閑話、黒魔術の少女

「さてと。今日はこれを入れてみよう」


 全身を黒いローブに包んだ女性。

 声の主は怪しげな雰囲気を纏ったピンク髪の少女。

 その手には精緻な彫刻が施されたポーションの空き瓶があった。


 少女が居るのは、わけのわからない機材が並んだ部屋。

 ガラスでできた瓶や筒が多数を占め、それらを固定する木製の台座。

 薬草を磨り潰すための器。なにかを沸かす専用の釜。携行できそうな小型燃焼装置。

 極め付けはガラスの筒を繋ぎ合わせて作り上げた、巨大な抽出器のような物まであった。


 両手に持ったガラスの瓶。

 片方は空のポーション瓶であり、片方にはぷくぷくと気泡を上げるドロリとした液体。

 どう見てもヤバい液体が入った瓶を、少女は空の瓶へと近づけていく。

 気のせいだろうか? 得体の知れない液体を注ぎ込まれようとしている空の瓶が、身震いしているように見えるのは。

 ポーションの空き瓶が勝手に動く筈はない。

 それは、魂の宿っていないなのだから。



 ━━ドロウリィ。


 ただならぬ擬音を立てた粘度の高そうな液体が、空のポーション瓶の中へと侵入していく。

 粘性があり、かつ気泡を発生させている液体は、なにかの毒物のようにも思えた。

 真紫まむらさきの色合いも考えると、本当に毒かなにかなのだろう。


「あ、危ない」


 弾けた飛沫が卓上の紙を焦がした。

 どう見ても毒だった。


 某かの毒液を入れられるポーション瓶に拒否権はない。

 緻密な彫刻のなされた瓶は、毒液を静かに内包している。

 もしも、このポーション瓶に魂が宿っていたとしたら、「ぎゃー! 毒の、毒のこんにゃくがお腹を圧迫してくるわ! 気泡付き!」と、騒ぎ立てていただろう。


 木製の専用台に置かれたポーション瓶。

 暫くすると内包した毒液の鮮やかな紫が、どす黒く変色していく。

 なにかしらの変化があったのだろうか? 傍目には毒の強さが強まったように思える。


「ふっふっふ。やっぱりにも効果があるみたい」


 毒液の経過を見守っていたピンク髪の少女もそう感じたようだ。

 毒液が変色していく様を、不気味に笑って眺めている。

 その様子は、黒魔術を行使する魔女を彷彿とさせた。


 ━━ワンッ!


 床に寝そべっていた飼い犬が、危険なものを覚えたのか一声吠える。

 それも仕方のないことだろう。


「タロウ、大丈夫だよ。このポーション瓶は凄いんだ」


 飼い犬タロウを宥める少女の目は、狂気に取り付かれたかのようにぐるぐるとしていた。

 タロウは「ポーション瓶が凄いとか以前に、絶対これヤバいやつです」とでも言いたげな顔をしている。

 悲しいかな、彼も喋ることの許されない動物の身である。

 抵抗されることを許されなかったポーション瓶も、同じことを思っていることだろう。



「こうなると、どこまでできるか試してみたいな……」


 濃い紫へと変色した毒液が、いっそうに気泡を発している。

 物騒な呟きを溢す少女の口元には、マスクが装着されていた。

 毒気が増してきたらしい。

 床に寝そべっていたタロウは、鼻をひくつかせながら部屋の隅へと移動する。

 明らかに危険な空気が充満している部屋だというのに、出ていこうとしないところが彼の忠犬ぶりを示していた。


 ポーション瓶には特殊な魔法でも掛けられているのだろう。

 熟成した毒液はモンスターでも倒してしまいそうだ。

 だが、それだけではこの実験を行っている主は満足しないようだ。

 更なる材料をゴリゴリと磨り潰すと、水に溶かし、茶色い液体を作り出した。


「こ、これを混ぜれば」


 いっそう狂気に堕ちた少女は、震える手をポーション瓶へと近づけていく。

 空耳だろうか? 台座に固定されて━━それでなくても逃げれはしないが━━動けないポーション瓶から、「混ぜるな危険!」という声が発せられているのは。


 近づいていく瓶との距離。


 震える少女の手を見ると、この少女自身も分かっている筈なのだ。

 自分が、なにかマズイ事をしているという事を。

 いけない事をしているというのに、の方が勝ってしまっているというのを。


 少女の手にした瓶から、ポーション瓶へと━━黒い液体が重力に引かれ落下した。


 ドフゥ!

 なにかが爆発したような音が聞こえた。

 同時に、ポーション瓶の口から黒い煙が勢い良く飛び出すと、部屋中へと充満していく。


 ━━ワオンッ!


 タロウの悲痛な叫び声が聞こえると、必死にドアの表面に爪を立てる。


「で、できた! 『黒のポーション』━━古代の黒魔術の再現だわ! あははは!」


 煙る部屋の中に響き渡る少女狂人の声。

 ポーション瓶から噴き出した黒い煙は、換気のために開けられた窓の隙間から外へ排出されるが、次々と生み出される黒煙は止まる事を知らない。

 それどころか、人の顔を模したような不気味な影まで現れる始末だ。

 ポーション瓶の中で起こっている反応は、既にただの毒薬ではないようだ。

 魔法的な意味を持つ、世界の元素へと働き掛けるような反応が起こっていた。


 邪な物質を合成して創られた混沌カオス

 邪霊、悪霊などの類いに少女の狂気が乗り移り、それを体現しようとしていた。


 数分後、街の衛兵達が駆けてくるのだが……それを察知した少女がポーション瓶を水中に沈めた事で、宴はお開きとなった。

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