第6話 銅級〈カッパー〉


 無言のままテーブルに料理の乗ったトレイを置くと、瞬時にシュヴァイゼルトの背後へと回りこむリリス。

 首元にナイフを当てると、低い声音で呟いた。


「……お前はレーティアの何だ? 事と次第によっては、ここで始末する」


「こ、これから冒険者のノウハウを教えてもらう予定の者です……」


「……は?」


 両手を上げながら、恐る恐る答えるシュヴァイゼルト。

 予想だにしなかった返事に、素っ頓狂な顔をするリリス。


「リリス、離してあげてくれ。これは私が自分の意思で見せたんだ。彼に隠し事はしたくなくてな」


「……どういう事?」


 首元からナイフを離すと、シュヴァイゼルトの横に座り込み、レーティアを見つめるリリス。


「彼には私の過去――降格処分のことを話した。その上で、彼は私を信じると言ってくれたんだ。そして、研修のことも同意してもらえた。それからまあ、色々と思うところがあって、私は彼の人柄がとても気に入った。だからこそ、後々発覚して問題の種になるくらいなら、最初から知っていてもらおうと思って秘密をさらけ出しただけだ」


「……迂闊過ぎると思う。貴女の情報だけでも、金貨数枚は下らないというのに」


 何がなんだかわからないシュヴァイゼルトはただ話を聞いていることしかできず、そんな彼に気付く事無くリリスとレーティアはああじゃないこうじゃないと会話を続ける。

 しばらく話し合いを続けた二人は、ようやくシュヴァイゼルトが会話についてこれていないことに気付いた。


「えっと、もしやとは思うが私がなんだか解っていないのか?」


「お恥ずかしながら……」


「……ダークエルフって聞いた事が無い?」


 名前を出されてようやく、過去に授業で習ったことを思い出したシュヴァイゼルト。


「ああ! えっと確か、エルフが異種族と交わった際に稀に生まれることのあるハーフエルフで、高い身体能力を持つ――でしたっけ」


「……それだけ?」


「ほ、他には習ってないと思いますが……」


「……呆れた。世間知らず」


 リリスの冷ややかな目と言葉にダメージを受けたシュヴァイゼルトは、ピシッと石のように固まった。

 そんな二人のやり取りを見ていたレーティアは、愉快そうに笑う。


「まあそう言ってやるな。シュヴァイゼルト、私はダークエルフだ。そして、ダークエルフは裏の世界では非常に人気が高くてな。リリスも言っていたが、情報だけで金貨数枚。捕らえて売れば、最低でも金貨数百枚。場合によっては白金貨で売れることもあるんだ」


「なるほどー……。って、え?! で、でもさっきまでどう見ても普通の人間でしたよ?!」


「ああ、さっき外したこれ。このアクセサリーは、姿を偽装できる魔道具なんだ」


 そう言って、再びアクセサリーを付け直し、また外してと姿が変わる事を実演してみせるレーティア。


「……そういう事。レーティアの正体を知れば、狙う輩は腐るほどいる」


「そ、そんな大切な秘密をなんで僕に?!」


 事の重大さを認識したシュヴァイゼルトは、慌てふためきながらレーティアに問う。

 当のレーティアは涼しげな顔であっさりと答えた。


「さっきも言っただろう? 私は君が気に入った。だから隠し事は早めに伝えておきたかったんだ。それに、私の勘が君とは縁を繋いでおくべきだと告げている。それなら早いうちに信用を勝ち取っておかねばな!」


「か、買い被りすぎですよ……」


「……レーティアがそこまで言うならもう何も言わない。何かあればこの子を疑えば良いだけ」


「なに、そんな心配はいらないさ。リリスにもいずれ解る」


「……そう」


 レーティアの言葉に、チラリと横に座る少年に視線を移したリリス。

 しばらくシュヴァイゼルトの瞳を見つめた後、スッと席を立つ。


「……下で待ってるから、食事が済んだら登録しに来ると良い」


 そう言い残して部屋を後にするリリス。


「彼女も彼女で、色々と苦労屋でな。悪く思わないでやってほしい」


「もちろんですよ。リリスさんがレーティアさんをとても心配しているのが伝わって来ましたから」


「……感謝する。さぁ、冷めないうちに食べようか」


 トレイに乗せられていた料理をテーブルの上に並べると、他愛ない会話をしながら食事を楽しむ二人。

 シュヴァイゼルトの子供時代の話や、レーティアの冒険譚など、話題が尽きることはなかった。

 食後のお茶を飲み終える頃には部屋の利用時間も間近に迫っており、シュヴァイゼルトはふとした疑問をレーティアにぶつけた。


「そういえば……。レーティアさんは僕のことを気に入ったと言ってくれますが、何がキッカケだったんですか? 僕には何もないのに……」


「なに、とても単純なんだがな。町に戻ってくるとき、君は寝床にしていた大樹にお礼を伝えるばかりか、頭まで下げていただろう? 私はダークエルフだが、半分はエルフの血が流れているからな。木を人間と同等に扱ってくれる君の姿を見て、とても嬉しかったんだ」


 優しい瞳で微笑むレーティアに気恥ずかしさを覚えたシュヴァイゼルトは、『そろそろ時間ですよね?!』と空いた器をトレイに戻す。

 一階に降りると、それに気づいたリリスが閉められていた受付を再開してくれ、そこへ向かうレーティアの後をシュヴァイゼルトが追う。


「受付時間外にすまないな。お言葉に甘えて登録に来たよ」


「……構わない。レーティアの期待する新人ルーキー、私も気になる」


「そんなにハードルを上げないで下さいよぉ……」


 まだ冒険者にすらなっていない、ましてや戦闘経験すらないシュヴァイゼルトは、妙な期待を寄せられていることに今にも泣きそうな声で抗議する。が、当然の様にスルーされた。

 その後はつつがなく手続きが進行。書類記入、簡単な説明を経て晴れてシュヴァイゼルトは冒険者登録を終える。

 冒険者を証明するプレートが発行され、そこには『イゼル』という名前と共に銅級カッパーであることが記されていた。


 冒険者はギルドへの貢献度と実力を鑑みて、九つの階級に分けられている。

 下から順に、銅級カッパー青銅級ブロンズ鉄級アイアン鋼鉄級スチール銀級シルバー金級ゴールド白金級プラチナ魔鋼級ウーツ魔銀級ミスリル

 上級になればなるほど危険度は増すが、それだけ報酬も高額になることから、様々な理由で冒険者になる者は後を絶たない。命を失うこともあるが、それに見合うだけの夢のある職業なのだ。


 余談だが、イゼルというのはシュヴァイゼルトが登録の際に付けられた愛称である。名前が長いから愛称を付けようとレーティアが言い出し、二つ三つ出た候補の中からシュヴァイゼルト自身が選んだ。短く覚えやすい名前のほうが冒険者に適しているのだと、二人がシュヴァイゼルトを説き伏せたのだ。

 ちなみに、シュヴァイゼルト――イゼルが最初こそ拒んだものの、最終的に陥落した最大の理由は「そのままの名前で登録して有名になったら、実家に目を付けられるんじゃないか?」という、至極全うなレーティアのつぶやきだった。


 無事冒険者登録を済ませたイゼルたちは、今日は解散して明日再び集まろうということになった。

 寝る場所をどうしようと悩んだイゼルだったが、冒険者ギルド・ビートダッシュ支部には新人に優しい制度が導入されていると教えてもらう。初心者用宿舎である。

 これは銅級カッパー限定で利用できる制度であり、金銭的に心許無い新人を救済する目的で制定された。銅級カッパーの間は無制限で利用できるため、誰もが羨む恩恵のようにも思えるが、宿舎の部屋数には限りがあり、必ず泊まれるという保証はない。当てにしすぎれば野宿か宿屋へ行くしかないのだ。

 それ故、大抵のものはすぐに報酬の良くなる次の等級、青銅級ブロンズへと上がり宿舎を巣立っていく。


「……最初は存分にギルドに甘えたらいい」


 そう言ってリリスは番号の書かれた札を差し出す。札を受け取ると、イゼルは二人にもう一度頭を下げて宿舎へと向かっていった。

 ギルドの横に併設された宿舎に入り、札に書かれた扉を開けると中は簡素な個室になっていた。

 置かれているのはベッドと小さな棚が1つだけで、本当に寝るためだけの部屋という感じだが、長らくまともな場所で寝ていなかったイゼルには天国のようにも感じられる場所だった。

 倒れこむようにベッドへ崩れ落ちると、その柔らかさに感動を覚える。実際には通常よりも固いくらいなのだが、今のイゼルにはそんなこと関係ない。全身で気持ち良さをかみ締めながら、あっという間に深い眠りに落ちていった。


 翌朝、ギルドで集合した三人はリリスに連れられギルドを後にすると、大通りから外れた路地へと案内される。先ほどまでの雑踏が嘘のように静かな場所。感じなれない雰囲気にイゼルが萎縮していると、リリスはおもむろに路地の一角にあった扉をドンドンと叩く。

 何度か叩いても反応が無く、イゼルが『中には誰もいないんじゃ……』そう思っていると、不意に勢い良く扉が開け放たれる。


「うるせぇぞ! 普通はこんだけ反応しなきゃ帰るもんだろ?!」


 怒りの形相で声を上げて出てきたのは、小柄ながらもがっしりとした体躯、鋭い眼光。豊かに蓄えられた顎鬚の先には、なぜか赤いリボンが結ばれている。そんな、厳つさと可愛さがない交ぜになったような雰囲気を持つ強面の男だった。


「……久しぶり」


 リリスが無表情でそう告げると、強面の男はまるで猛獣にでも出会ってしまったかのように顔を青ざめさせながら、リリスとレーティアの間を何度か視線を行き来させた。そして次の瞬間、蜘蛛の子を散らすように勢いよく扉の奥へと逃げ出そうとする。が、二人がそれを許すはずもなく、男の背後からリリスが右肩を、レーティアが左肩を抑えることで静止させた。


「な、なにしに来やがったんだ! オレっちは何もしてねぇはずだぞ?!」


「……今日は違う要件」


「お前の腕を見込んで来たんだよ。なのに逃げることはないだろう?」


 レーティアが腕に力を込めると、男の顔からさらに血の気が引いていく。もはや逃れられないと悟った男は、降参の意を示すように両手を肩ほどまで上げた。


「わかったからその手をどけてくれ……。生きた心地がしねぇやい」


 その言葉を待っていたと、ニヤリと笑うと手をどけるレーティア。リリスも無言でそっと手を離す。

 相変わらず置いてけぼり感が否めないイゼルも、最早慣れたと言わんばかりに行く末を見守っていた。


「追々正式に依頼することになると思うが、ひとまず今は在庫のものでこの少年に合う防具を見繕ってほしい」

  

 レーティアがイゼルを見てそう告げると、男は顎髭を弄りながらイゼルを見定めるように上から下まで見回す。強者特有の雰囲気を感じないことから、すぐにイゼルが新人だと見破ったのだろう。男はへっと鼻で笑うと、目の前の少年を見下した目付きで言葉を発する。


「ようやっと見つけた新人に浮かれたのかしらねぇが、こいつにゃオレっちの装備はもったいなさすぎるぜ。新人用の装備を取り扱ってる店にでも行くこった」


 彼には彼の流儀があるのだろう。言い方こそあれだが、イゼルに装備を提供できないと毅然とした態度を取った。


「な、貴様――」


 男の態度にレーティアが文句を言おうとしたところを、リリスが手で制す。


「……そう。ならほかを当たることにする。……後で後悔しても遅い」


 冷めた目で男を見ながらそう告げると、イゼルとレーティアに行こうと合図し歩き出すリリス。

 レーティアも不敵な笑みを浮かべると、スタスタと後を追った。どうして良いのかわからずわたわたとしていたイゼルは、少し遅れて二人に駆け寄ろうとする。

 だが、リリスの言葉が頭から離れなかった男は逡巡させていた頭を振ると、「くそったれ!」と声を張り上げイゼルの手を掴みそれを阻止した。


「わかったわかった! 俺の負けだよ! とりあえず話を聞くから中に入れ!」


 男の言葉を聞いた二人は足を止めると、振り返りざま男をギロリと睨みつける。


「自分で他を当たれと言ったくせに、話を聞くから中に入れだぁ?」


「……都合が良すぎ」


 聞く耳もたないといった感じで吐き捨てるように言うと、再び歩き出す二人。

 男は悔しそうに歯軋りすると、観念したのかぼそぼそと囁くように声を絞り出した。


「……話を聞きたいので、良ければ中へ――」


「なんだって?!」


「詳しく話を聞きたいので、ぜひ中でお茶でも飲みながら、どうかお願いします!!!」


 男は精一杯声を上げて呼び止めると、二人を見た。そして気付いてしまう。

 二人がそれを見越したように振り向き、ニヤリと悪い笑みを浮かべているのを―――。

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