少女は、なんでもない事のようにして、更に奥へと歩みを進める。
あああ、びっくりした。
けど、知ってる。
ここは、ダンジョンだ。これはドロップアイテムだ。
栗髪少女の腰に引っ下げられたまま、事実を確認するように言葉を飲み込む。
知識として知っているのと、実際に目にするのは全然違う。
百聞は一見にしかず、とは言ったものだ。
最初は栗髪少女に付いていって、傍観者気取りでいたもんだけど。
間近で行われる命懸けのやり取りに、ちょー……っと圧倒された気分だ。
ぶっちゃけ言おう。パニック感半端ないっす!
最初は暗い洞窟だなー、くらいに思ってたのに、次々とモンスターを冠する獣達の襲撃にビビり、それを難なく撃退していく栗髪少女に更にドン引き。
洞窟の壁面に設けられた篝火を見て、「あれって誰が維持してるんだろー」と、現実逃避するくらいには衝撃的だった。
この娘、こんなかわいい顔してるのに容赦ないわねー。
異世界の常識からすれば当然なのかもしれないけど、命のやり取りをする機会のない現代人からすれば、全て物語の中の出来事なのだ。
それが一挙にして、現実に溢れた。
これがファンタジー。
……自分がポーションの空き瓶という一番のファンタジー要素なのは置いといて。
びっくらこいたわー。まじで栗髪少女鬼畜。
コボルト━━犬頭のモンスターは、意外にかわいい顔をしていた。
円らな黒い瞳。
よちよちしてそうで意外にしっかりとした足取りの二足歩行。
そいつが棍棒を持って襲って来るのよ。
全部、返り討ち。
強い。めっちゃ強いわ、この少女!
小剣と杖をそれぞれ両手に持って、迫り来るモンスターをばったばったと倒してくのよ!
思わず「レトリーバーだー」とかって、近寄って行ってしまいそうな顔をしてるのに、一切容赦がないんだから……驚きよね。
まー、相手はこっちの命狙って来てんだから、容赦なんかいらないんだろうけど、私が初めて相対したとしたら殺られていたかもしれない。
ポーションの空き瓶で良かった……良くない!
「ちょっと、休憩しましょー」
誰に言うでもなく独り言を溢した少女は、ちょうどいい岩の上に腰を下ろす。
あれ? 私に話し掛けてんじゃないわよね?
少女がたった一人でダンジョンに潜るのがこの世界の常識か分からないけど、この娘はずっと喋ってばかりだ。
私は退屈しないけど、友達いないのかしらね。
私も割合そういう方だけど、独り言が多いたちなのねー。誰が友達いないだコルァ!
一息吐いた少女は、私を腰のポーチから取り上げて蓋を開ける。
ここまで戦い通して来たので、
ふっふっふ、待ってました。私の恵みを受け取るがよい。
別に私が生み出したポーションじゃないけど、ポーション品質向上のスキルで質は高まっている。その分は使う予定だけどね。
少女の柔らかそうな唇が瓶の口に触れる。
ホワッ!? この感覚は……初恋!?
……危うく、理性を取り逃がすとこだった。
少女も花盛りなお年頃の少女。うん、語彙力が不足してるわね。
そんなかわいらしい小さな唇が、
だ、ダメよ? 私達、女の子同士じゃない……。
お腹の中のポーションがフットーしそうだよ。
「ぷはーっ、一仕事終えた後の一杯はたまらんですにゃ~」
私の思考が百合色に染まっていると、栗髪少女が美少女らしからぬ声を上げている。
おっさんなのか、猫耳少女なのかどっちよ。
ポーションの品質が向上しているのには気づいてないようだ。
私も「有効成分千ミリグラム配合」な栄養ドリンクの効果なんて、わかりやしない。
やはり、この娘に薬学スキルはないようね。
どっちかってと、戦闘向きなスキルが盛りだくさんって気がする。
かわいい顔して……は、もういいか。この娘、バリバリの戦闘職ビルドなのは間違いない。
脳筋って程じゃないだろうけど、鮮やかな小剣の捌きと短詠唱で紡がれる速攻性の炎は、まさに魔法剣士。
身体能力もふわっふわで、ひらっひらだわよ。
もしかして、名の知れた冒険者様なのでは……?
青ポーションを生み出すマジックアイテムも、破格の性能な気がするし。
自分が青ポーションを貪ることしか考えてなかったけど、あんなアイテムが普通に流通してるとは考え難い。
恐らくは希少な品なのだろう。
そんな人の所に拾われるなんて、私ってば幸運ねー。
このままこの娘に引っ付いていれば、この世界の事も分かるかもしれない。
ひきこもりの錬金術師とは大違いだわ。
「お手入れ、お手入れ~」
栗髪少女に意識を戻すと、小剣を取り出して綺麗な布で拭いている。
モンスターを倒した際に付いた汚れが、みるみるうちに消えていく。
あれもマジックアイテムだろうか? 劇的に汚れが落ちている。
木製のロッドも同じ様にして手入れすると、表面が艶やかになった。まるでニスでも塗ったような仕上がりだ。
「君も綺麗にしてあげるね」
小剣と杖を腰に戻すと、今度は私にも劇的に汚れが落ちる布を当てがってくる。
ふぉ、ふぁさぁ……。
触感の存在しない私のガラス面に、心地好い感触が走り抜けた気がした。
な、なによこれ。美少女の口付けの後には、全身マッサージですってぇー?
無い筈の腰が砕けそうな感覚に、必死で抗う。
ほわわぁ、負けない。こんな快楽になんて、負けないんだからね!
な、なにかで気を紛らわすのよ━━ステータス、ステータスを呼べぇ!
━━耐久値20/28
必死の抵抗でステータス画面を呼び出すと、耐久値の値が増えていた。
黒いローブを被ったピンク色の悪魔に全力投球されて負った傷。
見た目には反映されてなかったぽいけど、そこそこ減っていた耐久値。
それが不思議なことに、布で一拭きするごとに数値が増えていくじゃありませんか。
あの布、あれもマジックアイテムかな。
どんだけ便利なアイテム持ってるのよ。魔女っ子も『
「はーい、ぴっかぴかになりましたー」
少女のお手入れが終わる頃には耐久値は最大となり、私の心に負った傷も塞がっていた。
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