第5話 彼女の秘密


 冒険者ギルドの入り口を潜ると、さらに活気に溢れていた。

 日が暮れかけていることもあり、仕事を終えた冒険者たちはギルドに併設された酒場で勢い良く酒を煽って盛り上がっている。

 ガハハハと豪快な笑い声が至る所から響き渡り、今日の成果を自慢する者、店員を口説こうと声をかける者、明日の予定を仲間たちと詰める者。


 各々がそれぞれの時間を過ごしている中、レーティアは馴染みの受付に声をかける。


「リリス、個室は空いているか?」


 リリスと呼ばれた受付嬢。

 肩で切りそろえられた金糸に整った顔立ち、眠たそうな印象を受ける半目の奥にはブルーマリンのような綺麗な青い瞳。一目見ただけで心奪われる者が出そうなほど、人形のような儚げな美しさを纏っている彼女は、レーティアの言葉に首を傾げた。


「……個室? 談話室も空いてるけど」


「いや、個室だ。消音サイレントが施された上級の部屋を一室借りたい」


「……空いてる。でも利用料は一時間で銀貨2枚。良いの?」


「ああ、かまわない。そうだな……2時間の利用で頼む。それと、食事を二人分届けて欲しい。可能であれば、リリスに届けてもらいたいのだがお願いできるか?」


「……わかった。部屋と食事、指名料を合わせて銀貨4枚と青銅貨3枚」


「指名料って……。はぁ、まあ良い。宜しく頼んだ」


 気だるそうとも、眠たそうとも取れる覇気のないリリスの話し方は彼女の普段からのもののようで、不思議そうに会話を聞いていたシュヴァイゼルトを気にすることなくレーティアは支払いを済ませ、鍵を受け取る。


「どうした? こっちだ、行くぞ」


「あ、はい!」


 リリスにペコリとお辞儀をすると、先を行くレーティアの後を追いかけていく少年。その後姿を見送りながら、リリスはどこか興味深そうに赤髪の少年――シュヴァイゼルトを見つめていた。


 いくつか並ぶ扉のうち一つに鍵を差し込むと、ガチャリと音がする。それを確認してドアノブをまわすと、扉が開く。これにはシュヴァイゼルトも非常に驚いた。貴族が使うような、非常に高価な防犯用魔道具だったからだ。


「冒険者ギルドって凄いんですね……。あんなに高価な魔道具をつけた部屋がいくつもあるなんて」


 量産が非常に難しいとされる魔道具は、それだけ高価な代物。子爵であったシャンバールの家ですら、この魔道具がつけられていたのは2部屋だけだった。


「この部屋を利用するのは基本的に貴族や上級冒険者だけなんだが、他所には聞かれたくない話なんかをするときに重宝されるんだ」


「なるほど……」


 中央に設置された低いテーブルと、挟むように置かれた2つの大きなソファ。その片方に座るよう促され、シュヴァイゼルトは恐る恐る腰を落とす。まるで接地面を全て包み込むかのような、柔らかでありながら程よい反発感に、思わず声を出してしまう。


「ふわぁー」


「フフ、気持ち良いだろう? 貴族の反感を買わぬよう、調度品もそれなりに良いものを揃えているんだそうだ」


 傍から見ればかなり気の抜けた顔をしていたシュヴァイゼルトは、ハッと我に返ると気恥ずかしそうに俯いてしまう。それを可笑しそうにクスクスと笑っていたレーティアは、軽く咳払いをすると本題に入る。


「さて、君に提案がある。ただ、そのためにはお互いのことを知る必要があるだろう。まずは答えられる範囲で構わないから、君の職業クラス技能スキルについて教えてもらえないだろうか」


「はい。職業クラスは『奇術師マジシャン』で、ランクはその……Eです。技能スキルは――」


 シュヴァイゼルトは偽る事無く、ステータスに記された技能スキルの効果を伝えた。


「ふむ。小魔鬼ゴブリンの姿に化けていたのは、その変装コスプレという技能スキルの能力だったわけか。にわかには信じがたいが、実物を目にしてしまっているしな……。そうなると、交換チェンジという技能スキルも予想も出来ない能力が隠されているのかもしれないぞ。それだけの能力を有しているにも関わらず、ランクがE――それも最低のEのx(バツ)とは眉唾にも程がある」


 レーティアは顎に手をあてながらうーんと頭を悩ませた末、そう結論付けた。

 身近な人が総じて高ランクばかりだったシュヴァイゼルトからすれば、レーティアからの評価を素直に喜べないのが現実であったが。

 手をかざせば大怪我も癒しきる技能スキルや、直径1mを超える炎の玉を生み出す技能スキルを目にしていただけに、姿が変わるだけの技能スキルにそこまで凄さを感じていなかったのだ。


「あはは、そう言って貰えると嬉しいです」


 すぐに作り笑いだと見抜いたレーティアは、大きくため息をつく。


「まぁ良い、次は私の番だな。私の今の冒険者等級は鉄級アイアンなんだが、元は1つ上の鋼鉄級スチールだった。降格処分を受けた私が再び昇格するためには、ギルドから出されたいくつかの条件を満たさなければならない。そのうちの1つに、新人冒険者の研修を完遂するというのがあるんだ。そこで、君の研修を私にさせてもらえないだろうか」


 シュヴァイゼルト自身も、今の身の上では冒険者になる他無いと思っていた。だからこそ、とても嬉しい申し出であるはずなのだが、先ほどの周囲から向けられていた視線、そして降格処分。

 命の恩人ではあるが、素直に頷くことはできなかった。

 

「1つお聞きしたいことが。その降格処分というのは、どうして受けることになったんですか? 町の人、特に冒険者の方から向けられる冷たい視線と関係あるのでしょうか」


「意外と目ざといんだな。……アレは2年前。私が鋼鉄級スチールに上がりしばらくしてからの事だった――」


 レーティアが語った内容は、ひどいものだった。


 

 鋼鉄級スチールの依頼にも慣れてきた頃、一組のPTに声をかけられ、仲間に誘われた。

 臨時PTを組んでこなしていた依頼も、固定PTならばより安定して遂行できるようになる。そう思い始めていた私は、相手のことを噂だけを鵜呑みにし、深く考えずに誘いに乗ってしまったのだ。

 メンバーのバランスが良かったのも加入する気になった理由の1つで、声をかけてきたPTは後衛ばかりが揃っていた。

 弓使いが1人と魔法使いが2人。1人は風魔法で1人は回復魔法の使い手だという。ちょうど前衛が抜けてしまったそうで、私としても後衛がほしいと思っていた所だっただけに渡に船だった。


 最初のうちは普通に実力に見合った適正な依頼をこなしていたが、次第に危険な依頼ばかりを受注するようになり、当然ながら前衛である私は一歩間違えば瀕死の重傷を負いかねない場面も増えていった。

 リーダーであった弓使いに度々意見したが、気をつけると言うばかりでまったく聞き入れてもらえないどころか、より厳しい依頼を受注してくるようになってしまった。

 このままでは命がいくつあっても足りないと考えた末、PTを抜けることを決意した私は、リーダーにそう伝えた。すると、すでに依頼を受注してしまっているからこれを終わらせてから抜けてくれと頼まれた。断ると、それならお前のせいなんだから違約金はお前が払えと言われてしまったのだ。

 その額、金貨5枚。当時の私にそんなお金があるはずもなく、渋々参加するはめになってしまった。今思えば、あのやり取りがあった時点で仲間たちの本性を疑うべきだったのだ。

 

 最後の依頼の相手である魔物もやはり格上の相手で、戦闘は熾烈を極めた。何度も回復してもらいながら紙一重で倒すことはできたものの、終盤には回復を担当していた魔法使いも魔力切れを起こしていて、戦闘が終了するころには私は傷だらけの状態。

 魔物の回収を仲間に任せて身体を休めていると、事が済んだ仲間たちが戻ってきたまでは良かった。

 しかしあろうことか、仲間たちは身体を休めて油断していた私に禁属の首輪という魔道具をはめようとしてきた。これは着けられると技能スキルを一切使用できなくなるというものであり、本来は犯罪者が着けられるような代物。一般の冒険者が手に入れられるものではない。

 そこでようやく、危険な依頼ばかり受けていたのは好機を作り出すためだったのだと悟った。

 他者と親しい間柄になることを遠ざけていた私は、格好の獲物だったのだろう。

 依頼を成功すれば莫大な報酬が、失敗するような事態になればその時の私は満身創痍、捕らえるのは容易い。あとは裏ルートで売りさばければこちらも莫大な利益が約束されていたのだろうな。


 傷だらけだった身体で必死に抵抗していると、幸か不幸か依頼対象であった魔物がもう1匹現れ、私はその混乱に乗じて逃げ延びたがやつらはそこで死んだらしい。

 なんとかギルドまで戻れたは良いものの、ギルド内で評判の良かった仲間たちの悪行を信じる者は1人もいない。

 その上、ギルドからもあいつらがそんな事をするはずがないと私の訴えは一蹴され、逆に私が依頼の報奨金と見舞金ほしさに仲間を殺して置き去りにしてきたと疑いをかけられる始末。

 その後の調査で本来一匹だったはずの討伐対象が二匹いたことが明らかになり、なんとか私が殺したという部分の疑いはうやむやになったが、危険な依頼を受けるように私が仲間を脅していただの、最初から見舞い金目当てで殺す機会を伺っていただの根も葉もない噂が流れ出した。

 ギルドへも相当数のライセンス剥奪の嘆願書が来ていたようで、結局私はライセンス剥奪は免れたものの降格処分されることになった――。



「――という訳だ。それからこの町にやって来たが、私のことを知っているやつらが何人かここに流れてきたらしくてな。噂が流れているんだろう。この話を後回しにしてしまってすまなかったな。本当はリリスが来たら、彼女から話してもらおうと思っていたんだ。本人の口から聞くよりも、第三者――それもギルドの受付嬢から聞いたほうが、信憑性が高いと思ったんだが……。気になるなら、あとで彼女にも聞いてみると良い。客観的な話を聞かせてくれると思うぞ」


「辛いことをお話させてしまい、すみませんでした。……改めて、僕からもお願いします。ぜひ、僕に冒険者のノウハウを教えてもらえないでしょうか」


 自嘲気味に笑うレーティアに、立ち上がり頭を下げるシュヴァイゼルト。


「私が言うのも何だが、本当に良いのか? リリスやほかの冒険者から話を聞いてから決めてくれて良いんだぞ?」


「いえ、大丈夫です。レーティアさんの話は全て真実だと思いますから。僕を助けてくれたあの姿が、そう信じるに足る根拠です!」


「……君を助けられて良かったよ。ありがとう」


 一筋の涙を流し、笑うレーティア。


「……君になら。いや、君には知っていてもらいたい。私の秘密を」


「え?」


 疑問符を浮かべるシュヴァイゼルトだったが、次の瞬間目を見開いて固まってしまう。

 レーティアが両耳につけられていたアクセサリーを取り外すと、見た目が変わったのだ。

 髪の色こそそのままだが、白かった肌は褐色へ。青かった瞳は赤く染まり、耳はスッと長くなった。

 

 突然の変化にシュヴァイゼルトが唖然としていると、扉がノックされリリスが入室して来る。


「……食事持ってき――」


 リリスはレーティアの姿を見るや否や、扉の外に顔を出して誰もいないことを確認すると、バタンと勢いよく閉める。トレイに乗せられた食事用のナイフを握り締めると、剣呑な雰囲気を纏いながら部屋の中へと歩を進めていった―――。

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