Ⅱ 選王侯の動向

「それで、選王侯の中ではどれだけこちらへつきそうかな?」


 額に手をついて頭を抱えると、枢軸卿としてその方面の事情に通じているスシロウデスにカルロマグノは尋ねる。


「まず、ボヘーミャン王とは姻戚関係にありますから、言うまでもなく我らの側でしょう」


 そう。スシロウデスが答えた通り、カルロマグノの実弟フェルドナルドはボヘーミャン王ウラーシマー二世の娘アナンナと、また妹のメイアーはアナンナの弟のラジョス二世と結婚しており、ハビヒツブルク家との結びつきはそうとうに強いのだ。


「預言皇の意向に背くとはいえ、陛下の統べるボゴーニア公国領内ゆえ、トリエリア大司教のバードミェン殿もおそらくは大丈夫でしょう。コルン大司教のマクシフラン殿もハビヒツブルク家の出、こちらも確実です」


 各々の抱える諸事情をあげながら、スシロウデスは七人の選王侯それぞれの意向を伝えてゆく。


「問題はここからです。レヌーズ宮中伯のルードローフ二世公、ザックシェン公のフレドリッチ三世公、ブランデーバーグ辺境伯のパードラシュ公は十中八九、あちら側に回るでしょう。不愉快なことにも彼らは〝ビーブリスト〟支持者。殊にザックシェン公など、その指導者たるマルティアン・ルザールのパトロンときた。〝レジティマム〟のエルドラニア王が皇帝となることを嫌っております」


「ハァ……反レジティマムなのに、そのレジティマムの頂点に立つ預言皇へ味方するなんてもう滅茶苦茶だ」


 他人事ひとごとのように言うスシロウデスの言葉に、カルロマグノはますます頭を抱えて深い溜息を吐く。


「それが政治というものです。同じレジティマム支持国でも、フランクルーゼ王は自国の利益のためならばビーブリストどもでも支援しますからな。あくまでレジティマム支持のエルドラニアよりはまだましということでしょう」


 だだでさえ、預言皇や選王侯の思惑が交錯する帝国選挙だが、状況をよりいっそう複雑にしている問題がある……それが〝ビーブリスト運動〟だ。


 ビーブリスト(聖典派)――預言皇を頂点とした従来のプロフェシア教会を〝レジティマム(正統派)〟と称するのであるが、長い年月の間に腐敗しきったレジティマム教会に異を唱え、開祖である〝はじまりの預言者〟イェホシア・ガリールの教えの記された『聖典』へ立ち返ろうと訴える人々の総称である。


 ザックシェン公国より始まったこの運動は北のガルマーナ地方を中心に瞬く間にエウロパ全土へと広がり、今やプロフェシア教会内だけでなく、各国間の外交や勢力争いにまで影響を及ぼす大問題となっている。


 無論、預言皇もこのビーブリストには手を焼いているのだが、今回は自分にとってのもう一つの脅威、皇帝とハビヒツブルク家の力を弱める方を優先したらしい。


「最後の一人、マイエンズ大司教のアルプニスト殿は微妙なところです。アルムス山脈以北では〝預言皇の代理〟と称される、ガルマーナにおけるレジティマム最高位の聖職者なればこそ、けしてビーブリストには組しないでしょうが、彼がマイエンズ大司教になれたのは現預言皇のおかげ。なかなか頭の上がらない立場でございましょう。加えてブランデーバーグ辺境伯家の出身でもありますし……」


「マイエンズ大司教を除いても3対3か……危ういな。誰か切り崩せそうな者はいそうかい?」


 スシロウデスから現状の説明を聞き終わると、尖った顎に手をやって少し考えた後、カルロマグノは再び彼に尋ねる。


「マイエンズ大司教は叙任の際に預言皇へ貢ぐため、フンガー家より莫大な借り入れをしております。その返済のために贖罪符を販売するなどそうとう苦労しているご様子。これを助けてやれば、こちら側へ回る可能性はかなり高いものかと」


「フンガー家か……うちでも今回の選挙資金借りてるし、なにかと融通が利く……よし。少し借金をまけてくれないか、当主のジャーコップに話してみよう」


 フンガー家とは、ハビヒツブルク家の――つまり現在はカルロマグノの領有するチロロ伯領の銀山経営を担う大銀行家一族であり、そのために彼とも関係が深い。


「他の三人はかなり難しい。まあ、金品を贈るのは無論のこと、ブランデーバーグ辺境伯の場合は食道楽という話ゆえ、何か〝新天地〟でとれた珍味でもくれておくのは有効かもしれませぬが、やはり、陛下が皇帝になられた方がビーブリストのためになると思わせない限り、その態度を改めることはまずありますまい。無論、ビーブリストの味方をするなど断じてあってはならぬことですが……」


「つまり、レジティマムのエルドラニア王である私には不可能に近いということか……」


 自身のコネで一人はなんとか取り込めそうであるが、シスロウデスの告げる厳しい現実に、カルロマグノはさらに表情を暗くする。


「あとは魔導書グリモリオの力に頼るくらいしかありませんな……当然、向こうも使ってくるはず。そうとう腕の立つ者でなければ太刀打ちできませぬ。誰ぞよい魔法修士をご存知ですかな?」


 それでも厳格な老僧は表情一つ変えず、今できる最善の道を若き王に進言する。


 魔導書……それは森羅万象に宿り、この世界に影響を与えている悪魔(※精霊)を召喚して使役するための方法が書かれた魔術の書である。


 プロフェシア教会やそれを国教とする国々は魔導書を禁書とし、その所持・使用を原則禁止しているが、魔導書を専門に研究する修道士〝魔法修士〟が存在するように、教会や各国王権の許可を得た者は例外的にそれが認められていた。


 表向きは「邪悪な悪魔の書である」と禁書の理由を謳っているが、実際はその絶大な力を占有して権力を維持するための政策なのだ。


 そして、人の心すらも操るこの魔導書の力は、王位や公位、高位聖職者の座を巡っての争いなどにも当然用いられ、言わずもがな、今回の帝国選挙においてもご多分に漏れずである。


「それなら、オランジュラントよりエイドレアン先生をお呼びしよう! 博識な先生なら、そこらの魔術師など足元にも及ばないだろう」


 スシロウデスの問いに、カルロマグノはパッと表情を明るくしてそう答える。


 エイドレアン・フロリレス・ポヤヤンス――ボゴーニア公国オランジュラント州出身で、由緒ある名門ルヴァン大学で教鞭をとる大神学者だ。


 祖父である先帝マグスミレニアスの依頼により、オランジュラントで育ったカルロマグノの養育係を務めた人物でもある。


「それは適任かと。それでは、さっそく招聘の手配をいたしましょう」


 魔導書にも精通しているその人物の名に、スシロウデスも反対の余地はない様子だ。


 こうして、思いもよらず激戦となった帝国選挙の幕は、各人の思惑を孕みながら切って落とされた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る