Die Kaiserwahl ~皇帝選挙~

平中なごん

Ⅰ サラブレッドの対抗馬

 聖暦1579年。エウロパ世界の南方、エルドラニア王国の王都マジョリアーナの王宮……。


「――預言皇が対抗馬にフランクルーゼを擁立しただって!?」


 若干二十歳の若きエルドラニア国王カルロマグノ一世は、その報告に驚きの声をあげていた。


 まだどこか幼さの残るその顔を引き攣らせ、鳶色をした瞳を皿のように大きく見開いている。


「はい、現預言皇レオポルドス10世は陛下のお家――即ちハビヒツブルク家の勢力拡大を快く思っておりませぬからな。これを気に勢力を弱めるつもりでしょう」


 王の驚きに、緋色の平服を着た枢軸卿シメハス・デ・スシロウテスは、いつもの厳めしい表情を崩すことなく淡々とそう答える。


 この老僧はエウロパ世界の秩序の根幹・プロフェシア教会の頂点に立つ預言皇を支える枢軸卿の一人であるとともに、エルドラニアにおける最高位聖職者・ドレッド大司教でもあり、また、カルロマグノが王位に就くまでは、母フアンナ女王の摂政を務めていた賢臣でもある。


「先帝マグスミレニアス一世はご自身や子女の婚姻を通してハビヒツブルク家の権勢をエウロパ世界全土へと広げました。また、本来必要な預言皇の手による戴冠を経ずして即位し、帝国における預言皇の影響力を排除なされた。預言皇としても、それは目障りにお思いのことでしょうな」


 今、彼らが語り合っているのは、神聖イスカンドリア帝国の皇帝を選出する帝国選挙の話だ。


 神聖イスカンドリア帝国――それは、古代の大帝国イスカンドリアの後裔を称する、北はガルマーナ地方から南はウェトルスリア地方までの広範囲を領域とした領邦国家(※公国のような小国)や自治都市の集合体である。


 それを統べるイスカンドリア皇帝は、かつてカロルスマグヌス四世帝が発布した〝金璽勅令〟の定めるところに従い、七人の選王候による投票で選出されることになっている。


 選王侯とは、この帝国選挙権を持つ聖界・俗界の有力諸侯のことであり、即ちマイエンズ大司教、トリエリア大司教、コルン大司教の聖世候三人、ボヘーミャン王、レヌーズ宮中伯、ザックシェン公、ブランデーバーグ辺境伯の俗世候四人である。


 ちなみに皇帝を選ぶのになぜ〝選侯〟なのかといえば、本来、預言皇による戴冠をすませない限り皇帝としては認められず、彼らが選出するのはあくまで古代イスカンドリア帝国の古都イスカンドリーアの王であるためだ。


 先頃、前皇帝マグスミレニアス一世が崩御したことにより、そんなイスカンドリーア王を選ぶ帝国選挙が今まさに開かれようとしていた……。


 だが、〝選挙〟とは銘打っているものの、近年はマグスミレニアスを輩出したハビヒツブルク家が皇帝位を世襲するような形となっており、ほぼ当選確実で擁立されたのが、この王侯貴族のサラブレッドとも呼ぶべきカルロマグノ一世である。


 彼の父、フィリッポン美白公は帝国を構成する領邦国家の一つボゴーニア公国の領主であったが、フィリッポンは先代ボゴーニア公の王女メイとマグスミレニアス一世の息子であり、つまりカルロマグノはハビヒツブルク家の血を引く前皇帝の孫ということになる。


 また、フィリッポンの妻――即ちカルロマグノの母フアンナはエルドラニアの女王イサベーリャ一世の娘であり、母の死後、彼女が王位を継承していたが夫フィリッポンが急逝すると気を病んでしまい、カルロマグノは幼くしてボゴーニア公となった上に、イサベーリャ女王の夫でフアンナの後見人でもあった彼女の父エルゴン王フェルナンドロン二世も没すると、さらにはエルドラニア王へも即位したのである。


 そして、今度は祖父マグスミレニアスが没したことで、第一継承権のあった祖父の領地、帝国の中心ともいえるハビヒツブルク家の本拠地エースタマーク公国も自らのものとして、気がつけばこのエウロパ世界で並ぶべきもののなき版図の統治者になっていた。


 ちなみに外祖母イサベーリャ女王の時代、エルドラニアは遥か海の向こうに新たな大陸〝新天地〟を発見し、本国をも凌駕する広大な植民地を有するようになっていたが、これも今やカルロマグノのものということになる。


 歳はまだ若いとはいえ、これほどの力を持つハビヒツブルク家の当主となれば、彼以外に次代の神聖イスカンドリア皇帝は考えられないであろう。


 ところが、予想外にもその考えられない考えを持つ者が現れた……それが、現在の預言皇レオポルドス10世である。


 聖界の最高権威である預言皇と俗世界の最高権力たるイスカンドリア皇帝は、長年、帝国内での優位性を巡って微妙な対立関係にあり、特に先帝マグスミレニアス一世が預言皇による戴冠を経ずして皇帝に即位したことで、両者の対立はますます顕在化するところとなっていた。


 また、預言皇レオポルドス10世は本名をジュルアーノ・デ・メディカーメンといい、やはり帝国を構成する領邦の一つ、ウェトルスリア地方のフィレニック共和国を支配する名家メディカーメン家の出身であり、同じ勢力拡大を目論むハビヒツブルク家に対するライバル心というものもある。


 そうした背景が、カルロマグノの皇帝即位を阻むこの対抗馬擁立へと繋がったわけだ。


「しかし、メディカーメン家がフィレニックを追放された際、軍を出して帰り咲かせたのは他ならぬこのエルドラニアだろう? それを恩知らずにも……しかも、あのフランクルーゼとは……」


 自分はまだエルドラニア王に即位する前の話であるが、そんな過去の貸し・・を持ち出して、その裏切り行為をカルロマグノは非難する。


 選挙の邪魔をしたことばかりでなく、その対抗馬に選んだ人物がまた、彼を大いに呆れさせる。


 預言皇の擁立したフランクルーゼ一世は、やはりかつての古代イスカンドリア帝国の旧領、ガリーラ地方に位置する隣国フランクル王国の現国王であり、長年、エルドラニアとフランクルは勢力争いを繰り広げているそれこそ宿敵同士なのである。


 また、歳も6歳上と近く、サラブレッドのカルロマグノに対して自身は分家の出身であり、叔父に跡継ぎがいなかったことで辛くも王位継承者になれたというコンプレックスの顕わなのか? 領土争いはもちろんのこと、エルドラニアを真似て新天地の北の大陸へ探検家を派遣したりと、何かと対抗意識を燃やしてくる相手でもあった。

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