十、着いた先の土地

「へい、らっしゃーい」


「どうしよっかなー。ちと、値が張るなー」



 ━━ガヤガヤ、ガヤ。



「良い品揃えてるよー!」


「見て? あの杖かわいいよ!」


「あーいうのは、たいして性能がよくねーんだよ。それより新しい剣が欲しいぜ」



 雑踏。

 屋台と呼べるくらいの簡易的な商店。

 地面にただ布を広げて、その上に品物を置いただけの露店。

 そんな店の並びに、無数の人が群がっている。


 人々の格好は見慣れぬもので、なにかの皮を剥いで繋げたような服や、一部を金属の板金で覆ったような鎧。

 腰や背には、鞘に収めた刃渡りの長い刃物。手には木の枝に意匠を拵えた長い棒。

 パッと見ただけでは、彼、彼女が何を者達なのか想像がつかない。


 なにかの仮装パーティーだろうか?


 現代日本においての光景であれば、そう思っただろう。

 しかしここは異なる世界。

 辺りは赤い土が露出した乾いた大地に、枯れかけたような木が幾らか生えている。

 そんな風景の中にいる彼等は、不思議とよく馴染んで見えた。


 彼等が身に纏うのは小綺麗な作り物ではなく、日用を感じさせる土に汚れた衣服や鎧。

 手入れをしながらも無理に使っている刃こぼれした剣などは、それらが紛れもない本物だという事を示していた。



 ☆



 なーんでこんなとこにいるのかしらねー……。

 通り過ぎる人々の流れを、私はの中から眺めていた。


「らっしゃい、らっしゃーい!」


 後ろではこの簡易商店の店主が張り切って声を上げている。

 馬車の荷台をそのまま商品棚にしたような店だ。移動と商店を兼ねた、いかにも行商人といった風だった。

 その荷台兼商品棚にいる私は、どうにも落ち着かない。

 そりゃあ、おかしな状況になっているのだ。落ち着ける筈もない。

 店頭に自分がとして並ぶなど。


 これって、人身売買よねー。

 ポーションの空き瓶である私に人権はなかった。


 ここ三ヶ月の意を決して行われた空き瓶の告白は、「窓ガラスを割り二階の窓から投げ捨てられる」という結末に落ち着いた。

 さらに追い討ちをかけるように、街路樹に救われ着地した場所は、行商人の荷台の上。

 そのまま私はドナドナされて……今に至る。

 品を並べ出した店主は「こんなの仕入れたっけ?」と首を傾げながらも、精緻な彫刻がなされた私の身体を値打ち品と見定め、商品棚でも一番いい所に飾って、商売に清を出している。

 私って商品なのかぁー……という違和感も、私の困惑に拍車を掛けていた。


 代わりと言ってはなんだけど、外の様子を知ることができた。

 魔女っ子のいた街からは一日かけて移動してきた。その間は、景色を眺め放題。

 最初はのどかな風景が続いていたけど、途中から荒れ地のような様相へと変わっていった。

 ここは、開拓地として作られた小さな町らしい。

 表面だけを見れば、この異世界という場所を漸く観察することができたとも言える。

 いままで観察されてばっかりだったからね。


 今も道行く人を観察している。

 店頭にとして並んでいる以上は、私も「店主」や「お客」に観察されているのだが。

 私も彼等を観察するし、される立場なのよ。これは、ただの物にはできないことよ!

 意味不明な理屈を捏ねてみても空しいだけだった。



 あー、いつになったら解放されるのかしら。

 これからの事を、考えなければならない。

 相変わらず自分から移動することはできないし、下手に声を掛けたりもできない。

 安易に声を出したりすると、ろくでもない事になるって、私、学習した。

 そうなると自然とやる事は決まってくる。


 暇だからステータスでも見てみよーっと。

 店の前をうろつく人々の格好が冒険者っぽいなーとか思いつつも、私は意識をステータスに移した。


 名称 『 』

 種族 『空き瓶』

 属性 『光』

 耐久値 15/28

 スキル 【万物操作】【無機物ボディ】【魔法の才能】『精神耐性Lv3』『光魔法Lv3』『硬化Lv3』『薬学Lv1』『ポーション品質向上Lv3』『反響Lv5』『変音Lv3』『調律Lv1』


 おお、改めて見てみると増えたわねー。

 それも、満遍なくレベルが上がっている。有用なスキルが揃っているとは言い難いけど。

 どうせ有用なスキルを覚えたところで、使えるものは限定されてくる。

 まんじりとも動けぬこの身体では、どんなスキルが有効になるかも分からないのだ。

 反響とかなんに使うんだって感じだしね。

 それが私からしてみれば、魔法の詠唱に使うこともできる。


 魔法といえばMPマジックポイントがないわね。

 私を見つけた店主に中身は捨てられ、身体は布で磨かれたわ。

 お陰で綺麗になったけど、魔法は使えないわね。


 まー、魔法が使えても光るとかしかできないし、特に支障はないかもしれないけど。

 ホント、光属性の勇者ってどうやって戦ってんのかしら?

 私の発想が乏しいだけかなー?

 光魔法っていったらビーム出すか、光の剣を作るとかしか思い浮かばんぞ。

 テクニカルなところでいえば光学迷彩とか。それじゃ、勇者というより暗殺者ね。

 なんでもいいけど、空き瓶の私にできる事はないのだー。


 空が青いわねー。

 全方位に展開できる視界にもすっかり慣れた。

 たくさんのモニターを見てると思えばいいのよね。

 空は青く澄んでいて、前にはモンスターをハントしそうな人々が闊歩していて、後ろでは店主のおじさんが声を張り上げている。

 あとは、煤けた大地が広がってるくらいかな。


 ひび割れた赤い大地は枯れ木が疎らに生えていて、あまり生命を感じさせない。

 探せばトカゲの類いがチョロチョロしてるようだけど、自然の恵み溢れる躍動感は皆無だ。

 ここはテキサスかなにかですかー?

 道行く人はカウボーイハットを被ってはいない。


 ふーむ。私の行く末はどこなのかねー。

 さっきから間延びした声しか出してない気がするわー。実際は声出てないけど。

 そのうちに、あのにっくき女神みたいに語尾が伸びていくのだけは勘弁。

 拙者、それだけは勘弁なのでござる。


 ━━グイッ。


 そんなくだらない事を考えていたら、急に身体が持ち上げられた。

 全方位見渡せるけど、完全に訳じゃないのよね。

 恐らく【無機物ボディ】のお陰で成立している私の身体は、一部のところで不具合が生じている。

 仕入れる情報に対して、どっかにある私の意識がで対処してるようなものなのだ。

 どっかに集中してしまうと、途端にどこかが疎かになってしまう。

 そのせいで、接近してきた影に気づかなかった。


「わー! このポーション瓶、きれー!」


 私を掴んで持ち上げた主は、明るい声を上げた快活そうな少女だった。

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