Ⅲ 忠誠の証

 選挙前日。神聖イスカンドリア帝国首都・ボヘーミャン公国プタハ……。


「――まさかそんな!? このままだとフランクルーゼが勝利するだって!?」


 ハビヒツブルク家当主として、自分の庭とも呼べるこの国の帝都でカルロマグノはまたも驚きの声をあげる。


 あらゆる手を使って敵対する選王侯の懐柔工作を行った彼であったが、事態はさらに悪化していた。


「やはり金品や食い物ではビーブリスト派の選王侯は動かせませぬな。マイエンズ大司教も、どうやら次期預言皇の聖座をちらつかせて取り込んだらしく……これで3対4。陛下の負けです」


宿泊しているプタハ宮殿の一室で、明日の本番を前に劣勢である事実を包み隠すことなくスシロウデスは告げる。


「私も魔導書『ゲーティア』を使い、ソロモン王の72柱の悪魔序列24番・勇猛公ナベリウスの名誉と地位を得る力を、また序列29番・恐怖公アスタロトの評判と好感度を上げる力を用いましたが、あちらも有能な魔法修士が同様の魔術を行使しているのは明らか。この場合、互いに拮抗し、悪魔の力は無効化されてしまいます」


 さらに魔術戦を仕掛けているエイドレアンも、温和な顔に「へ」の字の眉を作り、それが失敗に終わったことを申し訳なさそうに報告する。


「では、イスカンドリア皇帝の座はあのフランクルーゼに奪われるということか……」


魔導書の力を以てしても覆せぬその戦況に、カルロマグノは肘掛の上で拳を震わせながら強く握りしめる。


 彼にとって、長年の宿敵であるフランクル王に敗れるということは……しかも、本来ならすんなり自分の手に収まるはずであった皇帝位を逃すということは、それほどまでに悔しいものなのだ。


「いいえ。陛下はけして負けてはなりませぬ。必ずやレジティマム国の王として皇帝に即位なされるのです!」


 しかし、むしろ当事者の彼よりも、この勝負に執着している者がいた……スシロウデス枢軸卿である。


「これは陛下はもちろん、エルドラニアやハビヒツブルク家だけの問題ではありません。レジティマムの…プロフェシア教会の正しき教えを護れるかどうかの大問題なのです! ザックシェン公ら異端の選王侯達の推す者が皇帝となっては、それこそビーブリストどもを調子づかせることになりまする!」


 普段は感情に流されることなく常に冷静沈着な態度を保ち、これまでもまるで他人事ひとごとのような語り口をしていたスシロウデスであるが、その実、こと信仰の問題に関してだけは苛烈な思いを秘めていたりするのだ。


「し、しかし、金品も、悪魔の力も無効となれば、いったいどうやって心変わりさせれば……」


 一方、エイドレアンは自身の全力を注ぎ込んだ魔術も効かなかった現実に、最早諦めともとれる発言を口にしている。


「やり方が生ぬるいのだ! わしに考えがある。エイドレアン、そなたは真にレジティマムの信徒か!? いかなることをしてでも異端を排し、プロフェシア教の正しき教えレジティマムを護りたいと思うか!? また、陛下の臣として、まことの忠義を尽くそうと思う者であるか!?」


 そうした弱気な後輩僧侶に対し、厳格な恐ろしき神が如き顔つきのスシロウデスは、その信仰心が本物であるか否かを激しく問い質す。


「も、もちろんですとも! 私とて陛下に皇帝となっていただき、異端勢力の拡大を阻止することを心より望んでおります……し、しかし、そのお考えというのはいったい……」


「なあに、ここは預言皇に嫌われ者になってもらうだけのこと。我らが忠誠を誓うのは預言皇レオポルドス10世ではなく、レジティマム教会なのだからな……」


 当然、首を縦に振りつもスシロウデスの言葉に狂気を感じ、おそるおそる尋ね返す蒼い顔のエイドレアンに、誰よりも信心深き・・・・老僧はいつにない不敵な笑みを浮かべた――。

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